今更、遅い!
「おぉ! クーリエじゃないか!」
いつものように冒険者ギルドで清算処理をしてもらっていると、後ろから声をかけられた。
この聞き覚えがある声は間違いない。エドワールだ。近くにいるのはメイド長のマルサおばさん。太い腕を組んで立っている。
「エドワール……おじさん?」
「こんなところにいたのか! 心配したんだぞ!」
「あの」
「そのゴーレムはどうやって作った? 素材はどうした?」
「関係ない」
腹が立ってそっぽを向いた。なんでいきなりここに来たんだろう。
冒険者の悪口ばっかり言ってたし、絶対に近寄らないと思ってたのに。
「怒っているのか? 確かに悪い事をしたな。私もついカッとなってしまった。ガズーも反省している」
「私、忙しいんで」
「待て。いつまでもこんなところで生活しては辛いだろう。うちに戻ってきてもいいんだぞ」
「別にいい」
「なに?」
「戻らないから」
外に出ようとすると、エドワールが邪魔をしてきた。
もしかして私のゴーレムを知って今更、戻ってきてほしいと思ったのかな。もう遅い。
こんな人のお世話になんかなりたくない。それにリッドさんが言ってた事も気になる。目をつけた子どもを譲らない親に、何かしているとか。
「ちょいと待ちな。クーリエ、あんた少し見ないうちにずいぶん図太くなったもんだねぇ」
「マルサおばさん。どいて下さい」
「旦那様がこれだけ反省して頭を下げているのに、なんて態度だい」
「謝られても許さない。どいて下さい」
「あんた、自分の立場をわかってないのかい。ここにいるのはこの街の町長なんだよ」
その言葉の意味は周りの人達を見ればすぐにわかる。誰も私を助けようとしない。
目を逸らして、やり過ごそうとしている。冒険者でも、町長に悪く思われたら街にいられなくなるからだ。
「わかるだろう。冒険者だって、この街にいる以上は町長に逆らえないのさ」
「じゃあ、出ていきます」
「今すぐにかい?」
「もうすぐです」
「今! すぐにって言ってるんだよッ!」
マルサが拳をぶつけてくるけど、3号が盾を構えた。鉄の盾に激突したマルサは拳を抑えて、呻き出す。
「うううぅぅあぁぁ! こ、こいつ、あぁぁぁ!」
「おばさんは格闘士だって自慢してましたけど、今はこのゴーレムのほうが強いです」
「こんなのが、このあたしにぃぃ!」
「ギルド内での揉め事は勘弁してくれないか」
受け付けのおじさんがようやく来てくれた。他の冒険者の人達も集まってくる。
「エドワールさん、あんたには逆らえないでいたけど今回ばかりはやりすぎだ」
「あぁ、言葉で解決できるんならと静観していたけどな。暴力はな」
「き、貴様らぁ!」
顔がすごく真っ赤になったエドワール。皆に囲まれて、手を痛めて苦しんでるマルサも少しずつ下がった。
「だ、旦那様。ここは一度、引き下がりましょう……」
「情けない奴め! あんなものに歯が立たんのか!」
「あのゴーレム、鉄製ですよ……。しかも私のパンチにも反応しましたし、並みじゃありません……」
「おい! 貴様らも、ただで済むと思うなよ! 冒険者など、私の温情で存在が許されているのだからな!」
「あんたもそろそろ身の振り方を考えておいたほうがいいぜ」
登場したのはリッドさんだ。見た事がない強そうな魔物の死体の足を持って、背負っている。あの装備だし、この人は絶対強い。
「貴様はいつぞやの……」
「あんたはそう偉そうにしてるが、誰のおかげで暮らせているか。よく考えな」
「冒険者風情が偉そうに! その日暮らしの貴様に何がわかる!」
「はぁ……。こりゃ決断すべきかもなぁ」
「何をわけのわからん事を! おい、クーリエ!」
今度は私だ。怒りの矛先が次々と変わってくる。
「今までメシが食えていた恩を仇で返しおって! つけあがるのも大概にするのだな!」
「迷惑になってるんで出ていってください」
「この私を怒らせたらどうなるか、今に思い知らせてやる! マルサ! 行くぞ!」
近くにあった椅子を蹴っ飛ばして、ドアを叩きつけるように閉めて出ていった。本当にひどい人だ。
リッドさんがやってきて、なぜか頭を撫でてくれる。
「君の事は調べたよ。あいつに引き取られて、追い出されたんだってな。街の連中が何度か君を目撃している」
「そ、そうなんです。お母さんが死んじゃって、あの人がやってきて……」
「それも含めて知ってる。とにかく何も心配しなくていい。他の皆もな」
少しゾッとした。リッドさんの顔が険しくなっている。思わずゴーレムに寄り添っちゃった。
「クーリエ。プロドス行きはいつにするんだ?」
「もうすぐかな」
「そうか。安心して旅立てるように俺も協力するからな」
「リッドさんはなんで冒険者をやってるの?」
「ん? なんでってそりゃ、自由でいたいからさ。どこかにお世話になって勤めてってのは性に合わないんでね」
「そうじゃなくて。その……」
それ以上、言葉が出てこなかった。そういう事を聞きたかったんじゃない。
もっと違う、もっと深いところを聞きたかった。
「それじゃな。これから昼飯なんだがクーリエ、一緒に食うか?」
「パフェがいいかな……」
「パフェってメシなのかなぁ?」
考えすぎると甘いものが食べたくなる。パフェがメシかわからないけど、おいしいから問題ないと思う。