夢で見た少女
太陽系第4番目の惑星、火星。
火星の自転周期は地球のそれと非常に近く、
火星の1日は、24時間39分35.244秒である。
また、地球と同じように太陽に対して自転軸を傾けたまま公転しているため、
火星には季節が存在する。
かつて水と大気があったと言われるこの惑星は、
半径が地球の約2分の1、質量は地球の約10分の1に過ぎないため、
重力が小さく大気をつなぎとめることができず一度死滅した。
しかし、人類はその可能性を諦めていなかった。
西暦3000年、
AI、ロボット、宇宙工学、生物学、医療、
あらゆる科学の発展により人類は遂に火星への移住も成し遂げた。
火星で酸素を作り出すことに成功した人類は
大気を造り、水を造り、海を造り、森を造り、
地球の各首都をモチーフとした都市を作った。
それはさながら、地球を再現するようであった。
火星の81番目の都市コスモポリス、
ここは地球の東京をモチーフに造られた都市だ。
既存の仕事も残ってはいるが殆どの仕事はロボットが行っている。
例えば、生産から購買から配達まで全て自動化されており、
発注をするとドローンによる無人配達がされる。
サービス業である第三次産業のほとんど、
販売員、床屋、アミューズメント施設の案内などは
アシムと呼ばれる会話機能を有する人型のロボットが行っている。
街やビルなどいたる所の警備はパロットと呼ばれる
小回りが利く子供くらいの背丈の筒状の警備ロボットが行っている。
建設などはクレーンやパイルバンカー、ロードローラ等の重機を装備した、
自律二足歩行型の大型ロボットのクリートなどが活躍している。
高度化した文明で人類に残された仕事の一つはAIやロボットたちの管理であった。
AIやロボットは管制システムにより統率されているが、
中には故障したり不具合で管制システムに従わず暴走するものもいる。
そんな暴走システムを修復あるいは強制停止させるのがオペレーターの仕事だ。
彼らは暴走したロボット達に対抗する武力はもちろんのこと、
高度な情報処理能力を求められる。
「ジュン!そっちにパロットが三体行ったぞ!頼めるか?」
「了解した」
スキャナーと呼ばれる目に装着した半透明なゴーグルより通信が入り、
ジュンと呼ばれた黒髪の青年が疾走する。
青年は棟の三階くらいの高さに相当する驚異的な跳躍をし、
屋根に飛び乗ると周囲を確認する。
火星の重力は地球の約1/3の重力は3.71m/s^2、
常人が跳躍すると最高高度0.9m、約2秒間の跳躍を可能とする。
しかし、それでも二階にも届かない。
そこには身体能力を強化しているパワードスーツの存在があった。
パワードスーツはオペレータの標準装備で衣服レベルの軽量化が実現できている。
ジュンが周囲を確認すると暴走したパロット三体に追われている子供がいた。
パロットのアイセンサーは赤く明滅しており、警戒モードとなっていた。
スキャナーを望遠モードにしてパロットの内部構造を透過し解析する。
おそらく、回路の老朽化による誤作動だろう。
意図的か、それとも偶発的にか長期間メンテナンスを
逃れていたパロットが暴走することはまれにあることだ。
ジュンはトランスリミッターと呼ばれるオペレーター専用の銃を取り出し、
屋根を疾走し、暴走するパロット達の頭上を通りすぎるように跳躍する。
空中で体を回転させ、地面を頭、足を空に向ける姿勢で
パロット達にトランスリミッターの照準を合わせる。
乾いた音が鳴り響き、ほぼ同時に放たれた三発がパロットに命中する。
ジュンは空中で丁度一回転した後、隣の屋根に着地すると
トランスリミッターのスイッチを入れると
命中した弾丸から電流が流れ、パロットの動作を停止させる。
パラライズバレットはトランスリミッターの標準装備であり、
命中後に遠隔操作で電気ショックを流し対象のロボットを停止させる。
即時に電流が流れないのは万が一人に誤射した場合のセイフティ機能で
流れる電流も人を死に至らしめる程度ではない。
ジュンは屋根から降り立つと
追われていた子供を探していた母親が現れ、何度もジュンに礼を言う。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「いえ、仕事なので、無事で良かったです」
青年は手を振り不器用な笑顔を返し、
停止したパロットの回収をするよう統制機構に連絡する。
統制機構はオペレーターを統括する機関で火星の各都市に存在しており、
正規のオペレーターはここに所属している他、
オペレータの育成なども行っている。
停止したロボットの回収も統制機構の仕事だ。
「親父だったら、もっとマシな返し方できたのかな・・・?」
ジュンは誰にも聞こえない独り言を呟く、
亡き父もオペレータでメトロポリスでは
知らない人がいない程の伝説のオペレーターだった。
ジュンは父親に憧れ、人々を守るというオペレータの仕事に誇りを持っていた。
しかし、その心にはどこかぽっかり穴が空いていた。
パロットが回収されるのを見届けるとジュンは帰路につく。
誰が待っているという訳でもない自宅に帰り、
パワードスーツを脱ぐとベットに寝転ぶ。
「きっと、あいつが居なくなってからだ・・・」
気づくとジュンは花園にいた。
ジュンの周囲には色が異なる4つの花弁を持つ多くの花が咲いていた。
「ジュン、あなたを待っていたわ」
そこにいたのはプリズム色の髪をした一人の少女だった。
その少女の面影は数年前に死んだあいつに似ていた。
「あんたは?」
「私の名前はブバルディア、あなたをここに呼んだものよ」
「どうして俺をここに呼んだんだ?」
「あなたに手伝ってほしいことがあるのよ、
その代わり、あなたの願いを叶えてあげる。」
「断る」
「まだ何もいってないのに」
ブバルディアは怒ったようにぷいっとそっぽを向くとプラチナの髪が揺れ、
複雑な光の反射を放ち、髪に虹模様がかかる。
「初めて会う相手をいきなり信用するほうが難しい」
「そうね、じゃあお近づきの印にこれをあなたにあげる。
私があなたに頼みたいことの助けになるかもね」
ブバルディアは耳に装着する小型デバイスをジュンに手渡す。
「これは?」
「世界の少し先が予測できるデバイスよ。
とはいったものの説明が難しいから、
詳しいことは実際に使ってみたほうが早いのだけど・・・」
「頼みというのは?」
「あなたに世界を救ってほしいの。」
「・・・唐突すぎるな、少し考えさせてくれ」
「そ、じゃあ、考えといてね。また来るから」
そこで目が覚めたジュンはいつもと変わらぬ朝を過ごす。
ただ違うのは、夢の中で彼女に渡されたデバイスを現実でも持っていたことだ。
ジュンは身支度を整え、手首に巻きつけていた
スマートプロジェクションブレスレットを起動すると
ブレスレットから腕に画面が投影され、
スマートフォンの如く操作をする。
そしてオペレーター専用のアプリケーションを起動し、
マザーコンピュータにアクセスする。
マザーコンピューターは各都市に設置された
都市内のあらゆる情報を収集しているコンピュータで
オペレータは任務にあたりマザーコンピュータより情報収集を行う。
ディスプレイにリストアップされたのは
現在対応に当たっていない暴走しているロボット達だった。
その中には詳細データがない正体不明のロボットも表示されていた。
識別コードMkJ01、初めて見るコード名だ。
それ以外の製造元などの情報も一切不明。
分かっているのは現在、シブヤ区のどこかにいるらしいということだけだ。
気になったジュンはその正体不明のロボットの追跡を開始する。
ジュンは車に乗り込み、エンジンを掛ける。
すると車が静かに浮かび上がり、発進する。
2000年代のガソリンを原動力としたレシプロエンジンは絶滅し、
リニアモーターカー同様、超電導による磁気浮上と電磁力による推進力で動いているのだ。
シブヤ区に着いたジュンは他の暴走ロボットを停止させたり、
他のオペレーターとも遭遇しながら、その正体不明のロボットを捜索する。
そんな中、スクランブル交差点の方から
大勢の人がパニックになりながら逃げてくるのを目撃する。
あそこには確かこの地域一帯のロボットを制御する管制システムがあったはず。
ジュンは人波に逆らい、街灯から街灯へ飛び移り、スクランブル交差点を目指す。
ジュンがスクランブル交差点に到着すると
管制システムがあったビルから煙が上がっており、
大量の暴走したロボット達が人々を襲っていた。
少なく見積もっても正面に二十体、左に十五体、右に三十体、
ジュンはトランスリミッターにパラライズバレットを装填し、
正面の三体のパロットを撃破する。
続いて右方向で若い女性を襲おうとしているアシムを二体撃ち抜くも
左方向から来たパロットが再装填の隙を狙い、三叉の手でジュンを掴もうと迫ってくる。
ジュンは転がりながらパロットから逃れると再装填したパラライズバレットで撃ち抜く。
「くそっ、数が多すぎる」
気づくとますます多くのパロットやアシム達が集結してくる。
そればかりでなく、暴走した自動運転車が建物に突っ込んでいたり、
重機を装備した建設用ロボットがビルなどの周辺建物を次々と破壊しており、
建物の崩落に巻き込まれて下敷きになった人々や
ロボットに殺害された血塗れの人々がいたる所に転がっており、
地獄絵図だった。
「何だよ・・・これ」
そんな中、突如スキャナーから通信が入る、ブバルディアの声だった。
「もしもーし、聞こえますかー?」
「なんだ!?今、それどころじゃ・・・」
「大丈夫、それ夢ですから」
「どうゆうことだ?」
「でも、近い未来起きるかもしれません、今日かも知れないし明日かもしれない、
しかもそれは前触れで放っておくと火星そのものが滅びちゃうかもしれません。」
通信が切れ、ジュンの視界が真っ白に染まっていく。
再び目を空けた時にはいつも見慣れた自室の天井があった。
「全く寝覚めが悪い夢だ・・・」
そうぼやいたジュンの横には夢で見た少女、ブバルディアが無邪気に笑っていた。
「お答え、聞かせてもらってもいーですかぁ?」