意思と思考の境界線
ジュンは途中から車の進行ルートが統制機構本部から外れていることに気づく
「なんだ?ルートから外れている」
ジュンは適正ルートに修正するも、すぐにまた修正前のルートに設定が戻ってしまう。
「なぜ直らない、まさかブバリアの仕業なのか?」
ジュンは助手席に座っていたブバルディアの方を見る。
ブバルディアは一瞬視線を反らしたが、観念したのか気だるげに喋る。
「だって、統制機構には私を狙ってる人がいるかもしれないしぃ」
「どうゆう意味だ?」
「そのまんまの意味なんですぅけど」
「あのな、予知夢の件も俺じゃなく統制機構に直接駆け込めばよかっただろ、
そもそも俺一人じゃ手に負えん」
「ジュンは統制機構が裏で何をやっているか知らないからよ、
とにかく統制機構には行きたくないの」
ジュンは車の自動運転モードをオフにし、手動運転に切り替えようとする
「あ、ちょっと!待って!」
ブバルディアはジュンの手を握り制止させ、
いつになく真剣な顔つきでジュンを見る。
その表情に鬼気迫るものを感じジュンは折れる。
「この車はどこへ向かおうとしているんだ?
何の考え無しでもないんだろうな?」
「アキハバラエリアの私の生みの親、お父さんのところよ。
お父さんなら何でジュンを選んだのか説明してくれると思うわ、多分」
「・・・」
自動運転の目的地は確かにアキハバラエリアになっていた。
ジュン達は高速道路を抜け、アキハバラエリアに着くとそこは何と荒廃した街だった。
そこかしらのビルが倒壊し瓦礫の山となっており、
人っ子一人いない街の様子にジュンは愕然とする。
「待て・・・どうゆうことだ、これは」
「数日前にアキハバラエリアのロボットたちが暴走してこの有様よ」
「だが、アキハバラエリアでこんな大規模なロボットの暴走があったなんて
俺たちオペレーターには知らされていなかったぞ?」
「ええ、それもあって誰一人オペレーターが来なかったこの街は人が住めないほどの被害を受けたの、大勢の人が亡くなったわ・・・」
「・・・信じられん」
「これでわかったかしら、統制機構内には意図的に情報操作をしているものがいる。
もしかしたらアキハバラエリアのこの惨状を引き起こしたのだって・・・」
ブバルディアの表情は変わらなかったが、
唇が歪み固く閉ざされていることからおそらく決意と怒りに震えているのだろう。
「・・・ブバリアの言いたいことはわかった、
俺も統制機構を少し疑ってみることにしよう」
「ジュン、お父さんがあなたを選んだ理由だって、
あなたなら統制機構の悪意に染まっていなくて
何が正しくて正しくないことか判別できる優秀なオペレーターだと信じているからよ。
だってあなたは伝説のオペレーター、マキノセユウゴの息子なんだから」
「すまないが、俺は親父の代わりにはなれない。」
「ごめんなさい・・・」
「だけど、この惨状を見過ごす気にもならない」
ジュン達は車を降り、瓦礫が転がっている街中を進んでいく。
ブバリアの案内に従い、ジュンはブバルディアに大通りから外れた路地裏のとある店にたどり着く。
「ここなのか?」
そこにはかろうじて店の原型を保っていたボロボロのジャンクショップがあった。
「着いてきて」
ブバルディアは店の奥にある隠し階段からジュンを地下室へと案内する。
ドアノブが硬く重い扉が開くと
地下室は前近代的で2000年代を思わせる造りだった。
全自動ドアが当たり前の現代にドアノブがあるドアなんて現存していたのかと目を疑ったが
内装を見るとこの部屋を作った主の思考は納得と共感できるものがあった。
部屋の中央には何やら作業をしている白髪白衣の初老の研究者の姿があった。
「あなたは?」
初老の男は突然の訪問者にさほど驚いた様子もなくジュン達を見る
「私か?」
「あなた以外にこの部屋に誰がいる?」
「人に名乗らせる前にまず自分が名乗るのが礼儀なんじゃないかね」
「これは失礼した、俺はオペレーターのマキノセジュンというものだ。
こちらのブバリアに案内されてきた」
「私はユメノカケル、意思を持つロボット研究をしておる。
研究を始めて早数十年、紆余曲折や様々な課題や困難を乗り越え、
私が作り出した最高傑作がブバルディアなのじゃ」
ペンネームみたいな名前の博士は熱っぽく語る。
「せっかくの久しぶりの客人だしな、立ち話も何だし
ゆっくり飲みながらでも話そうじゃないか」
ジュン達は奥の木製の床と壁に覆われた部屋に案内される。
部屋には黒革のソファーと低めのテーブルが置かれ、
天井から白熱電球がぶら下がり部屋をほの明るく照らしていた。
そこはおおよそラボの中とは思えないような空間だった。
「驚いたな、ラボにこんな部屋があるのなんて」
「私は大の酒好きでな、美味い酒は良い雰囲気からこれが私の格言でな」
ずらっと古今東西、様々な種類の酒が棚に置かれていた。
ユメノ博士はそのうちの一つであるウヰスキーの瓶と冷えたグラスを取り出すと
トクトクと濃い琥珀色の液体を2つのグラスに注ぐ。
アマノ博士はウヰスキーが入ったグラスを傾け、少量飲むとテーブルにグラスを置く。
同様にジュンはちびりと舐めるように飲むと喉に焼けるような痛みが通り、体が熱くなる。
「さて、何から話そうか・・・
多分、君が気になっているだろうこと、
ブバルディアがなぜ作られたのか、からでいいかね」
ジュンは頷く
「私にも一人娘がいてね、私と同様に研究者だった。
ただ残念にも数年前の事故で亡くなって、
それが私の意思の持つロボットの研究を完成させたいという執念に火をつけた。
そして完成したのが娘そっくりの意思のあるロボット、ブバルディアなのだ」
ジュンは静かに聞いていた。
ジュンの元恋人もまた研究者で数年前の事故で亡くなっていたからだ。
「ブバルディアは本当に意思を持っているのか?」
「君は意思と思考の違いは何かと思うかね?」
「あまり深く考えたことはない」
「意思とは感情に影響され不合理なことでも行ってしまうことだ。
物事を考える思考自体が意思というわけではなく、思考は意思の実現の為の手段に過ぎない」
「感情に流され不条理なことでも行う・・・か、あまり要領を得ないな。そもそも感情とは何だ?」
「人間は外界からの刺激に対して、まず危険であるか有益であるかを無意識に判断する。
それに対し次にどう行動するかを判断し、その判断に基づいて交感神経の興奮、骨格筋の緊張などの末梢の反応が起こる。それを知覚、認識したものが感情だよ。
つまり感情とは遺伝子レベルで人類に危機管理するためにプログラムされた表現方法なのだよ。
そのありとあらゆる感情パターンを解析し、思考に組み込んだものが私が作った意思を持つロボットなのだよ。」
「不合理なものをわざわざ思考に取り込んだというのか?」
「古くはニューラルネットワークなどのAIに使われていた機械学習手法も、
正解データに基づいた学習手法が殆どだ、それは確かにその分野において定量的に物事を判断し、処理するのには役に立つだろう。
しかし、専門範囲外の物事に遭遇した際にそれらは役に立たない。
人は過ちを犯し、自ら正せるがゆえ、成長できるのだよ」
「なるほど・・・話は変わるがなぜ俺を選んだ?
ブバルディアが見せた火星が滅びるという予知夢は何なんだ?」
「夢とは思考の延長線上じゃ、そしてブバルディアはそれを人に見せることができる。
私もブバルディアに火星が滅びる予知夢を見せられた、
そしてマキノセユウゴの息子である君であるならば止められるのではと・・・」
突如、ラボ内のアラームが鳴る、
博士はホログラムでラボの近くを飛び回るドローンの映像を映し出す。
そこに映っていたのは武装している集団が周囲を探索している様子だった。
「なんだ?」
「見つかってしまったか・・・
おそらく、君たちを尾行していたのだろう、
ブバルディアは何者かに狙われている。
このアキハバラエリアのロボットの暴走もブバルディアを探すためだったのだろう。
君はブバルディアを連れて隠し通路から脱出してくれ」
「一緒に逃げないのか?」
「私は囮になる。何、ブバルディアが目的である以上、命までは取られないだろう。
あまり気が進まないが、夢のことについて詳しく知りたいなら、
ロッポンギエリアにいるリコールを探せ。やつなら詳しいだろう」
そういうと博士はテーブルの下の床の隠しスイッチを押す。
「行きなさい」
部屋の酒棚がスライドし、裏の壁に隠し通路が現れる。