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哀憎使いの英雄譚  作者: しゅりりんね
デュエル
26/28

マイ・ファースト・デュエル

 今宵ハロウィーン、()()()による憂鬱から解放された熱狂に包まれた競技場。


 アリナは確かな昂りを掌で感じながら、審判に指定された位置に着く。


 天井のステンドグラスから差し込む月光が揺れた。


 反対側にいるのはアリナと同じ背格好の少女——といっても、流石にもう少し肉付きは良いが——で、大人しさの裏に精神の強かさを見て取れる。


 聞いた話によれば彼女も一年生で初心者ということで、初めてのデュエルにしてはさほど緊張はしていない。

 それは相手方も然りなのだろうが。


「それでは、アリナ・ノア対サフィニア・ハーバートによる試合を始める。礼」


 ぎこちなく首だけ曲げるような礼の後、じりじりとした隙の探り合いが始まった。

 今のところ、サフィニアと呼ばれた少女のアメジスト色の眼光に隙はない。


 アリナは何度か模擬試合でこの時間を経験してきたが、どうにもこれが厭でたまらない。


 ただでさえ時間のかかる試合だというのに、初めがこれでは色々なことが非常に勿体無い。

 一言で言えば、時間の無駄である。

 そう思ってしまうのは、打倒呪怪のためにデュエルを利用しているからなのであるが。

 恐らく多くのデュエルファンが愛してやまないこの焦ったさは、彼女には永遠に理解できないことだろう。


 こんなことを考えている間に、サフィニアが先制攻撃を仕掛けてきた。


 彼女の発動体の先端から出てきたエフェクトは地魔法のもので、見たところ実体がしっかりと存在するようだ。

 乾燥した砂埃状の集合体がアリナ目掛けて飛んでくる。


 恐らく視界の遮断と、アリナの身動きを制限する寸法だろう。


 すかさず手を広げ、サフィニアを囲うように水の盾を作ろうと身構える。

 水魔法のエフェクトは単純な流体なので、闇魔法に比べて圧倒的に扱いやすい。


 アリナの水の盾がサフィニアの砂埃に触れる、その瞬間を認識する前に視界に異変が起こった。


「……え?」


 砂埃の集合体が水の盾を前にして、大量の粉末状の種子へと姿を変えたのである。

 アリナとて、伊達に花商人の娘をやっていた訳ではない。

 有名なものなら、種類など見ただけで判別できる。


 まずいとは思った。 だが、もう遅い。


 種子に水の盾が触れた瞬間、急速に種子の生長が進み。

 世にも恐ろしい、あの花が咲いた。


「よりにもよってラフレシアかよ!」


 そう。


 それは「世界最大の花」とも、「別に体感したことはないが臭え花」とも知られる、あのラフレシアである。

 大量のラフレシアの壁は形を留めることもなく、アリナの方へ崩れてきた。


 予期せぬ悪臭をもろに食らう。


「……っ、気持ち悪ぅ……」


 胃の中から何かが込み上げるような気もした。

 が、幸いにもアリナの胃は空っぽである。


 デュエルにおける「戦闘不能」の判断材料は様々であるが、嘔吐というのも、それに十分当てはまってしまう。

 なるほど、理にかなった戦略である。


 右手で鼻と口を覆い、脚に少し闇魔法を帯びさせてラフレシアを蹴飛ばす。

 蹴飛ばしたラフレシアは跳ね返るに従って消滅した。


 一息で呼吸を整え、サフィニアを睨みつけた。

 視線の先の嘲るような微笑みは、アリナを苛立たせるには十分である。

 デュエルという競技において、嘲りの笑みは相手の攻撃力を削る少々厄介なものではあるが。


 奇遇なことに、上等だ。


「サフィニア、と仰いましたっけ。貴女の名前」


 あたかも怒り任せに話している様な声で話しかけて、ひとまずは相手の足元を崩すこととした。

 推理のための時間稼ぎである。


「ええ、左様にございますわ。何かご不満でも?」


 言葉選びは至って柔らかであるが、声色の冷たさの印象が勝る。

 ただ、どちらかと言えば気品ではなく、やや高慢な気取りに感じる。

 ハーバートという名字に聞き覚えはないので、さほど身分が高いとかではないのだろう。


「ああ、不満は別にないよ。ただ——」


 話しながら、急接近して攻撃した。

 闇魔法の小さい球を鷲掴みにし、その手でみぞおちを狙った。


 まさかの、命中。


「⁉︎ タチが悪いですね……」

「はっ、まさか避けれないとは」


 多少の防御はされたものの、見る限り確実に効いている。

 肉体的にも、精神的にも。

 嘲り返している間にもアリナの思考は巡り、攻撃の余韻で吹く風を嗅ぐと、ひとつの事実を確信した。


 再び、ステンドグラスの月光が揺れた。


「で、サフィニアが花の名前ってことは、まあご存知だとは思うけど」

「……ええ、そうね。素敵でしょう?」

「そうかもね。じゃあ、サフィニアの原産地知ってる?」

「……はい?」


 サフィニアから、うっとりするような花の香りはしなかった。


 花魔法の使用者で香りのしないものは、そうそういない。

 ましてや、魔法を放ってからエフェクトの種類を変えられるほどの魔力なら、相当強く香るはずなのである。

 そこから考えられるのは。


「そんなことどうでもいいじゃない……知らないけど、ペチュニアから品種改良して作られたものだし。ヨーロッパかアメリカとかじゃないかしら?」

「いいや。アジアだよ」


 遮るように言い放った途端、サフィニアは眉間に深い皺を作り、あからさまな怒りを顕にした。

 それはまるで、己の生涯を滑稽とでも揶揄された者のような、深い怒りに満ちた顔。


 驚くほどに予想通りで、愉快である。


 今サフィニアが赤面しているのは、自分の名前の由来を大衆の面前で間違えた恥によるものではない。

 誇りにも思っていた自分の名前が、心の底から見下していたアジア由来のものだったからである。


 現代での人種・国籍差別はほぼなくなっている(矛先がその他に変わっただけではあるが)が、やはり一部による偏見は根強い。


 そしてその差別を平気で行う者たちは一応、それをあからさまにすることは滅多にないが。

 発言の節々に悪意を滲ませてしまう者たちは大抵、身分不相応に気取っていて高慢ちきである。


 この傾向を断言することも差別に他ならぬのだが、倫理はさておき。

 アリナの読みが当たったことでサフィニアの怒りが昂ったならば、それで良いのだ。


 アリナ本人には差別意識は全くなく、少々心が痛んだりもするのだが。

 相手のメンタルを崩す為の有効打としては、使わないわけにはいかない。

 幸いにも、思ってもいないことをほざくのには慣れている。


「あーあ、こんなにも早くご立腹なさるとはね。

まあそうお気になさらないでも。アジアの豊かな大地にぴーったりなお方ということじゃないですかぁ」

「ッ! 冗談じゃないわよ、貴女……!」


 この程度の煽り文句もサフィニアの逆鱗にとっては過大であったようで、文句の次の刹那には、怒り任せの大量の土煙が立ち込めて小さな少女を襲った。


 ところがこれも、アリナの意中である。

 助走をつけて飛び上がり、軽々と躱しつつ客席を見渡す。

 だんだんと楽しみを覚えてきたのか、今日は飛行の調子が良い。


「さて、と。少しだけ謎解きがあったようだから、ここで解かせてもらうね。まずサフィニア、貴女不正してるでしょ?」

「……なぜそう思うの?」

「否定しないってことは、当たりってことかなー?

んじゃ、それを証明すればあたしの勝ちね」


 躱しの動作と共に、朗らかな声でアナウンスする。

 観客席のほうをちらと確認し、うるさい鼓動を抑えつつ口を開く。


「じゃ、ひとつ答え合わせして。誰かは知ったこっちゃないけど、貴女の『協力者』が」


 話し始めに降下を開始し、目星をつけていた観客席の少女の横に回った。

 その少女はサフィニアほど清らかな美しさではなく、毒々しさを持った少女で——否、そのようなことは重要ではない。

 毒々しいまでに強い、花の香りを放っているのである。


「ほら、ここにいた。ねぇサフィニア、当たってるー?」

「……な、なぜそれを」

「だって貴女、そんなに魔力強くなさそうだし。花魔法なんて、使えるわけないじゃん? だからまあ、チートしてるんだろうな、と」

「……」


 アリナは横でバツの悪そうな、それにしては笑みを隠していない表情の少女の腕を捕えて名前を問うた。


「あ、でも先に当てさせて。貴女達の見た感じからして、姉妹か双子といったところかな?

んで、妹? がサフィニアだとしたら……貴女の方は、ペチュニア。どう?」

「……ふっ、残念ながら」


 口を開くや否や、アリナの手を振り払って飛び上がり突然攻撃を仕掛けてきた。


 組み合わせずとも花魔法を使っているが、どちらかというと魔法メインではなく、魔法を利用したただの暴力といったところである。

 この奇襲はルール違反もいいところで(観客席で攻撃してはいけないし、観客が攻撃してはいけない)、流石に想定外とでも言いたげな表情で、慌てて迎撃する。


「名前までは合ってるよ、おめでとさーん。

けどな、妹の方はアタシ。姉が、サフィーだ。

かっこい〜い推理も台無しじゃん、ざーこ」


 聞いて呆れる。

 今の手応えからして、サフィニアもペチュニアもそう大して強くはないのだが、恐らく組み合わせて初めて戦いようのある実力となり得るのだろう。

 それならば、端から二対一で申し込めばよかった話なのに。

 雑魚はどちらの方だろうか。


 本来ならここで審判が試合を止める筈なのだが、ペチュニアの暴走っぷりには審判もお手上げなようだ。

 暴走をアリナの手で止めた方が早いだろう。


「ああ、読みが少々甘かったかなー、反省反省。

でもそんなことは試合の結果には関係ないということで。ペチュニア・ハーバート、貴女は一旦大人しくしてて」


 ペチュニアの攻撃を冷たくあしらい、遠隔で水の球を作り、彼女をその中に沈めた。

 屈折して映し出された像が、苦しみもがいている愛しい妹の姿をサフィニアにまざまざと見せつける。

 暫く動きを停止したかっただけだが、案外見せしめとしての効果もあるようだ。


「ほんとに溺れられちゃ困るからね。さっさと負けて貰うよ、おねーさん」

「最低ね、この悪魔」


 サフィニアの精一杯の悪態も虚しく、アリナ渾身の決定打が高慢な少女の身を貫いた。


 勝利を確信するとすぐにペチュニアの拘束を解き、遠目で様子を伺った。


 初観戦の後トーマスに教えられて知ったことだが、デュエルの試合における外傷は試合終了後に直ぐ治癒するようフィールドに魔法がかけられているらしい。

 だが試合に関係ない魔法、今回の場合ペチュニアへの拘束(水責め)はそのカラクリの管轄外である。

 故に先程の攻撃でサフィニアの生命が危うくなることはないが、むしろペチュニアの方が溺れてしまいそのままなんてことがあり得てしまうのだ。


 水を飲んだのか咳き込むような動作が見てとれたが、命に別条はないらしい。

 一安心だ。


 アリナは試合の終わりの礼を終えた後、すぐにサファニアに陳謝した。


「ごめんね、少し言い過ぎちゃって……」

「五月蝿いわね」


 サフィニアは冷淡に一蹴した。

 それだけでなく、華奢なアリナを慈悲もなく肘で突き飛ばし、睨みをきかせて尻餅をついたアリナに中指を立てた。


「いったぁ……えぇ? なんでぇ?」


 気が済むとさっさと踵を返し、足早に去ったサフィニアは、そう言えば礼を雑に済ませていたような気もする。


「アリナー! お疲れ様! ……じゃなくて、あの女の態度なんなの⁉︎ あとお尻痛くなかった? 大丈夫?」

「ああ、うん大丈夫……結構怒らせちゃったっぽいね……

ってロッティ、ここまで来ちゃっていいの⁉︎」

「試合終わってるから問題ナシッ! お疲れさm、ってくさっ! なによこの腐ったみたいな臭い!」

「ああん? うっさいなーこちとらラフレシアの壁から生き延びてんだわ!」


 駆け寄ってきたシャーロットといつもの茶番を楽しみつつ、きっとあの子(サフィニア)はデュエルに向いていない、と強く思った。



 ペチュニアにも謝りに行かねばと観客席の方を見やるアリナを照らす月光が、また揺らめいた。


 ステンドグラスの上から一部始終を見下ろしていた少年が、ゆっくりと飛び立ったからである。


 悠然と浮遊して天文台に下り立ち、煉瓦の壁に張り付いていた虫を掴み取った。

 握り潰すようにして魔力を込め何かをつぶやいた後、開いた掌の上の虫の成れの果て(通信機)に語りかけた。


「先生、こちらルカ・ガルシア。アリナ・ノアの準備は整ったようです」


 伝言を終えて通信機に息を吹きかけると、それは蛍のような淡い光を放ちながら夜の街へ飛び込んでいった。


 その光を見届けると、少年はまた悠然と夜空に紛れてどこかに消えてしまった。

 天文台には金木犀の花の、甘い香りだけが残された。





























 食堂はいつも以上に人でごった返しており、ご馳走目掛けてすっ飛んでいったシャーロットを一瞬で見失ってしまった。


「はあ、こりゃ見つかりそうもないや……アンナも見当たらないし。もういいや」


 立ち込めた食物の匂いに耐えきれず、アリナは外に出た。


 ひとりの時間を持て余し、無理に気分を高揚させて浮遊の練習がてら宙を舞った。

 宙で逢瀬をしている者たちが点々といるのが癪に触った。


 飛びながら、先程の試合を振り返る。

 思えば、折角の投球練習を活かすことはできず終いだった。


 ただのボールを普通に投げることができるようになったとて、闇魔法の球となれば話は振り出しに戻る。

 魔力を止めるとたちまち消えてしまい、魔力を込め続けると手から離すことができないのだ。

 それ故デュエルでは「身体の一部に魔力を帯びさせ、打撃でダメージを与える」という方法をとったが、呪怪にその手は通用しないだろう。


 どうしたものだろうか。


「ねえアリナ、こっち来てー!」


 最早朦朧としている意識を呼び覚まそうとアリナに呼びかける声が彼方から聞こえた。


 先日の顔合わせのときに目にした少女である。


 肩で息をする程猛スピードでアリナの方へ飛んできた割には、少女の髪型が全く崩れていない。

 そこまでの身だしなみには無頓着なアリナにとっては不気味ですらある光景だ。

 少女は震える手でアリナの腕を掴んだ。


「ああ、ごめん。ええと、……サラだっけ?」

「うん、どうもご機嫌よう……なんて言ってる場合じゃないの! 大変なことになってるから!」


 嫌な予感がした。


 ふと、記憶の底で蹲っていた感覚が目を覚ますのがわかった。

 言葉では表せぬような、あの恐ろしい感覚。


 サラの後を追って、森に面したグラウンドに急行する。

 そこに近づくにつれて、この恐怖感が増していくのがよくわかる。


 逃げ惑う人だかりを避けつつ地面に降り立つ。

 嫌な予感は的中してしまったようだ。


「……呪怪」


 とうとう、アリナに()()の時間が訪れた。

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