夢の続きを君ともう一度
「ジュン!」
ジュンは呼ばれて振り返ると最上階にアカリが追ってきていた。
「どうした!?コントロールルームから離れて」
「コントロールルームはリョータとカノンが見ているわ、
それよりも何か胸がざわつくの、
とても恐ろしいことが起きようとしているような・・・」
「ああ、MkJ01がトドロキから宇宙間弾道ミサイルの起動スイッチを
奪ってビルから逃走したんだ」
ジュンが割れて夜風が入り込む窓を見つめる。
今宵は火星の衛星であるフォボスがその歪な形でこちらを見つめていた。
「えっ!いや、それも大変なのだけど、
電波的な感というかロボット的な感なのだけど・・・」
アカリが言い終わる前に大量の暴走パロット達が
非常階段から最上階へと突撃してくるのが見えた。
「なぜ?ここに?
コントロールルームで制御したのではなかったのか!?」
「やっぱり、このビル関わらず街全体が強力な電磁波で
ロボットたちが暴走しているのだわ」
「まさかMkJ01の仕業なのか?とりあえずここから逃げるぞ!」
ジュンはアカリを脇に抱える。
「え?ちょ、ちょっと!」
そしてそのまま割れた窓へと向かっていく
「喋るな!舌噛むぞ」
「嘘!ここ最上階!!」
ジュンはアカリを抱えたまま、
MkJ01がそうしたように
統制機構本部ビルからダイブする。
「きゃああああああああ」
二人は重力に従い空気抵抗を受けながら自由落下していく、
火星の重力加速度は地球の約1/3のため、地球での落下と比べると幾分遅い。
火星の重力は3.721m/s²で二人の合計質量を120kgとし、
空気抵抗値0.24kg/mと仮定すると最高落下速度は43.13m/sとなる。
これは地球だとしたら70m/sとなるので最高速度は約半分程度になるのだ。
といっても猛スピードには変わらないのだが・・・
空気抵抗と重力加速度が釣り合い最高速度による落下となる前に
ジュンはワイヤーを統制機構本部のビルに当て、
速度を殺しながら、道路を挟んで隣のビルへとワイヤーを飛ばし飛び移る。
眼下の道路でもロボットたちが暴走し自動走行車を襲っていた。
ジュン達は隣のビルの窓ガラスを突き破り、
侵入し床を転がり勢いを殺す。
「ふう・・・なんとかなったな」
「なんとかなったな、じゃないわよ!
無茶し過ぎよ!死ぬかと思ったわ!」
「ロボットは死なないだろ?」
「あなたってほんとデリカシーないんだから!心が死ぬのよ!!」
「すまない、それよりも先程のロボット達はなんで暴走していたんだ?」
「・・・はぁ、おそらく中央電波塔よ。
MkJ01がメトロポリスタワーを電波ジャックして
この都市全体のロボットを暴走させているのだと思うわ」
ジュンはアカリの手を掴んで引き起こす。
「それもロボット的感てやつか?」
「失礼ね、電波の波形から解析したのよ」
混乱する街を車で駆け抜け、
ジュン達がメトロポリスタワーの頂上にたどり着くと
そこにはMkJ01が待ち構えていた。
「意外に早かったじゃねぇか!」
「なんだ?そのいかにも待ってました的な口ぶりは?」
「てめぇとはいい加減決着をつけたかったんダヨ!」
「統制機構本部で良かったんじゃないか?」
「何もわかっちゃいねぇ!聞こえるか?
この街の人間共の悲鳴がよぉ!ああ、実に心地いい音色だゼ」
こいつの狙いはこの場所でメトロポリス中のロボットを暴走させることだ。
「ちっ!ロボット共の暴走を止めて、ミサイルのスイッチを寄越せ」
「はい、そぉですかなんていうわけねぇだろ!やってみろよ。
オリジナル様の正義感と俺様の殺意、どっちが上か証明しようぜ?」
「あなたはなんでそんなに人間を憎んでいるの?」
「あぁ!?誰だてめぇ・・・いや、待てよ、
その声聞いたことあるぞ、研究所の・・・あぁ?思い出せねぇ?」
「アカリよ!あなたを作ったのが私よ。
あなたはトドロキに操られていたのよ!
お願い人間を憎まないで、こんなこともうやめましょう!」
「俺様に指図するんじゃねぇ!」
「あなたが人類を滅亡させた後、あなた自身はどうなるの?
人がいなければあなたの役割は果たせないじゃない。」
「人間を皆殺しにするそれだけが俺に与えられた、しししし、使命だだだ。
いや、一体オレは何ヲ・・・
ヤメロヤメロヤメロ、クルシイクルシイ、アツイアツイアツイ
ツメタイアツイツメタイアツイクルシイ死死死死死死死死死死」
自己矛盾に気づいてしまったMkJ01は頭を抱え苦しみ始める。
「おい、何か様子がおかしいぞ!」
そして一つの衝動に突き動かされる。
「コロセコロセコロセコロセ、ニンゲンヲ・・・コロセ!」
正気を失い、キラーマシーンと化したMkJ01はジュンに襲いかかってくる。
MkJ01はその機械の体躯を回転させ、ジュンに回し蹴りを放つ。
蹴りはジュンの頭をスレスレにかすめ、毛髪が摩擦熱でこげる匂いを感じる。
すかさずジュンはパラライズブレッドを放つも、
MkJ01は高速回転してその全てをはたき落とす。
「おいおい、マジかよ!」
続いてMkJ01から放たれた右ストレートを左肘で受け流し、
ジュンは足払いを繰り出すもMkJ01は飛んで回避する。
一進一退の攻防の中、アカリは電波ジャックを止めるべく、
近くにあるメトロポリスタワーの管制室に入り、端末をハッキングする。
するとジュンとMkJ01が戦っている様子がメトロポリス中のホログラムに中継される。
「あー、あー、聞こえますか!?」
アカリのハッキングにより、
次々とロボットの暴走が止まっていく。
「ロボットの暴走が止まった!?」
「何だ!?誰か闘っているぞ!?」
「双子・・・?」
街中の人々がアカリの放送に耳を傾けていた。
「皆様、始めまして私はトオヤマアカリと申します。」
その凛とした声は心なしか震えていた。
「今皆様が目の当たりにしているロボットの暴走による惨劇。
それらを引き起こしているのは、
私が作り出した意思のある軍事ロボットによるものです。
そしてそのロボットは私の恋人でオペレータである、
マキノセジュンのデータを元に作られたものです。
今皆様がご覧になられている映像は、
今回の暴走を引き起こした私が作り出してしまったロボットMkJ01と
正に今それを止めようとして私の恋人マキノセジュンが闘っています。
私にはこのことを引き起こした原因を説明する責任があります。」
人々は奇異の目で映像を見入る。
「なんだって?」
「私が作り出したってどうゆうことだ?」
「マキノセってもしかして・・・」
アカリには人々の動揺の声は聞こえていなかったが、
そのまま続けるその声には強い意志が宿っていた。
「事の始まりは、二十年以上も前の宇宙船不時着事故で
私が命を救われたことに始まります。
皆様もご存知のメトロポリスの伝説的オペレータであるマキノセユウゴに。
マキノセジュン、彼はマキノセユウゴの息子なのです。
それ以来、私は人々を幸せにする意思のあるロボットの研究を続けてきました。
研究は順調でしたが、三年前、私はある事件に巻き込まれます。
そう大量の死傷者を出した、シナガワ区のテーマパーク爆破事件です。
それは反火星主義組織の仕業などではなく、
統制機構が事故に見せかけて私を拉致軟禁し、
私が作り出そうしていた意思のあるロボットを軍事利用に目論むものでした。
私は体の自由を奪われ、非人道的な方法でロボットの完成を強制されました。
そしてジュンの戦闘データを元に完成されたのがMkJ01なのです。」
群衆の戸惑いの声はより大きなものとなり、喚き散らす人も出てくる。
「なんだとー、フザケンナー!」
「統制機構は今まで私達を騙していたの?」
そこでアカリは声のトーンを落とす。静かな決意を秘めて
「皆様のお怒りはごもっともだと思います。
数日前の行政特区区域やハネダエリアの爆破テロも統制機構の計画の一部でした。
私達はそれらを止めるために奔走してきました。
私はこの事件が終わり次第、
統制機構が隠してきた悪事を全て明るみにする予定です。
ただ、私がこのような悲劇を望んで開発したわけではないことを
知ってほしかったからです。
身勝手な事を言っているのは重々承知です。
そして今この状況を、MkJ01を止めようとしている私の恋人ジュンを・・・
どうか応援してくれませんか?」
人々は顔を見合わせる。子供の一人が声を上げる。
「お、お兄ちゃんがんばれ〜〜〜!」
それが呼び水となり、次々と人々が声援を送る。
「ちっ、そこまで言われるとなんだかわかんねぇけど、
応援したくなっちまうじゃねぇか!」
「勝てよ!」
「彼に掛けるしかないのね!」
人々の声が大きなうねりとなり、
メトロポリスタワーの最上階まで人々の声援がジュンにも届いてくる。
その声を受け二人の動きはますます加速していく。
ジュンとMkJ01の戦闘は拮抗していた。
しかし、パワードスーツで身体強化されているとはいえ、
人であるジュンの体の脈拍は上がり、
肉体が悲鳴をあげて限界が近いことを告げていた。
「グガガガ、グオオオオオオ」
MkJ01が声とも呼べない咆哮を上げ、ジュンに飛び蹴りをかます。
ジュンはしゃがみ躱すと同時にバク転で距離を取る。
そして、未来予測デバイスを起動する。
「結局このデバイスは何なんだ?」
「ブバルディアを完成させるにあたってできた副産物なんだが、
この世の中のあらゆる事象を演算することで先を予測することができる代物なんじゃ。
私はそのデバイスを全ての未来を予測するラプラスの悪魔から取ってラプラスと名付けた。
その大本の技術は匿名の研究者のものを参考にして再現したもので
この基礎理論は意思のあるロボットの開発にも使われておる。
結局、ブバルディアが見せる予知夢とは
幾つもの未来予測の可能性から導き出されたものの一つに過ぎないと
私は考えているがね。
決まりきった未来などつまらないだろう?」
ジュンの脳裏にユメノ博士の言葉がよぎり
「私が作ったロボットが人にとって幸せにならないと
判断したときは貴方の手で壊してほしいの」
続いてアカリとの約束を思い出す。
次の瞬間、ジュンの脳裏に膨大な量の予測のフィードバックが流れ、
あらゆる攻撃の軌跡がシミュレーションされ、
やがてシミュレーションによるあらゆる軌跡が排除され、
たった一つの予知された軌跡のみがハッキリと表示される
(右方向中段からの右ストレートの確率100%)
ジュンはトランスリミッターを右手に構え、突進していく
同時にMkJ01は凄まじい速度の右ストレートで殴りかかってくる。
ジュンはその攻撃をすり抜け、パラライズブレッドを撃ち込む
・・・はずだった。
いつの間にかMkJ01の左腕からプラズマカッターが伸びており、
ジュンの右腕をトランスリミッターごとふっ飛ばしていた。
「なぜだ・・・」
無防備になったジュンはMkJ01に押し倒され、
床に転がっている右腕とトランスリミッターを見つめる。
よく見ると未来予測デバイスはエラーの表示になっていた。
その様子を見ていたアカリが管制室から出てくる。
「ジュン!」
「来るな!」
「私も戦うわ!MkJ01を止める方法を思いついたの」
アカリはユメノ博士から託されたアップデートプログラムが入った
ストレージを首に接続し、インストールする。
===== インストールが完了しました。 ======
ものの数秒もかからずインストールが完了する。
「一体何するつもりだ!?」
「この場で私の記憶と感情を移し替えることでMkJ01を止めるわ」
それは自身の意識を無くす危険な手段だった。
「そんなことをしたら、アカリは・・・」
「ジュンは約束覚えている?」
「あぁ、しかし・・・」
MkJ01はジュンの喉元にプラズマカッターを突きつけようとする。
一刻も猶予がないことを悟ったアカリは決意する。
「いくわよ!」
通信機能を全開にしてMkJ01に同調し、自身の全ての記憶と感情を転送する。
MkJ01に向けられたアカリの手からは電気の奔流のようなものが
迸り、MkJ01と接続し互いに発光していく。
「ああああああああああああああああああああああ!!!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
やがて発光が消えた時、
抜け殻のブバルディアが転がっており、
ジュンの側には苦しみもだえているMkJ01の姿があった。
「やっぱり、全部移し替えることはできなかったみたい・・・
長くは持たないわ、私自身がまた狂う前に・・・
ハヤク、コロシテ!コロシテ!コロコロコロコロコロ死・・・」
ジュンはパワードスーツのリミットを外すと
左腕の血管が浮き出て肥大化する。
体がミシミシと音を立てるも構わずに
壊れてしまったアカリの首を締める。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
全てを受け入れたアカリは目を閉じ、ジュンに別れの言葉を告げる。
「・・・ありがとう」
次の瞬間、MkJ01の首がへし折られ、その機能を停止する。
すべてが終わり、静寂を取り戻したプロトポリスタワーにて
恋人を二度失ったジュンは声もなく、
閉じた目からはただ涙が流れてアカリだった残骸へと落ちる。
数カ月後、騒動が収まった街はすっかり元通りに戻っていた。
統制機構の悪事はミナガワヨウイチの残したデータを
リンがメディアに公表したことで統制機構は解体された。
あの日のアカリの電波ジャックの影響もあって人々にはすんなり受け入れられた。
連日、リンは各所に引っ張りだこで大変だったそうだ。
ブバルディアは記憶と感情をジュンに合う前の状態へとバックアップから復元され、
ジュンと共にアカリの見舞いに来ていた。
その隣のジュンはタキシード姿で
手には白いブバルディアの花が包まれたウェディングブーケを持っていた。
「花嫁さんのウェディングドレスってとっても綺麗なのね、私憧れちゃうわ」
「そうだな、まさかリュータとカノンが結婚するとは思わなかったけど」
「ジュンも結婚しないの?ウェディングブーケ取れたんでしょ?
ブーケを受け取った人は次の花嫁になれるんでしょ?
ってあれ?男性の場合どうなるんだっけ?」
「ああ、だから今から渡しに行こうと思っているんだ・・・
あいつらも粋なことしてくれる、わざわざ俺の方に投げるなんて、
それと今日が何の日かってことだが、あいつらわざわざ合わせたな・・・」
「それって私のオリジナルとなったアカリさんなの?
お父さんからついていきなさいって言われたけど、
ジュンとどうゆう関係なの?」
「アカリは俺の大切な人だ」
かるくノックし、ジュン達はアカリの病室に入る。
そこには変わらず意識不明で生命装置に繋がれたアカリの姿があった。
「この人がそうなの・・・?ひどい怪我」
ブバルディアが憐憫の眼差しで見る。
「色々あって遅くなってすまない、
でもアカリの誕生日に来れてよかった。
今日は渡したいものがあるんだ。」
アカリはジュンの呼びかけにも答えることはなかった。
「一つは三年前、君の誕生日に渡そうと思っていたものだ。」
ジュンが取り出したのは色とりどりのブバルディアの花が
咲いては散るを繰り返すホログラムだった。
「もう一つはあの日言えなかったことを言わせてくれ、
俺と結婚してくれないか」
ジュンはウェディングブーケを取り出し、アカリの枕元に置く。
「また来る。返事は目が覚めた時に聞かせてくれ」
ジュンは義手になった右手の小指を
包帯で包まれたアカリの右手の小指に絡ませ一方的な指切りをする。
「ブバリア、いくぞ」
ジュンはアカリに別れを告げ病室を出ようとすると、
背後からアカリの声が聞こえた気がした。
「私ずっと待っている」
ジュンはハッとして振り向くが、
そこにはいつも通りのブバルディアが微笑んでいた。