一方、ソードマスター 2!
「ガ、ガズーが何度やっても勝てん……」
王国騎士団を率いる"英雄"ことアルヴェインと同じクラスに息子ガズーが目覚めたのだ。
ソードマスター。この世に存在するすべての剣術を操り、すべての剣術を見切る。少なくともアルヴェインは噂に違わぬ功績を残している。
しかし、この男はソードマスターですらない。なのに、何故。
「なぜだ! なぜ勝てんのだ! 貴様のクラスはソードマスターではないだろう!」
「何度も申し上げましたように、クラスとはあくまで素質の底上げです。結局は地道な鍛錬が必要となり、これを怠れば上達の道はありません」
「息子はよくやっている! 貴様の指導が下手なのだろう! 何が剣聖だ!」
「クラスに目覚めてからの短期間で私から一本取るのは不可能です。私とて、若い頃は血のにじむような鍛錬を欠かしませんでした」
「あれを見ろ! 十分にやっているだろう!」
「うぇーん……パパァ……」
可愛い息子が手を豆だらけにして、泣きはらしている。これもそこにいるクソじじいこと剣聖の仕業だ。
情け容赦ない猛攻で息子を攻め立てて、休む間もなく再戦を要求する。
私は限界だった。このじじいは息子を痛めつけるだけで、何の成果も挙げていない。
こんなジジイを紹介したあの冒険者どもめ、とんだ食わせ物だ。
「パパァ、もう嫌だよう……」
「なんてかわいそうに! そうだ、こんな無意味な事を続ける必要はない!」
「うん、もうやめるよぅ」
「わかった! そういう事だ、ジジイ!」
「……わかりました」
ジジイが静かに剣を鞘に納める。嘲笑したかのように見える仕草がより癪に障った。
「残念ながら、息子さんには才能がありませんでした」
「貴様、寝ぼけているのか? ソードマスターのクラスに目覚めたのだぞ!」
「いいえ、それとは違った才能です。この世界におけるクラス至上主義が、あなたのような方を生んでしまったのでしょう」
「何だと……?」
ジジイは何も答えずに、門の外まで歩いていく。どこまでも粋がった老いぼれだ。見守っていたメイド長のマルサを呼びつける。
「おい、マルサ。お前は傭兵上がりで、格闘師のクラスだったな」
「はい、旦那様。何か?」
「剣を抜かせなければ、お前のほうが上だ。丁重にもてなせ」
「はい、お任せを」
マルサは丸太のような腕や足と、男顔負けの体格だ。そんな女が背中を向けているジジイに飛び蹴りを放つ。
「まだ何か?」
マルサの足が何かに弾かれたようにして、そのまま体ごと回転する。抵抗できずに地面に落ちたマルサ。
一体、何が起こったというのか。
「うぅ……」
「感心しませんな。剣聖とはいつでも剣を構えているものです」
「旦那様ァ、申し訳ありません……」
マルサが情けない声を上げながらも起き上がれずにいる。あの女はこの屋敷の警備も兼ねており、盗みに入った輩を何度も捕らえたのだ。
それがどう見ても剣を抜いてないジジイに返り討ちにあった。しかも背後からの奇襲だというのに!
「互いに強く生きましょう。それでは……」
ジジイが門を越えて消えていく。呆然としている横で、アグネが泣いている息子を慰めていた。
「あなた、話が違うじゃない!」
「それもこれも、あの冒険者のせいだ! 私だって後悔してる! リッドとか言ったな……クソッ! 魔導機師じゃあるまいし、どうしてこうなった」
「……その魔導機師で思い出したわ。最近、街で噂になってるのよ」
「噂だと?」
「ゴーレムを連れて歩く子どもがいるという噂よ。何でも、ネームドモンスターを討伐したとか……」
「お前の婦人会経由の情報か?」
「そうよ」
ご婦人の情報網は侮れない。誰それの浮気だの借金だの、どこからでも拾ってくる。
中には根も葉もない話もあるようだが、ゴーレムと子どもの噂はどうか。まさかこの前、叩き出したガキではあるまいか。
いや、あり得ない。どこで作る? 何で作る? どうやって? そう考えると、すべてがあり得ないのだ。
「つまらん噂だろう。ゴーレムの目撃談は昔からあるが、どれも信憑性にかける」
「そうかしら……。この街でっていうのがちょっとね」
「まさか、あのガキとでもいうのか?」
「そ、それはないわよ。あんな小汚くて見る目のない子が、ましてやゴーレムなんて……」
「ハハハ……確か以前、お前が買ってきた高級ブランドのコートを偽物だと抜かしたな」
「そうそう! あぁ思い出したら腹立ってきたわ!」
そう、絶対にあり得ない。私はブランドに疎いが、高級品が簡単に色あせるだろうか。
この前、妻が久しぶりに着たコートを見て驚いたのを思い出した。
「さ、気を取り直してティータイムといきましょ。ガズーも、ほら」
「うん……」
泣き止んだガズーを連れて、アグネが屋敷に戻る。
私もまた何か引っかかりを感じながらも、一連の不愉快な出来事を忘れようと努めた。