予知と予測の分解点
ジュン達は職員達が帰り始める時間帯を狙い、
統制機構本部の近くのビルの屋上に潜んでいた。
ジュン達は超高温の蒸気を噴射して空を飛ぶ、
いわゆるジェットパックを装着していた。
背中に背負った燃料は過酸化水素を高密度にした特殊なもので、
タンク上部に取り付けた小型エンジンで燃焼させ
水蒸気を発生させ、爆発的な推力を得る。
「しかし、今どきよくこんな物持っていたわね」
「博物館置いてあるレベルの代物じゃね?」
「よく言われる、これは元々親父のものだ」
「あなたのアンティーク集め趣味ってお父さん譲りだったの?」
ジェットパックの考案と実現自体は2000年代前の古い技術だ、
ジュンの自宅の倉庫に保管されていたのだ。
「ただこれでも片道分しかも中層階までは微妙に届かないが、
大分ショートカットできるだろう」
ジュン達はジェットパックで風を受けながら急上昇し、
統制機構本部ビルの人のいない部屋の窓を突き破り侵入する。
「よし、コントロールルームを目指すぞ」
ジュン達はジェットパックを脱ぎ捨て、
駆けつけてくる警備ロボットのパロットを
パラライズブレッドで次々と停止させながら
非常階段を登っていく。
「これなら楽勝だな」
「いや、この先は・・・」
人型ロボットアシムを軍用用に転用したロボットであるドロイドが
ジュン達に銃撃してくる。
ジュン達が潜んでいた近くの壁に多数の銃痕ができる。
ジェノーなどと違い1対1体の耐久力は高くなく知能も高くないが、
ただ屋内の制圧戦において扱いやすいため数で押してくる。
「どうやら、侵入者用の警備システムが作動したようだな」
「ちっ、面倒だな」
ジュンはEMP爆弾を放り投げて、
ドロイドの周囲に電磁パルスを発生させてまとめて行動不能にする。
しかし、ジュン達の背後からも大勢のドロイドが押し寄せる。
「うお、どんだけ来るんだよ」
さらに悪いことにジュン達が進む先の階段の隔壁が降りてくる
「急ぐぞ」
先行していたジュンとアカリは隔壁の先へと突破するが、
リュータとカノンは隔壁の反対側へ閉じ込められる。
「私達は大丈夫!」
「俺達に構わず、お前達は先に進め!」
リュータとカノンの声が聞こえてくる。
ジュンは逡巡するが、隔壁を簡単に破壊できる装備がないことを確認すると
アカリに声をかける。
「先を急ぐぞ!」
「え、でも・・・」
「あいつらを信じろ、
コントロールルームさえ占拠できれば隔壁は解除できる」
「そうね!」
ジュン達は迫りくるドロイド達を
パラライズブレッドとEMP爆弾で退け、
非常階段を駆け抜けていく。
「後どれくらいだ?」
「次の階の角を右に曲がったところよ!」
ジュン達は中層階にたどり着き、曲がり角の先を警戒して覗き込むと
そこにはドロイドではなく、
全身防護服とフルヘルメット装備のオペレーターが二人、
頑丈そうなコントロールルームの扉を見張っていた。
「流石にこのビルの中枢ということだけあって
警備が強化されているな・・・」
「どうするの?」
「こいつを使う」
ジュンはプラスチック爆弾を取り出す。
「それは爆弾?」
「だが、おそらく効かないだろう、
なのでこれは囮で本命はこいつを床に仕掛けておく」
ジュンはパラライズトラップを
曲がり角の丁度死角となる位置に仕掛ける。
その後、ジュンは曲がり角の壁に向かってプラスチック爆弾を投げる。
派手な爆発が起きて、警備中のオペレーターが気づき、
こちらへと駆けつけてくる。
しかし曲がり角のパラライズトラップに一人が引っかかり、
もうひとりも爆煙の中から出てきたジュンに押し倒され、
ジュンがヘルメットの隙間からパラライズブレットを
命中させると行動不能になる。
「いくぞ!」
ジュン達はコントロールルームの扉へとたどり着くも
そこは固く閉ざされていた。
「開けれそうか?」
「ちょっと静かにしてて」
ジュンは扉の先に向けて、
いつでも撃てるようにトランスリミッターとスタングレネードを構え、
アカリは目を閉じると
コントロールルームの扉のセキュリティをハッキングする。
程なくして扉が開くと三人の警備員が中にいた。
「なんだ!?お前た・・・うわっ!」
内部にいた警備員達は驚く暇もなく、
放り込まれたスタングレネードで怯んだ後、
ジュンがほぼ三発同時に放ったパラライズブレッドで痺れて動けなくなる。
ジュンはコントロールルーム内の修理用の通信ケーブルを使い、
警備員と先程のオペレータ達を拘束する。
その間にアカリはコントロールルームの機能を完全に掌握する。
一方、リュータとカノンは倒しても倒しても
湧いてくるドロイドの大群に追い詰められていた。
通路は一本道で逃げ場はない。
背後は隔壁で曲がり角の先からは
ドロイド達がリュータ達を逃さないように
ひっきりなしに銃撃してくる。
「やべえ、弾薬が尽きそうだ・・・
せめてこの通路を突破できればなんとかなるのに」
「私もよ、後五発しか残ってない・・・」
「あのよ、死ぬ前に後悔したくないからもう一度言うけどよ、
俺はやっぱりカノンのことが好きだ」
「・・・私がそれでもジュンのこと好きだっていったら怒る?」
「知ってるし今更怒らねぇよ、
けど俺がここまで着いてきたのはカノンのためだ、
だからよせめて・・・」
リュータは唐突にカノンに口づけする。
カノンは驚くも、それを受け入れる。
時間にしてほんの三秒程度のことだった。
「いきなり、何するのよ」
「・・・最期くらい、いいだろ?」
「そうね・・・悪くないわ」
リュータとカノンは残弾を使い果たし、
遂に隔壁の隅へと追いやられる。
「これまでか・・・!」
ドロイド達がリュータ達に銃を向ける。
リュータはカノンを隔壁を背にして押し付け、
隔壁に手を付き、覆いかぶさるようにして守ろうとする。
「ちょっと?何のつもり?」
「へへ、最期くらい惚れた女の前でカッコつけさせてくれよ。
俺が死んでも運が良ければカノンは生き残れるかもな・・・」
ドロイド達の銃が放たれようとした瞬間、
突如隔壁が開き、リョータはカノンの方へ前のめりに倒れ込む。
「うおっ!」
「きゃあ!」
背後を振り返るとビルの警報も鳴り止み、ドロイド達が去っていく。
「もしかして、助かったのか?」
「ジュン達がコントロールルームを奪取したのよ!」
その頃ジュンはアカリにコントロールルームを預け、
本部の最上階へと向かっていた。
「よし何とかコントロールを奪えたようね、警報も隔壁も解除してっと・・・」
「トドロキはどこに居るんだ?」
「最上階のようよ、この事態だと言うのにさっきからずっと動いていないわ。」
「死んでいるということは?」
「生体反応はあるからそれはないと思うわ」
「まるで誰かを待っているかのようみたいだな・・・」
トドロキの行動に不気味さを覚えながらも、
警備がなくなった本部の非常階段をジュンは駆け上がる。
他に妙な点といえば、一般の職員がいる様子がまったくないのだ、
逃げ遅れた職員に一人や二人遭遇してもおかしくないのに、
まるでジュン達がこのタイミングにやってくるのを
予め知っていたかのような周到さだった。
最上階の部屋にたどり着くとそこにはトドロキがタバコを吹かせながら、
火星の夜景を壁一面に張られたガラスを透して眺めていた。
「来たか」
「宇宙間弾道ミサイルの起動スイッチを渡してもらおうか」
ジュンはトランスリミッターをトドロキに向ける。
「俺はお前を待っていた。
マキノセユウゴの息子、マキノセジュンよ」
「何?」
「お前は父親そっくりで反吐が出るよ、
お前の父親も正義感に熱い男だった。
ただ、その正義感故に悪戯に人を巻き込み、
犠牲者を増やす偽善者、いや無意識な分よっぽどタチが悪い」
「どういう意味だ?」
トドロキはゆっくりとタバコの煙を吐き出す。
「少し昔話をしてやろう、
あれはもう三十年以上も前の話だ。
俺とユウゴは元々地球出身でな、地球でオペレータをしていた。」
「初耳だ。」
「ある日、地球の統制機構本部から俺達に指令が来る。
核兵器を積んだ無人戦闘機を狙撃せよとな、
俺達は戦闘機に乗り迎撃に向かう。
俺がパイロットでユウゴは狙撃を担当していた。
だが、あろうかとやつは失敗したのだ。
荷電粒子砲は無人戦闘機の翼をかすめ、
無人戦闘機が墜落した都市を核が直撃し多くの人々の命を奪った。
それに巻き込まれて死んだ人々の中には俺の家族も含まれていた。
だが、全ては統制機構本部が仕込んだ罠だったんだ。
戦闘機のロックオンシステムに細工がされていて、
撃墜ではなく、無人戦闘機の翼を狙うようにな。
その事実が明るみに出ることはなく、
大量の民間人を死なせてしまった責任を取る形でユウゴと俺達は火星に左遷された。
お前の父親は大量殺人者なんだよ」
「・・・だが、それは結果論だろう?
親父もあんたもそれを望んで引き起こしたわけではない。
むしろ止めようとした。」
「ユウゴは俺に一生をかけて償うといったが、
俺から大切なものを奪ったユウゴも自分を左遷した連中も許すことができなかった。
何よりも火星での活躍で伝説のオペレーターとして崇められたのが気に食わなかった」
「その復讐が火星補完計画なのか?
そんなことをしたら地球との全面戦争になり、
関係のない人々が大勢死ぬ」
「それがどうした?」
「何?」
「俺に失うものはもはや何もない、誰が死のうと知ったことではない。
それにな、地球との戦争はすでに始まっているのだよ。
俺はほんの少し後押しするだけにすぎない」
トドロキはジュンに宇宙間弾道ミサイルの起動スイッチを見せる。
「それは反火星主義組織のことか?
あれは貴様がでっち上げたものではないのか?」
「確かにテーマパークや行政特区区域に関しては俺が仕込んだことだ。
だが、反火星主義組織は存在する。
そして地球政府の支援を受け火星を貶めようと暗躍を続けている。」
「貴様がやろうとしていることは、さらなる争いの火種を生むだけだ。」
「後はお前を反火星主義組織の構成員として捕まえることで、
世の中に反火星主義組織の危険性を知らしめ、
俺の復讐は完成するのだ」
「やってみろ、俺は貴様を止める」
ジュンはトランスリミッターによる銃撃を行うものの
放たれたパラライズブレッドはトドロキの正面に張られた透明な何かに、
阻まれ速度が減衰し床に落ちていく。
間髪をいれずにさらに追加射撃を行うも、結果は同じだった。
「貴様、一体何をした」
「フフフ、これぞ、統制機構の新兵器プラズマシールド。
元々は電磁アーク放電により衝撃波を減衰する程度の兵器だったのだが、
長年の研究を重ね、完全に攻撃を無効化することに成功したのだ。」
「くそっ」
「今度はこちらから行かせてもらうぞ」
トドロキはトランスリミッターを射撃し、
弾丸がジュンの顔を掠める。
「なっ!」
「俺が現役のオペレータに劣るとでも思ったか?
お前の戦闘データは腐るほど見てきたからな、
動きが手にとるようにわかるぞ」
ジュンはEMP爆弾をトドロキに放り投げる。
しかし、またもプラズマシールドに勢いを殺され、不発となる。
(くそっ、隙がない、せめて銃撃を当てられる隙間さえあれば・・・)
ジュンは側転しながらあらゆる角度から撃ちまくるもその全てが無力化される。
「ハッハッハ、そう来るだろうことも読んでいた。
プラズマシールドに隙なんぞないんだよ」
ジュンは近接戦ならと一瞬考えを巡らせたが、
直接的な高火力の攻撃手段を持たずに特攻するのは無謀だろう。
「ちっ」
トドロキの反撃を受け、次第にジュンは追い詰められていく。
直後、不遜な声が部屋の入口から聞こえてくる。
「なんだァ、なんだァ!?
随分楽しそうなことやっているな、俺も混ぜろや!」
MkJ01だった。乱入者はトドロキにサブマシンガンを乱射するも
その全ての弾丸がトドロキの直前で停止し落下する。
「あぁん?随分面白いもん持ってんじゃねぇか?」
MkJ01はプラズマカッターでトドロキに斬りかかる。
腕から高温のアークプラズマが出現し、
プラズマシールドに衝突し、火花を上げる。
その隙を逃さず、ジュンは別方向からトドロキにパラライズブレッドを撃ち込む。
だが、トドロキは身を翻し、銃弾を躱す。
そこでジュンはあることに気づく。
「すっかり騙されたよ、
プラズマシールドは同時に複数方向に展開できないんだな」
「・・・」
「いいねぇ!いいねぇ!面白くなってきやがったぜぇ、
てめぇをぶっ殺せば、統制機構は終いだ、
何せ他の幹部は俺様がすでにぶっ殺したんだからよぉ!」
「何を調子に乗っている。お前がここに来るのも全て俺の計算通りなんだよ。
お前が統制機構から逃げ出し、メトロポリスの市民や他の統制機構幹部を虐殺するのも
戦闘兵器としての実践データを集めるためだったのだよ。」
「減らず口言ってるんじゃねぇ!」
「大体、お前が何故わざわざジュンの容姿になっているのか、
考えても見ろ、お前らは俺のプロパガンダの生贄なのだよ。
そして、終いなのはお前らだ。」
トドロキは懐から何かを取り出すとMkJ01の動きが止まる。
「な、体が動かねぇ!」
「さぁ、ジュンを殺せ!MkJ01!それで計画は完成する」
MkJ01は己の意思に反し、体はジュンの方を向き、
サブマシンガンを撃とうとする。
だがジュンは未来予測デバイスを起動させ、
トドロキとMkJ01の行動を予測していた。
(MkJ01を銃撃するとトドロキが銃撃する確率50%、
トドロキに銃撃するとプラズマシールドで無効化される確率100%、
部屋から逃げたら背後から撃たれる確率90%・・・)
この瞬間あらゆる可能性の予測がジュンの脳内を駆け巡り、脳が焼ききれそうになる。
次の瞬間、ジュンは屈みトランスリミッターを構える、
トドロキはとっさに自身の前方にプラズマシールドを展開するも
ジュンはトドロキともMkJ01とも違う方向に向けて射撃する。
「どこを狙っている!?」
ジュンが狙ったのはトドロキの近くに転がっているEMP爆弾だった。
EMP爆弾は起爆し、トドロキが持っているMkJ01の制御装置を破壊する。
「なっ!」
トドロキが驚愕の声を上げている隙にMkJ01が突撃し、
プラズマシールドを展開する暇も与えず
プラズマカッターでトドロキの首を掻っ切る。
胴から焼き切れたトドロキの首は宙を舞い、床に落ちる。
これは掛けだった。
MkJ01がジュンの方に変わらず襲いかかってきていたら
結果は変わっていただろう。
だが、ジュンは予測の先にMkJ01はそうしないであろう予感をしていた。
「終わったか・・・」
「フヘハハハハ、ヒャハハハハ、
ついに統制機構をぶっ潰してやったぜ!!!
これで俺を阻むものは何もいねぇ!!」
MkJ01はトドロキから宇宙間弾道ミサイルの起動スイッチを奪い取る。
「なっ!それはっ!」
「後は街中のロボットを暴走させ、このスイッチを押せば人類はお終いよ!
オリジナル様は残された最期の時をせいぜい楽しむといいぜ!!
あばよっ!!」
MkJ01はガラス窓を突き破り、統制機構本部のビルの最上階より夜の街へとダイブする。
「くそっ!なんてことだ!」
ジュンが窓から見下ろすとそこにはワイヤーで隣のビルへと飛び移っているMkJ01の姿があった。