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哀憎使いの英雄譚  作者: しゅりりんね
デュエル
19/28

レッツ・フライ・フォー・デュエル

 十月七日、午後三時。

 三日でなんとかふよふよと浮かび上がるまでになった少女アリナは、それ以上に成長することもなく、ただ繰り返し浮いていた。


「ああ。もう。つかれた。やすむ。」


 五センチほど浮き、もっと浮こうと必死になり、必死になっているうちに着地してしまう。

 そんな作業を延々とやっているのだから、疲労が尋常じゃなく溜まっている。

 目眩もして、足取りがおぼつかない。

 近くにあった木にもたれかかり、腰を落として、目を閉じた。


 秋の、爽やかな風が吹き抜ける。


 風が、仄かに金木犀の香りをふくみ、アリナの鼻をくすぐった。

 とろけるような芳香は、忙しなく動き続ける人の思考を緩やかにしてくれる。

 力が入りっぱなしだったアリナも、おかげでくつろげているようだ。


 アリナの記憶では、大学周辺は金木犀の木はそう多くなかったはずである。


(やっぱ、銀木犀より香りが強いから、かな……。にしては、よく匂う、けど……)


 提出期限が明日までの課題、孤児院の役割、呪怪、デュエル。


 これまで、アリナの頭を飽和していた一つ一つの事項。

 金木犀の芳香がその全てを溶かし。


























「……はっ、もう午後八時⁉︎」


 気づかぬ間に、深い眠りへと誘っていたのであった。









「た、だいまぁ……」

「おかえり、姉さん。遅かったじゃん」

「ああ……色々あってね……」


 いつもよりかなり遅くに家に戻ったせいで、アンナを心配させてしまった。

 広場で昼寝したら夜になってたなんて、バナナが裂けても言えない。

 とりあえず、深刻そうな面持ちをし、「重い話なのであんま触れてほしくないのですわー」オーラをまとっておいた。

 実際、アリナにとっては重い話ではあるが。


「もうみんなご飯食べちゃったけど。食べる?」

「ああ、うん……ちょっとだけ……」

「わかった。ちょっと待ってて」

「ありがと……」


 アンナはキッチンへ向かい、鍋に火をかけた。

 ふらふらと席に着く。

 ここ数日間何も食べていないせいで、目眩が酷くなってしまっていた。

 かなり長時間寝てしまったとはいえ、あまり疲れがとれなかった。

 また意識が遠のき始めたが、頬をつねって耐えた。


「できたよ」


 十分弱ほど経った時、アンナがスープや副菜がのった皿をアリナの前に並べた。

 当のアリナは、頬をつねったまま、こっくりこっくりしていた。

 情けない寝顔が、ほっぺが伸びることでさらに情けない芸術作品が完成していた。

 飯を作らされたアンナからしたら、煽りでしかない寝顔だ。


「……姉さん」

「…………ヒャいっ⁉︎ あ、ごめん。ほんとありがと」

「お気になさらず」


 アンナは年齢にそぐわず大人びた声を残し、リビングに戻った。

 食卓に目を落とす。


「……いただきます」


 こぢんまりとした料理に手をつけた。

 どう考えても十五歳の少女には足りない量だが、人一倍の時間をかけて食べる。


(あれ……)


 一瞬、手を止めた。


(味、しない……や……)


 無心で、料理を口に運ぶ。


 三年前のあの時から、アリナの食事量はがくんと減った。


 食事の度に、母親の最後の食卓を思い出してしまうのだ。

 当初は、アンナも無理してでも食べさせようとしたが、すぐに嘔吐してしまったり、胃痛が激しくなってしまう様子を見て、アリナの食事は諦めた。

 もちろん、体重もどんどん落ちる。

 ガリガリに痩せてしまったせいか、アリナはまだ初潮を迎えていない。


 無心で、咀嚼する。


 無心で、飲み込む。


 無心で、食べる。


「ふゥ……」


 たっぷり四十分かけ、ようやく完食した。


「……ご馳走様でした」


 無心のまま、食器を片づけ始めた。
















「うおっ、もう、ちょい? よし、んぬぅおっ、ふんっぬ!」


 また三日程経った日。

 なぜかはわからないが、急にコツを掴んだアリナ。

 意味もないのに、ほっせえ脚をバタバタさせ、ほっせえ腕もバタバタさせて、周囲の視線を集めながら浮いていた。

 もちろん、「何やってんだコイツ」的な目線である。


 なんだか楽しくなってきたアリナは、変な声を出しながら、そのまま斜め上に浮いていった。

 斜め上といっても、グラフでいうy=3xより、y=1/2xぐらいの角度だったが。


(やた、大進歩だ! これでもっと練習すれば完全マスターだぜえ! チェキラァ‼︎)


 アドレナリンというかドーパミンというかがドバドバと出て周りが見えなくなり、勢いよく横っちょへ飛んでいった。

 短いスカートがめくれるのも、お構いなしである。

 脚をジタバタさせているせいで、白いパンなんとかがモロに見えてしまい、地上にいる紳士達(と、紳士Jr.)をざわつかせていたが。

 そんなもの、お構いなしである。

 白って二百色あんねん。


 そのまま、学校と接している森の方へ飛んでいった。

 森の方には木組みの小屋がいくつかあり、選択学部で生物学を専攻している生徒たちはそこで実習をする。

 森やその奥の小さな山で、大型の生物が放し飼いになっているからだ。

 きちんと調教されているとはいえ、ドラゴンやらグリフィン(へくち)やらがうろちょろしているので、禁止でこそないものの、関係者以外は殆ど立ち寄らない。


 そんな危険(?)地帯に、堂々と飛んできてしまったことに、アリナは気づかなかった。

 そして。


「あれ、なんだろこれ」


 急に、アリナの視界が暗くなった。

 が、すぐに戻った。


「……?」


 まあ……気にしない気にしない、とへたっぴな飛行を続けようとしたが、また視界が暗くなった。


「……もしかして」


 嫌な予感がし、ゆっくりと空を見上げた。


 そこには、とてつもなくでかいドラゴン。

 空中を旋回しつつ、アリナに接近していた。

 ゆっくり、でも、確実に。


「……うわっ!? ぅううううぎいいいいいいいいゃやああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 汚い高音を放ち、飛んで逃げようとした。

 が。

 急に、体が言うことを聞かなくなった。

 浮遊感が、別の何かに変わるのを感じた。

 既に、二十メートルほど浮いている。


「ああああああああああああアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!!」


 そのまま、落下。

 怪物に出くわした恐怖と、落下の恐怖で、思考が限界に達する。




 ドサッ




「うっ……」


 落ちた。

 とっさに受け身をとったものの、内臓への刺激で、気持ちが悪くなる。

 気持ち悪さが引いたところで、二つの目玉の存在に気がついた。

 ドラゴン。


「……アッ」


 終わった。

 そう思った時。


Don't move(動くな)!」


 と、声が聞こえて、そいつの動きが止まった。

 少し間をおいて、人影が降りてきた。

 その人影を見上げる。

 後ろで結い上げた赤髪とオリーブ色の肌に、透き通った琥珀色の瞳。

 端正な顔立ちで引きしまった肉体の、少年。

 手を差し伸べて、言った。


「驚かせてすまない。大丈夫か?」


 知らぬ間に、どくどくと鼓動が高鳴っていた。


「……うっあぁっ、えっと……」


 いつもなら、普通にに受け答えできるはず、なのだが。

 どうにも、心が忙しい。

 目の前にいる巨大生物のせいでもあるだろうが。

 今までに動いたことのないところの心が、忙しい。


「立てるか?」


 差し伸べられた手にどぎまぎしながらも、手を借りて立ち上がった。

 しっかりと分厚い、手の感触が印象的だった。


「あ、ああありがとうございます………」

「うん。こちらこそ」


 少年の目を見る。

 アリナの身長は百六十五センチとちょっとだが、その赤髪の少年は頭ひとつ分以上に大きい。

 思わず、沈黙。


 流石のアリナも気まずくなって、話題提供のために思考をフル稼働させた。

 少年。その後ろで大人しく座っている、巨大生物(ドラゴン)


「ええと……その子……? なんていうんですか」


 名前なら、他にももっと聞くべき相手がいるだろうが。

 どうにも、いつも通りになれないらしい。


「ああ。こいつは、コーラルっていう。一応だが、雄だぞ」


 控えめな艶のある鱗に目をやる。

 深い緋色は珊瑚を彷彿とさせる。ぴったりな名前だ。

 コーラルは喉からグルグルと音を出しながら、静かに瞬きをした。


「いい、名前ですね」


 どう考えても、言う相手が違う。

 後になって後悔して「うひゃあああーっっ//」とか言いながらベッドでジタバタするのだろう。

 今までの人間関係が希薄すぎたアリナには、仕方のない事だった。


「ありがとう。普段は大人しいはずなんだが、な。こんな所に来る生徒は滅多にいないし、若い個体だから好奇心が刺激されたんだろうな」

「あ、はは。すいません……」

「気にすることはない。人懐っこいやつだから。仲良くしてやってくれ」


 こく、と頷いて、コーラルに手を伸ばす。

 コーラルは鼻を寄せ、耳を下げつつうっとりするように目を閉じた。

 幼い頃から怖いと思っていたドラゴンの温もりは、優しかった。

 アリナが無意識に微笑んだのは、久しぶりのことだった。


「ところで」


 様子を見ていた少年が口を開いた。


「君、飛んでたみたいだけど。なんかフラフラして」

「いや、えっとこれは……まだ練習中っていうか」

「うん」





 かくかくしかじか。





「と、いう訳で。早く飛べるようにならないとデュエルに参加できないらしくて」

「なるほどな……。多分君は、『飛翔欲求』のところが苦手なんだろうな」

「え?」


 アリナはずっと、進行方向のコントロールが苦手なのだと思っていた。

 ふらふらと軌道が安定しないのは、そのせいなのだと。

 少年は続けた。


「自転車ってあるだろう? 漕ぎが足りない、つまり推進力が足りないと安定して走れない」

「いや、この時代で自転車って言われてもイメージが」


 魔法が普及し体を使う機会がさらに減ったこの時代。

 基本的に、自転車は使わない。

 自転車で移動する程度の距離なら普通に生活していれば見る機会すらないのだ。


「そうだったな。まあ要するに、一定以上の推進力があれば、少し重心をずらすだけで簡単に方向転換できる」

「そう、なんですね」


 なるほど、と思った。

 ただ、「飛翔欲求」の意味が、アリナにはいまいち理解できないものだった。


「飛翔欲求……飛びたいと思うこと……ってなんだろ」


 自分が飛ぶことで、得られるもの。

 アリナにとっては、デュエルや両親の仇に関するものである。

 それは、何よりも有意義であれど。


「つまんない理由、だなぁ……」


「なあ」


 少年が口を開いた。

 ふ、と、声のした方へ目をやった。

 西に傾きだした太陽に重なり、少年とコーラルのシルエットだけが見えた。


「ドラゴンの子供が空を飛ぼうとするのはいつからだと思う?」


 突然な問いかけに答えることはできず、アリナは黙って聞いていた。

 大人しくしていたコーラルが、ゆったりと伸びをした。


「母親の背中に乗って空を見た時から、だ」


 琥珀色の、透き通った目がアリナを見据えた。

 そちらへ行くことを促しているような目だったので、どきどきしながら歩み寄った。

 先に少年が、コーラルの背中に乗った。


「初めから自力じゃなくてもいい。初めから飛びたいなんて思わなくてもいい。

だから」


 す、と差し出された手をとる。

 ぐ、と脚に力を入れ、コーラルの背中に乗った。


「俺と、空を見よう」






 ぐわんと翼が広がって、浮遊感を身体で受け止めた。

 命綱も、しっかりとした足場もないが、不思議と恐怖感は湧かなかった。

 自分が飛んでいたよりももっと、もっと高くへ。

 あっという間に小さくなった街を見下ろす。


「下じゃなくて。ほら、前」

「え。……うあ」


 アリナの目に映ったのは、陽光に煌めく水平線と。

 微風に吹かれて揺れる木の葉。

 ほんの少し紫がかったような青い空で、鳥たちが飛揚していた。


「どうだ。初めて空を見た気分は」


 少年は、琥珀色の眼差しをアリナに向け、問いかけた。

 自分の高揚感を表す言葉は、すぐに見つかった。


「最っ高……」



















 地上に降りてからも、体に染み付いた飛翔の快感を忘れられないアリナ。

 空も暗くなり始めており、少年はコーラルに何やら話しかけ。


「それじゃあ。また機会があれば」

「あ、はい。また」


 挨拶をすると、ふわと浮かび上がり、アリナに背を向けた。

 その背中に忘れ物を思い出したのか、アリナは叫んだ。


「あの」


 振り返った少年の顔が逆光に照らされた。

 はやる心臓を抑え、言葉を繋げる。


「あなたの、名前。訊き忘れてて、教えてくれますか」

「ああ。オリバーだ。三年の、オリバー・ナイト。

よろしくな、アリナ」


















 心の中で名前を呟きながら、脳裏に焼き付いた微笑みを思い出していた。

何がとは言いませんが、カラーコードでいうFDF5F5ぐらいです。

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