一方、ソードマスター 3!
「お前は何をしてるんだ!」
帰ってみれば、妻が得体の知れない薬を息子に飲ませている。体を震わせた二人だが、私を見ると安心したようだ。
「あなた、この薬ね。素晴らしいのよ。ガズーがとっても強くなったの」
「薬だと? 強くなった?」
「ガズー、見せてあげなさい」
「うん!」
我が目を疑った。息子が庭に出て駆け回り、宙返りやバク転をこなしている。更には剣さばきなど、数日前とは比べものにならない。
妻は恍惚としており、何かにとりつかれているように見えた。
「一体どうなっている? 薬といったな。そんなものどこで手に入れた?」
「薬師のシモンという方から買ったのよ。最初は怪しいと思ったけど、話してみると気さくで良い方なの」
「シモンだと! お前、あいつから薬を買ったのか!」
「え、えぇ。どうして怒ってるの?」
「そんな得体の知れない奴から薬を買うなど、私の妻として恥じろ!」
私が手掛けている店の売れ行きの低迷に続いて、更にストレスを溜める事になった。
ここ最近の客入りが乏しい理由がまったくわからないのだ。品質が落ちたわけでもない。ライバル店があるわけでもない。
だがここで一つの疑問が氷解した。薬店の売り上げ低迷の原因はシモンという奴のせいだ。
奴が細々と薬を売り歩いているせいで、店に足を運ぶ者が減った。しかし、それだけではない。
「最近になって冒険者連中が幅を利かせて困っているというのに……。あのクーリエもだいぶ街の連中から信頼されているらしい」
「そ、そうよ。あのゴーレム、只事じゃないわ。息子も歯が立たなかったもの」
「そのガズーも問題だ! その薬を見せろ!」
「ちょ、ちょっと!」
乱暴に取り上げて、薬を凝視した。薬師ではないので、奴らほどの専門的な知識はない。しかし商人として、ある程度はわかる。
その上で、私の勘がこの薬に対して警笛を鳴らしているのだ。
「シモンはこれについて何と話していた」
「これを摂取すれば訓練をしなくても強くなれると言ってたわ。最近は訓練なんて時代遅れみたいよ。あなたも、ガズーが一向に強くならないと嘆いていたでしょ?」
「付け込まれたな! この薬は確かに身体能力を引き上げるが、摂取し続けなければいけない! その意味がわかってるのか!」
「摂取し続ければいいじゃない」
「一生だぞ! ガズーは一生、これを奴から買い続けなければいけない! 流れの商人がいつまでもこの街にいると思うか!」
「あ……」
「それ見たことか! おい、ガズー! マルサも来い!」
庭ではしゃいでいるガズーを呼びつけた。顔を見れば額に汗が点々としている。運動量からして当然だが、呼吸も激しい。
「まずはマルサ! お前はあのシモンの首根っこを掴んで連れてこい! まだ宿にいるかもしれん!」
「はい、旦那様。お任せ下さい」
「ガズー! お前はもうあの薬を飲むな!」
「えぇー! 嫌だよ! これをもっと飲んで明日、クーリエをボコボコにするんだから!」
「なに?」
出ていくマルサを視界で見送りながら、今度は耳を疑う。クーリエのゴーレムと明日、決闘すると聞いて私は大きく舌打ちをした。
薬の件はともかくとして、ソードマスターは不遇職なのだ。今度、アルヴェインに接触して本当のクラスを問いただすつもりでいた。
奴がソードマスターであるはずがないと確信しているのだ。
「勝手な真似を……。そんなもの受ける必要はない」
「でも、僕から大勢の前で言い出したんだよ。逃げたらかっこ悪いじゃないか。」
「つまり街の連中が見物にくる可能性があるのか」
「そうだよ。大勢の前であいつのゴーレムを壊してやるんだ。ねぇ、ママも一緒にいたでしょ。パパだってそのほうがいいでしょ?」
「クソッ! 何をやっている! アグネェ!」
アグネに平手打ちをしてしまった。次の瞬間、顔を紅潮させてアグネが怒りの形相を見せつける。
「あ、あなただってここ数日は家にいなかったじゃない!」
「私は商人だ! 経営する店の売り上げも下がっているし大変なんだぞ! とにかく今すぐ専属の薬師を呼べ! この得体の知れない薬の正体を暴いてやる!」
「シモンさんが来てくれるでしょ!」
「とっくに逃げてる可能性すらある!」
「薬師なら今朝、辞めて出ていったわ! 数ヵ月分の給料も支払ってなかったみたいじゃない!」
「な、なに……!」
テーブルを力の限り叩く。少し優先順位を下げただけでこれか。たかが数ヵ月の給料がないくらいで飢えて死ぬものか。
こちらとて大変だというのに。これだから貧乏人は困る。
「ガズーが苦い薬を嫌がって暴力を振るったとか、置き手紙を残していったわ。読む?」
「読まん! それよりガズー! お前、それでも男か!」
「パ、パパだって散々あの薬師に文句言ってたじゃないか!」
「……とにかく、明日の決闘は出るな!」
ガズーがここまで反抗的な態度を見せるなんぞ初めてだ。薬のせいで気が強くなっているのか。
「嫌だよ! 逃げたら皆の笑い物だ! パパだって笑われるよ!」
「クッ……。本当に余計な事を……」
「勝てばいいんでしょ。僕が勝つからさ……パパも安心してよ……ハァ、ハァ……」
「おい、どうした!」
ガズーの発汗が激しくなる。熱があるわけではない。
専属の薬師が逃げたせいで、マルサがシモンを捕まえてくるのを待つしかなかった。
「あなた、この薬を飲ませないと!」
「馬鹿者! 逆効果だろう! むしろその薬のせいでこうなってる!」
「じゃあ、他に手はあるの!? シモンさんが来てくれなかったら?」
「治療院へ連れていく! あ、ガズー! コラァ!」
アグネと言い争っているうちにガズーが薬を飲んでしまった。すると発汗が引き、呼吸も平常の範囲に収まった。
「アハハ……。やっぱりこの薬だよ。なんだかさっきよりも体が軽くなった。明日は勝つよ」
「……明日までだぞ。それ以降は許さん」
逃げれば笑い物、進めば薬地獄。気がつけば後がない状況になっていた。ケチのつけ始めはあのクーリエを引き取ったせいだ。
あの女がクーリエなんぞを生むからこうなる。明日の決闘、手をこまねいてみているわけにはいかん。