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哀憎使いの英雄譚  作者: しゅりりんね
歩み出し
8/28

どうってことないよ

 まだ蒸し暑い、九月の始め。


 あれから三年が経ち十五歳になったアリナは、グレートバース総合大学の入学式に参加していた。

 数百人の新入生の前列の席で、落ち着かない胸を抑えていた。


「入学式、ようやく終わったね。ここの校長話短めでよかったよ〜」


 やはり小さな声で話すシャーロットは、入学式が終わるや否やアリナの元へ駆け寄ってきた。

 緩くウェーブがかかった艶やかな銀髪は、内気な彼女の顔を隠すように巻いている。


「うん、お疲れ〜。こっちの席マジで落ち着かなかったよ」


 シャーロットに応え、小さく手を振る。

 三年前より幾分か背が伸びたアリナだが、ワイシャツから伸びた腕は華奢、という言葉では片づけられない程に細くなっていた。

 アリナは約三年間をほぼ受験勉強に費やし、その間シャーロットとまともに会話をする時間を確保することができなかった。

 こうしてゆっくり話すことができるのは、久しぶりのことだ。


「そりゃ、特待組はすごい人ばっかだもんねー。なぜか見た目も派手な人も多いし。

……でもアリナもすごいよ、結構。受験勉強にそこまで力出せないよ、家事とかと両立すると」

「ああ、まあそうだけどさ。あたしは金目当てで頑張ったようなもんだしなぁ。他の特待様方! はなんかこう……もっとでかい物の為? に色んなことやってきたわけだし」


 稼ぎが殆どなくなったノア姉妹は、進学はするものの奨学金などは殆ど受け取らなかったため(返済不要にならなかった)、あまりお金をかけたくなかったのだ。


「けど、どんな理由でもちゃんと行動に移せる人って少数だからすごいよ。それにしても」


 さらに小さい声で呟く。


「——アリナ大変だね。孤児院の下の子の世話とか、特待の講義こなしながらするんでしょ?」

「……ううん、大丈夫。あの子たち、やることは自分でやってくれるし、頑張れば課題もすぐ終わるし。どうってことないよ」


 そう言い微笑んだアリナの心には、別の心配事があるようだ。


「じゃ、そろそろ帰ろっか。じゃーねまた明日〜」

「うん。また明日。また話しましょ」


 シャーロットは、そう言って箒にまたがり、すいーっと空へ飛び立った。

 普通の魔法は殆ど使えない彼女だが、物理的な魔法は得意らしい。

 アリナはそれを見届けて、今の自分達の家に帰った。


 重いドアを押すと、蝶番がキイィと古めかしい音を立てて開いた。軋む音を合図に、居間から沢山のお帰り、が聞こえてくる。


「アリナ、遅かったな! もうご飯ほとんどできてるから、さっさとキッチン行って手伝ってやれ!」


 誰かが帰宅すると決まって一番に声をかけるのが、最年長で古株のアーサーだ。快活な性格で、彼の笑顔はいつもカラッとしている。

 アーサーに応え、すぐキッチンに向かい、いつも通り食事の準備を手伝う。


「ただいま、あたしもご飯手伝うねー」

「アリナ姉ちゃん、どうしようお肉焦がしちゃった」


 最年少で八歳のベンジャミンは、まだ料理に慣れず、よくアリナに手伝ってもらっている。


「ああ、やっちゃったか〜。ちょっと待ってね。 ……グリフィンさん、ベンジャミンに全部やらせないで!」

「わりいわりい、昨日四時間しか寝てないからよぉ、油こぼしちまったらあぶねえだろ?」


 今年で十八歳と結構年上な筈のグリフィンだが、料理だけは必ず、適当な理由を付けて年下に押し付けてしまう。

 しかもやたら筋骨隆々としていて、弱肉強食の世界を思い知らせんばかりの威圧感が出てしまっている。

 そのせいで、ベンジャミンのような年少者は怖がって断れないのである。


 実態はただの木偶の坊だが。


「嘘おっしゃい。あんた毎日きっちり九時間寝てるでしょ、この脳筋ゴリゴリ木偶の坊料理下手野郎。さっさとして、下の子達待ってるから。ねえアリナ」


 上から二番目のレインは、普段は頼れるお姉さんだが時たま口が悪くなる。

 そして、他人(特にグリフィン)に対する悪口のボキャブラリーが異常に多い。


「木偶の坊否定せんけどレインさん言い過ぎ! ベンジャミン、とりあえずなんとかなったよ。皆、食べよー」

「ありがとう姉ちゃん」


 そう言ったベンジャミンの無垢な笑顔は、とても親に見捨てられた子の笑顔とは思えない。

 アリナは、自ずと切ない気分になりながら、柔らかな栗毛の頭をそっと撫でる。


 この家に暮らす子供達には、親がいない。


 自分達とアーサーは呪怪で。

 レインと、今年十四歳になるリキュールは非合法の人体実験で。

 グリフィンは母親のお産と父親の病気で両親を失い、ベンジャミンは、物心つかぬうちに捨てられた。


 そんな彼等だが、和気あいあいとした雰囲気で生活している。

 アリナは呪怪の一件があった直後、家を売り、畑を母の花商人仲間に貸してここに来た。


 生活費の稼ぎ方を人として踏み外さずに、独りで学業と家庭を両立するのには限界があったのだ。


「「「「「「いただきます」」」」」」


 六人の挨拶と共に、静かな食事が始まる。

 アリナは食卓を横切り、ダイニングから出ようとした。

 するとついつい、とスカートの裾を引っ張られた。

 アンナだ。


「姉さん。今日もご飯食べないの? たまには食べないと」


 と、こちらを見つめる。


「大丈夫だよ。あたし、ちょっと宿題やんないといけなくて。量多くて大変なんだよねぇ」


 疲労の溜まったアリナにできる限りの笑顔を作り、アンナの頭をそっと撫でた。


「……そか。宿題頑張ってね」


 ありがとう、とアンナに微笑みかけて部屋を出ていった。


 アリナは自室の質素なベッドに倒れ込み、体じゅうの力を抜いた。

 できるだけ蓋をしていた感情の記憶が、不意に湧き上がり頭を飽和する。

 明日の講義やら家事の分担やらに気が取られて放置された感情は、気付かぬまま濃度が上がっていた。


 ぶんぶんと首を振って無理矢理に思考を止めた。

 早く寝よう、と思考を遮るかのようにぎゅっと目を閉じる。

 疲れ切っていたのか、アリナは数分もたたぬうちにすうすうと寝息をたて始めた。

 リキュールは一応人名です。酒の名前使おー!みたいな感じでつけましたが、日本語だったら山田大吟醸みたいになるんでしょうね……。変えへんけど。

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