男性版婚約破棄 〜明日、男爵が○○になるってよ〜
オマージュ王国貴族学院の卒業晩餐会、それは晴れやかに着飾った若い貴族である彼らの新たなる門出を祝う社交場であった。令嬢たちは少しでも見栄えをよく見せようと新着のドレスで着飾り、令息たちは己の存在感を誇示するように派手派手しい装飾品を身にまとっていた。
卒業式に間に合うように王国に帰国したマシューもその騒然とした中にいた。しかし、生来の性格もあり派手な事や派手な衣装が嫌いなボッシュの服装は上下とも紺色で統一されており、卒業晩餐会としては地味で周囲からは浮いていた。
混雑を嫌がり、少しでも人込みを避けようとマシューが壁際に移動をしている際に彼の婚約者であるソフィーの姿を見かけた。
おもわず声をかけようとしたところ、その横に居た同じ卒業生であるこの国の第一王子と視線が合い慌てて頭を下げる。
第一王子は腹心を連れたままマシューに近寄り、その前で歩みを止めると口を開いた。
「マシュー・ボッシュ、数々の妄言で世を惑わせた罪もう許しはせぬ!ここにおいてお前の男爵位を剥奪、貴族籍からの離脱を申し渡す!!」
辺りをはばからず、顔色を真っ赤にして王太子殿下が叫ぶ
「謹んでお受けします。ありがとうございます」
「さらに、それに伴い伯爵令嬢ソフィー・バイオレットとの婚約は白紙撤回とする!!」
「それについては謹んでお断り申し上げます」
「な、なんだと!!」
真っ赤だった顔をさらに赤くして王太子殿下が叫ぶ
「ソフィーとの婚約については、彼女の眼が見えるようになり、彼女に愛する人が出来た時には祝福と共に破棄するとの神前での誓いにございますれば、王太子殿下とはいえこれを破棄する事は出来ません」
「ソフィーの眼は既に見えている、こんな紛い物ではなくて、我の真実の愛の力によってな!」
王太子殿下が懐から赤色の液体の入ったガラス瓶を取り出すと地面に叩きつけた
ガシャン!!
ガラス瓶が砕け、中の液体が飛び散る
「ああ、勿体ない!!」
後ろから遠巻きで見守る群衆の中からため息が漏れた
「自己申告とはいえエリクサーだろ、あれ?せめて真偽の確認をしてからにすればいいのに」
「だよな、四肢の欠損どころか乙女の純潔すら復活するって代物だろ?年頃の娘を持つ親が目の色を変えて欲しがってるのになぁ」
「国母になるには純潔でなければいけない。けれども王太子殿下は直ぐに手を出して可憐な乙女の花を散らす、ってもっぱらの噂だしな」
「ああ、だから娘の親たちが公妾確定は良いけど王妃にはなれないって地団駄踏んでるって話だよな」
背後のヒソヒソ話をものともせずに王太子殿下の断罪は続く
「この何の効果も無い偽薬を飲ませてソフィアを惑わし、さらに眼が治らないことを口実に婚約者として拘束する。まったくもって許し難い。先程神前での誓いと言ったがソフィーの眼は完治しており、さらには私とは相思相愛の仲であり、神との誓いは満たされた」
ドヤ顔で王太子がマシューを睨みつける
「では、それをソフィーの口から」
「なにゆえにその必要がある?お主は既に貴族籍を剥奪されての一般市民。気安く伯爵令嬢であるソフィーと口をきく権利はない」
「私の口から直接言います」
「ソフィー!お前がわざわざ言わずも」
「いえ、この際ですので」
「ならソフィー自ら引導を渡してやれ」
王太子殿下の背後に匿われるようにいたソフィーが前に出て来る
「マシュー・ボッシュ、いえ今はただのマシューでしたね。あなたには感謝しています。伯爵家令嬢とはいえ、眼も見えず手駒としての価値も何もない役立たず。そんな私を一人の人間として見てくれ、そして婚約者として求めてくれました」
「そんなに卑下する事はない。君は君、眼が見えていなくとも素敵な女性だ」
マッシュを向き、マッシュを見つめて語るソフィーに語り返す
しかし、その視線に熱はない
「そしてあなたは眼に良いと聞けば遠くでも足を延ばし、それを手に入れてくれましたね」
「ああ」
「隣国でドラゴンと戦ったり、魔草を巡って魔王軍と諍いを起こしたり、海を越えた先の帝国と呼ばれる国で体験した不思議な出来事。そんな数々の話を聞かせてくれ、とても心配させ、そして楽しませてくれたりしました」
「ソフィーの為ならたいした事ないさ」
「妄言を吐くだけなら誰でも出来る」
「殿下、少し黙っていてもらえてますか?」
「いや、しかし!すまぬ、続けてくれ」
ソフィーに優しく諭された殿下が黙る
確かにマシューの蛮勇にも似た武勇伝は王国内でも有名であった。しかしそれはマシュー本人からの報告でしかないために妄想だという者が大半であり、各地を飛び回っているマシューがほぼ王国に居ず、ほとんど帰国する事すらない為、その功績を誇るものでも無く、また誇る場も無いために格段の批難は起こっていなかった。
わざわざ、その真偽の確認を行うにも現地への移動手段すらない場所もあるので≪生暖かく見守る≫というのが大半の者のスタンスであり、まして、貴族社会であっても些細な噂が誇張されることはよくあるものでいちいち目くじらを立て、己の狭心さを曝け出すのも彼らのプライドが許さなかったのだ
しかし、民衆向けのおとぎ話として一部で人気が出て、劇化され、シリーズものとして人気を博しているのを快く思っていない者たちがいるのもまた事実であった
「あなたが探し、届けてくれた品物は残念な事にどれも効果がありませんでした。決してそれらがまがい物であったとかいう事ではなくて、、、きっと私の体質に合わなかったのでしょう」
「そうか、残念だ」
「ですが、奇跡が起きたのです!
王太子殿下からの婚約の申し込み、その後の王太子殿下の神への祈りの直後から」
ソフィーがその視線を王太子殿下に移す。
それを見てマシューは全てを理解した。
すでにソフィーの心は王太子殿下にあると
「暗闇に囚われていたこの瞳に明かりが戻ったのです。徐々にですが視力が戻り始め、今ではすっかり回復いたしました。殿下には感謝しても感謝しきれません」
「なあに、真実の愛の前には障害は何もない!二人を祝福して神が奇跡を起こしてくれたのだ」
「帝国からマシューのエリクサーが届いた時期じゃないのか?」
「効かなかったのか?偽物?まさか、飲まなかったとか?」
「本人と神のみぞ知る!ってやつだな」
先ほどと同じ声の野次馬の声が聞こえた
騒然としていた会場はもはやこのマシューとソフィーの破局劇の舞台、そして卒業晩餐会の参加者は劇の観客と化していた
マシューは手に入れたエリクサーを自らの手でソフィーの元へと届けたかった。ただ、残務処理が数多く残っており
少しでも早くソフィーの瞳に明かりを!!
その思いで信頼できる者に頼みソフィーの元へエリクサーを届けて貰った
彼らが任務に失敗するはずもなく、また、エリクサーの効能は既に体験済みであり、間違いなく効くはずであった
『ひな鳥が初めて見た物を親鳥と思い込む』
そんな言葉がマシューの頭によぎる。
仕方のない事だったのだ、ソフィーが幸せになるのであれば受け入れるしかない
マシューには選択肢がないのもまた事実であった
「二人は愛し合っておられるのですね」
「ええ、マシューも祝福してくださる?」
「もちろん、ソフィーの幸せを祈らない日など無かったのだから」
マシューへ向き直ったソフィーへ祝福の言葉を掛ける。それに対してソフィーは微笑みで答えた
それが全ての答えであり、マシューの求めていたものになる。ソフィーは自ら愛する人を見つけたのだ
眼が見えるようになり重荷ではなくなった彼女は伯爵家の令嬢としてどこに出しても恥ずかしくない
王太子妃として反対される事も無いだろう
「ではここで改めて、ソフィー・バイオレットとの婚約解消を受け入れます、どうぞお幸せに。お二人の幸せを願ってます」
「ありがとう、マシュー」
「ふん!往生際が悪く、悪あがきするかと思えば拍子抜けだな。もっともそんな根性も無いのかもしれないがな」
「そう虐めてやるな、スコッティよ」
「父上!どうしてここへ」
振り返った王太子殿下の背後に人の道が出来ており、そこから国王陛下が姿を現す。
「王家の者に表立って反抗できる者などそうそうおるまい。さて、マシュー・ボッシュ男爵よ、不幸に若くしてお主が家を継いだのはそれでも良い。学院在学中につき領地経営を部下に任せているのもそれで良い」
オマージュ王国貴族学院は12歳で入学、16歳で卒業である。
マシューが両親を亡くしたのは15歳の時、二人が領内を馬車で視察移動中に起こった落石事故のせいであった
その後一人息子であるマシューが爵位と領地を継ぐ事となる
マシューは学院在学中という事で領地への帰郷せずに王都在住貴族としての任が認められていた
さらには学園においては座学を飛び級で終了していたので、残りの武芸については王都外での実地活動という名目で、ソフィーの眼に聞くといわれる薬、呪い、魔法、あらゆる物を探す旅をしていたのだ
「しかし、お主から送られて来る報告は全てが突拍子もなく、さらには王国より遠く離れている為に確認の取りようがない。疑うわけではないが、それを無条件に真実だと認めるわけにはいかないのだ」
「真実のはずがあるわけがない!」
「海を越えた遥か遠くの大陸に帝国と呼ばれる国があるとのお主からの報告。確かに先日、帝国からの使者を名乗る者が国交を求め我が国を訪れておる。お互いに異文化すぎるので、現在は相互理解の最中じゃ。そしてエリクサー」
国王が地面の砕けた瓶を指さした
「帝国よりの使者は蛮族を雇って謀る事も可能。だが、奇跡の秘薬エリクサー、これを服用したソフィー伯爵令嬢の眼が見えるようになるならば、全ての報告は真実であるのであろう。わざわざ嘘を報告する意味もないじゃろ?」
「いえ、それがそ奴の小賢しい所でございます、父上!誰も確認しようもないと思い架空の手柄を作り出し己の地位と名声を上げる。全てはソフィーの心を手に入れる為の所存でございます」
「まあ、そういきり立つな。みだりに心を惑わす様な者は人の上に立つ器ではないぞ?」
国王は王太子をジロリと睨むとその発言を諫めた
そしてマシューに再び視線を送った
「スコッティからの報告では肝心のエリクサーの効果は認めるられなかったとある?これに対して何か言う事はあるか、マシューよ?」
「いえ、ございません。効果が無かったとソフィーが言うならそれが真実でございます」
「これはエリクサーでは無いと?」
「エリクサーでございます、そして効果が無かったのもまた事実かと」
「うむ、そうなると水掛け論になるな?真にエリクサーだとしても、現物はすでに残っておらぬ」
「詭弁です!エリクサーのはずがない!!」
「先程、スコッティが申し渡した処遇、お主はどう思う?」
「謹んでお受けします」
マシューが改めて王国に向かって頭を下げた
「嘘だと自ら認めているんですよ!」
「魔王領に乗り込んで魔王と差し向かいで会食をした男、海を越えて過去に存在も知られていない帝国との交流を開始するきっかけを作った男。話半分としても、市井に捨てておける逸材ではないのだがな。して、貴族籍を捨ててどうするつもりじゃ?」
「幸にして神より賜りしギフトに恵まれておりまして、関連する事柄で息つく暇もない程です」
その忙しい合間を縫ってソフィーに会いに帰国してみれば、とんだ茶番に付き合わさせられる事になったのだが、その次に必要な手筈の為にも我慢して付き合う他は無かった
「ほう!お主の神より賜りしギフトとは何であったかな?」
「『レシピ』でございます、陛下」
「クソとかハズレ、って言われてるスキルじゃないか!」
「いや、料理人なら重宝するんじゃないか?」
「確か料理以外にも使えたはずだけど」
再び外野が騒めく
「して、そのレシピで具体的にどんな物が作れるのじゃ?」
「そうですね。料理とか調剤、すなわち薬とか作れます。ポーションとか」
「それについてですが陛下、発言宜しいでしょうか?」
背後の群衆から長い顎ひげが特徴的な老人が姿を現した
それはマシューが本日卒業したオマージュ王国貴族学院長アステルであった
「うむ、構わず発言するがよい、アステル候」
「はっ!ここにいるマシューが提出したポーション作成についてにレポートなのですが、学院の教員が確認する限りにおいてその手順に従い作成したポーションの効果が確認出来ないのです。レポートと共に提出された成果品であるポーションについても、本来のポーションと効能が著しく違い、ポーションと呼ぶには難しく」
そう言う、アステル学院長は一息ついた
「レポート捏造の疑惑が浮かび上がっております」
「なんじゃと?」
「父上、やはりこやつは妄言ばかりで人を謀ろうとする下賤な輩ですよ、早急に王国から追放すべきです!」
「貴族籍を抜けても学院を卒業したという事実は変わらないのですが、そもそもの前提である卒業資格のレポートが偽造であったとすれば問題です。卒業の取り消しも有り得ます。これは貴族学院の尊厳に関わる問題でもあります、国王陛下」
「ふむ、マシューよ?何か言う事は無いか?」
「いえ、ありません。ただ、本来のポーションの機能とは具体的にはどの様な事を言いますか?」
残念な事にマシューは市販のポーションを購入した事が無かった
その為、市販のポーションと自作のポーションに違いがあるとも考えた事がない
学院に入学後、神の祝福の儀式を受け、賜ったギフトが『レシピ』、いわゆる手順書であった
『レシピ』のおかげで薬が必要な時は自分で作る方が早かったのだ
一度作って工程を確定させたものの手順を『レシピ』として記録しておき、同じ材料さえ揃えれれば『レシピ』を使って簡単に作成する事が出来た
そしてその品質についても常に均一でありブレる事は無かった
神の恩恵により、本来必要である長年の経験とか勘というものが排除されるのだ
「見た目には通常のポーションよりも青色が濃い位しか見えないのですが、効能が明らかに違うのです。通常のポーションには腹痛などの状態異常には効果がないのです。ですがマシューの提出したポーションは腹痛、歯痛、下痢、食中毒などにも効果が認めれました。これは万能薬か、ハイポーションの効能に近いのです」
「ふむ、ならハイポーションなのでは?」
「ポーションとハイポーションではそもそも材料から違います、さらにはその色さえも。現在流通しているポーションは水色、ハイポーションは緑色、万能薬は黄色と見た目で判別可能です。マシューのレポートによると使用する材料は一般的なポーションの材料であり、ハイポーションが出来るはずがございません!」
「それならば製作過程が違うのか?」
「そこでございます、国王陛下!マシューのレポートによる手順では作成不可能なのでございます」
「作れないということか?」
「はい、仕上げに魔力を込めて、神に祈りながら成分を抽出する。王国内に魔法陣構築による魔法は使えても直接魔力を扱える者は存在しません」
「うむ、魔力とな。となると魔族くらいしか作れぬ事になるな?魔族が神に祈るというのもおかしな話だが」
「魔力を込める工程を省略し作成したものはポーションよりも色のが薄く、ほぼ水でございました。また、魔法陣による抽出に置き換え作成したものは通常のポーションでございました。どちらにしろ提出物と著しい違いにつき、レポート捏造と判断するしかなく、卒業認定を取り消し、学院追放処分が妥当ではないかと」
「それは学院長としての判断か?」
「御意にございます」
マシューは通常のポーションに下痢止めの効能がない事に衝撃を受けていた。
困ったときにはポーション、腹が減ったらポーション、とりあえずポーション
万能薬は使った事がないが、取り敢えずポーションを飲んでおけば問題が無かった
逆にポーションがなければこれまでの過酷な道中を無事に乗り切る事は出来なかったであろう
「さて、マシューよ、反論や反証が無いのであれば学院卒業の取り消し、及び学院からの追放となるが、それで良いのか?」
「ポーションなら手持ちがございます。ここに取り出しても宜しいでしょうか?」
「うむ」
国王陛下の頷きと共にマシューが懐から、濃い青色の液体が入ったガラス瓶を取り出した
「こちらがレポートと一緒に提出したポーションと同じものでございます。ポーションと効能が違うのであれば、別の物なのかもしれません。自分としてはポーションとして認識していましたし、違うと仰られるのであればそうなのでしょう」
「確かに通常のポーションよりは色が濃いな?して、身体に害のある様な事は?」
国王陛下はアステル学院長に問いかけた
「いえ、レポートと共に提出された物は人体への害は確認されておりません」
「ならば実際にここで飲んでみるがよい。誰か飲んでみる者はおらぬか?」
「父上、そんな怪しい物を誰が飲むというのですか?マシュー本人に飲ませれば良いでは有りませんか!」
「スコッティよ、王族たる者そう短絡的な発言は控えよと申しておるだろう。効果を確認する第三者の中立的な判断、意見が必要であろう?そうではないか?」
辺りへと視線を投げかけた国王陛下の発言に傍聴者全員が改めて頭を下げた
「御意にございます。さすれば私が被験者となりましょう」
群衆の中から銀髪隻眼の武官が進み出て来た。それは王国内でも国境紛争の多い北部方面司令官のシュタイン将軍であった
「おお、シュタイン公か!お主なら適任かもしれぬな」
「はっ!日頃より職業柄ゆえにポーションにはお世話になっておりますれば、一番ポーションを飲んでおり、一番に詳しいかもしれませぬ」
そう言うとシュタイン将軍はハハハと大声で笑ったが、その目は笑ってはいなかった
「これが噂の冒険王と名高いマシュー殿お手製のポーションですな」
マシューの手からガラス瓶を受け取ると、一息の間もおかずに蓋を開けるとそのまま中身を飲み干した
「うむ、これは!」
シュタイン将軍の発言に辺りの空気が騒めく
「美味い!とてもポーションとは思えぬ味だ。これなら毎日でも飲みたいものだ」
「ポーションクソまずいもんなぁ」
「まずいというか、あの薬独特の匂いと味がな」
「いやしかし、それが癖になるとやめられなくなるいう話も」
「これは独占して買い占めたくなるな、どうだい?」
ニヤリとしてシュタイン将軍がマシューへ手を差し出した
「いえ、そのポーションを王国内で販売する予定は無いので」
「シュタイン将軍!問題は味ではなくて効能ですから」
「アステル学院長、わかっておる、わかっておるわ」
やれやれと肩を竦めるとシュタイン将軍が国王陛下の方へと向き直った
「国王陛下、結論から言いますとこれはポーションではないと思われます」
「それみろ、やはりこやつは自作自演の妄言者なんだ!」
「ポーションでもなく、万能薬でもなく、ハイポーションでもなく、エクストラポーションだと思われます」
「エクストラポーションだと?聞かぬ名じゃな、して、その効能は?」
「奇跡の秘薬エリクサー程ではないのですが、ありとあらゆる病気に効くという伝説級のポーションでございます。戦場で斬られた腕を瞬時に復活させる事は出来ませぬが、切り口が鮮やかであればその場で繋げる事が可能、と言われております。伝承では長期服用すると肉体改造されてしまい人とは別の種になるとも」
「エクストラポーションとはそんな凄いものなのか!して、その様なものがなぜここに?」
「きっとどこかで運良く手に入れたのをこれ幸いとレポートに添付して提出したに違いない!もしかすると将軍もグルかもしれない!!」
「常日頃、王国の為に命を掛けて戦っている私が嘘をついてると?」
シュタイン将軍がその鋭い二つの眼で王太子殿下を睨みつけた
「シュタイン公よ、王国の軍事力が上がった事は嬉しい事じゃな」
「はっ!」
「じゃが、これはまた判断に困るのう。マシューよ、お主はどう思う?」
「確認不足とはいえ、ポーションと思い込んでレポートを出したのは私の責任であります。その処分が抹籍と判断されるのならば謹んでお受けいたします」
「父上!!魔王軍だの、帝国だの、帝国主力のドラゴンナイトだの妄想甚だしいのです!こやつの妄言を素直に受け入れるなど論外です!即刻国外追放に!」
マシューが初めてポーションを作成して以来、その飲みにくさの改善、匂いの改善、その他味だとか色々と自分好みに改造してきた自信作のポーション改(マシュー魔改造版)
普通のポーションの枠を飛び越しているとは自覚していなった為に、何も考えずに卒業レポートとして手順を書いて提出していたのだ
「ドラゴンナイトか、シュタイン公よ、お主なら勝てるか?」
「戦力を確認し、研究した後でしたらどうにかなるかと思います。ただ、初見で対応しろと言われたら厳しいと言わざるを得ませんね」
「だから妄言だと!今回の帝国の使者を名乗る者たちの中にドラゴンナイトなどいなかった!本当にそんなものがいるなら、国の威信を見せつける為にも参列するのが普通ではないか?」
「武力を持って威圧する、その外交方針はどうかのう?初顔合わせで威圧する様な国など底がしれておる。さらに言えば、切り札をご丁寧に見せてくれる馬鹿なら外交相手としては御し易くて良いのじゃがな」
そう言うと国王陛下は視線をマシューに向けた
何か帝国について知っている事を話せとの暗黙の催促だった
「恐れながら申し上げます」
「うむ、申すが良い」
「ドラゴンナイトが脅威かどうかは判断しかねますが、帝国の文化には素晴らしいものがあり、交流する値はあると思われます。ただ、帝国のトップである皇帝は民衆から選ばれますので、その辺りの感覚が王国に受け入れられるのかは疑問が残ります」
「帝国を支配する皇帝が世襲制では無いということか?」
「はい、さようです。才能のある者、そして民衆から支持される者が皇帝の座に着きます。血統で選ばれる事は有りません」
「何を寝言を!王家を馬鹿にする様な発言は許さぬぞ!」
「王太子殿下、けして王家を馬鹿にしているわけではなく、帝国とはその様な統治体系になっているのです」
「そしてその仕組みとその力を持ってして海の彼方の大陸を統一したと」
マシューの発言に国王が腕を組み、頭を傾げる
「大陸を統一したと言っても事実かどうかもわからし、案外、大陸という程の大きさでも無いかもしれないではないか!妄言ばかり吐くマシューを早く追放いたしましょう、父上!本人も貴族籍からの排除は承認しております!!」
「エクストラポーションを作れるものを貴族籍から排除、さらに国外追放すると?それはそれは随分と他国が喜ぶ事でしょうね」
「将軍とはいえ、言っていい事と悪い事があるのだぞ!!」
怒鳴る王太子殿下に対して振り返ったシュタイン将軍が鋭い二つの眼光で睨みつけながら口を開く
「王太子殿下、ご理解頂けてないようですが軍部としてはマシューを国外に出すという選択肢はないのですよ?王国内にマシューの卒業レポートを再現出来る者が居るのであれば話は別ですがね」
「うむ、シュタイン公の言いたいことはわかる。アステル候はどうじゃ?」
国王陛下がアステル学院長に問い掛けた
「はっ!エクストラポーションを作れる者は王国内には存在せず、さらに現物を見た者も使用した事のある者もほとんど居ないために判断しかねます。ただし」
アステル学院長がシュタイン将軍の方を振り視線を交わした
「我が国の軍事力が増えたのは事実。それを鑑みれば卒業レポートの再提出辺りが妥当ではないかと思われます、陛下」
「アステル学院長!話が違うではないか!!」
王太子殿下がアステル学院長を睨みつける
「下賤なマシューとソフィーの婚約破棄、貴族籍からの排除、国外追放、学院卒業の取り消し及び学園からの抹籍!そうでなくてはこの可憐なソフィーの心が休まらぬではないか!!」
「その婚約破棄についてですがよろしいでしょうか、国王陛下?」
群集を掻き分け1人の神官が国王陛下の前に進み出ると首を下げた
「うむ、ヘルシュタイン神父、頭を上げよ。発言を許す」
「はっ!ご承知だと思いますがソフィー・バイオレット伯爵令嬢につきましては神殿にて神託を賜っております。『覇王の寵愛を受けし麗姫』。覇王とは何を指すのかは現時点では不明ですが、ソフィー・バイオレット伯爵令嬢の婚姻問題については王家と言えども軽々しく口を挟むべきではないと愚考いたします」
「覇王とはすなわち、ソフィーと真実の愛で結ばれているこの私に決まっているだろう!!」
「スコッティ王太子殿下、恥ずかしいですわ」
人前でソフィーの手を取り引き寄せ抱きしめた王太子殿下に対してソフィーが頬を染めて答える
「神に仕える身としては改めて神のお言葉を賜りたいと愚考しております。如何でございましょうか、国王陛下?」
「うむ、許可する。準備は整っておるのか?」
「はっ!これい」
ヘルシュタイン神父の指示で瞬く間に会場内にミニ祭殿が組み立てられた
「万能なる我が父なる神カーラ様、恐れながら我が願いに応えたまえ」
『マシューに関連する事柄については契約神のニースに問え』
「「「「「えっ!?」」」」」
会場に居た全員が驚きの声を上げた
いち早く正気を取り戻したヘルシュタイン神父が改めて祭壇にて神に問い掛ける
「誠実なる契約神ニース様、恐れながら我が願いに応えたまえ」
『何?手短にしてれる』
「ありがとうございます。マシュー・ボッシュとソフィー・バイオレットの婚約解消についてですが」
『あ、あれ?無効ね!無効といっても婚約じゃなくて、婚約破棄が無効ね』
「理由の方を伺っても宜しいでしょうか?」
『決まってるでしょ?ソフィーが真実の愛を見つけたら婚約解消って契約なの。魅了の魔法によって相手を縛り付けるのは真実の愛とは認めない。よって無効ね』
「「「「「えっ!?」」」」」
「やってくれたなクソ王子」
「王子とか呼びたくないな、これから屑って呼ぼうぜ」
「って事は、他にも何人か被害者いるのじゃないか?」
「この事を取り巻きは知っていたのか?」
「ば、馬鹿な!そんな事はない!い、言い掛かりだ!!」
神に向かって喧嘩を売る馬鹿王太子殿下に辺りの視線が冷たく突き刺さる
「マシューの卒業レポートのについて、他の者が作成出来ない理由もお聞きしてよろしいですか?」
『あれは、マシューの開発した手順に知的所有権の保護に関する部分があるから。マシューへの対価の支払い無しには勝手に作れないの』
「「「「「知的所有権!?」」」」
『マシューは昔から色々とやらかしちゃう子だったから、その知識を無闇矢鱈と搾取されない様に契約で縛る様にしてるのよ』
「では、ソフィー・バイオレットの神託にある『覇王』とは?」
『もう、気付いていると思うけど、マシューの事よ、将来の事じゃないわよ』
「「「「えっ!?」」」」
『そろそろお終い。あとソフィーにエリクサーが効かなかった、じゃなくて、眼が見えるようになった直後に魅了して記憶を改竄したようね、そこの下衆が』
「なぜマシュー如きがそこまで贔屓されるのだ!!」
契約神ニースから下衆呼ばわりされた王太子殿下が叫ぶ
『あら、神とはいえ不老不死ではないのよ。いずれは老いるわ。そこにお肌が若返る美容薬があるなら使いたいじゃない?』
「「「「そこ!?」」」」
『神とはいえマシューの知的所有権を侵害する事は出来ない。つまりはマシューに許可を得るか、作ってもらうか。対価は支払われるべきでしょう?』
「人の身でありながら神の寵愛を一身に受けるとは素晴らしい」
『マシューは人じゃないわよ』
「「「「えっ!?」」」」
「ニース様、いったいどういう事ですか?」
突然人でないと言われたマシューは狼狽えながらも何とか契約神ニースに問い掛けた
『あれだけエクストラポーションがぶ飲みしておいて、人でいる方がおかしいわよ』
「確かに、ほぼ水代わりに飲んではいましたが」
「「「「はぁ!?」」」」
マッシュの呟きに全員が感嘆の声を上げた
『取り敢えずマシューはソフィーにエリクサー飲ましてあげなさい。予備持ってるんでしょ?魅了状態も解けるし、穢れも落ちるし、純血も取り戻せるわよ、じゃあね』
「「「「えええ!!!!」」」」
「あのゲス、人様の婚約者に魅了掛けた上に手まで出してやがったのか!」
「これで何人めだ」
「これは人としてやっちゃダメなやつ」
契約神ニースは最後に爆弾を落とすと神託用の祭壇は丸ごと消失した
「国王陛下!」
「うむ、わかっておる」
シュタイン将軍が国王に片膝をつき、頭を下げると言葉を即した
「王としてここに告げる。スコッティを王太子から外すし、第二王子を王太子とする。スコッティは牢にて謹慎、調査が終わり次第改めて沙汰を申し渡す。シュタイン将軍よ、連れて行け!」
「はっ!」
「父上!これは何かの間違いです!!きっとマシューの奸計に違いない」
暴れるスコッティをシュタイン将軍が取り押さえ、近衛兵に引き渡した
そして王太子殿下の取り巻きも一緒に連れて行く
「マシュー・ボッシュ男爵、それに、ソフィー・バイオレット伯爵令嬢、愚息が迷惑を掛けてすまなかった」
最愛の人を連れて行かれて呆然としているソフィーに国王陛下が声を掛け頭を下げた
「国王陛下、頭をお上げください。私は今でもこの殿下をお慕いする気持ちが偽物だとは思えないのでございます。何かの間違いではないでしょうか?」
ソフィーが悲しそうに顔を横に振る
愛しいスコッティが連れて行かれて身が張り裂けそうに苦しい
「マシューよ、エリクサーは持っておるの?はやく出してソフィー嬢に飲ませてやるがよい」
「ここにございます。ですが飲むかどうかの判断はソフィーに任せたいと思います」
懐に手を入れた様に見せて、収納庫よりエリクサーを取り出したマシューが言う
「正しいとか以前に、人の気持ちを簡単に変えようなんて烏滸がましいと」
「相変わらずあなたは甘いですね。優しいと言うべきですかな?」
マシューの言葉を遮る様に、帝国の礼服を着た男性が姿を現した
マシューもよく知る、帝国第一級外交官のルワーナだった
なんでこの場に出て来るのか?
マシューには嫌な予感しかしない
「卒業おめでとうございます、閣下」
「おお、ルワーナ特使殿はマシュー男爵とお知り合いですかな?」
「仕事柄お世話になっております」
「ほう」
「帝国であれば女を取られて泣き寝入り、なんてしませんからねえ、ついでしゃばってしまいました」
「帝国であればこの様な場合はどうなされるのじゃ?」
「まず、原因の究明。今回の場合は婚約期間中の不貞行為で、しかも婚約期間は10年にも及びと聞きます。ですので、双方からそれなりの慰謝料を頂くことになりますね」
「決闘などは?」
「神の名の元に誓いを立てて決闘ですか?昔は確かにありましたが前時代的ですね。今回の場合は、すでに神がマシュー閣下の正義を認められているというのに、いったいどの神に誓いを立てると仰られる?」
「ああ、今回に限ってはそうだったな。だがソフィー嬢は魅了による被害者でもあるのだ、その点は考慮してあげて欲しい」
「ポイントはそこですね。魅了されようがなされまいが、男女間の恋愛感情、心移りというものは良くある事。それでも自分の為に命を掛けて秘薬を探し求めている幼馴染みへの情すらなくす様な女性なら、容赦する必要も無い!違いませんか?」
「ルワーナ特使の言わんとする事はわからないでも無いが厳しいの」
「但し、正気で無い者は罪に問わない、いえ、罪に問えない事になっております」
「ほう!そうなれば今回の事は?」
「ソフィー嬢が魅了に掛っていない、正気なのでエリクサーを飲まないと言うのであれば厳罰を、正気で無いのであればエリクサーを飲まして治療、そして無罪。これが帝国式でございます」
「本人に判断させるのは酷じゃな」
「マシュー閣下がアホの子過ぎるだけです。神が魅了に掛かってると仰られたなら、そうなんです。直ちに治療するべきです。さ、マシュー閣下」
「ソフィー、自分で飲めるかい?」
アホの子呼ばわりされたマシューがソフィーにエリクサーを手渡す
ソフィーは受け取ったエリクサーをしばらく見つめていたが覚悟した様にうなづいた
「ええ、こんな色をしていたのね」
群衆に見守られながらソフィーがエリクサーを飲む
容器の半分ほど飲んだ所でソフィーに異変が起きた
「あら?眩しいわ!ここはどこかしら?」
「卒業晩餐会の会場だよ、ソフィー」
「あら、その声はマシューね!」
辺りを見回していたソフィーがマシューの顔を見つめて顔を赤く染める
「想像通りのいい男よ、マシュー!」
照れを隠す為にソフィーはマシューの背中をばんばん叩いた
「ソフィー、記憶はどこまであるの?」
マシューがソフィーに問いかける
「えっ?マシューから届いたエリクサーを飲んで、、、」
ソフィーが右手人差し指をこめかみに当てて、目を閉じて思い出そうとする
「目蓋越しに目の前が急に明るくなって、おそるおそる眼を開けたの。そしたら貴方が居たというわけ。いったいいつ移動したのかしら?」
「不思議な事もあるんだね」
「あら貴方が語る冒険譚の方が不思議がいっぱいだけど?あっ、ちょっとお腹が痛いわ、おトイレじゃなくて、化粧直しに行きたいの、ちょっと失礼するわね」
ソフィーが少し恥ずかしそうにマシューの耳に顔を近づけると囁いた
「うむ、どうやら正気に戻った様じゃが、魅了されていた時の記憶はないようじゃな」
「!」
声のした方を向いたソフィーが慌てて首を垂れた
「ピエール・バイオレット伯爵が子のソフィー・バイオレットにございます。御前にして勝手な発言失礼しました」
「良い良い。それよりまだ体調万全ではないようじゃな、誰かソフィー嬢を静かな場所へお連れしなさい」
国王陛下の呼びかけに現れた侍女達がソフィーを連れて会場から姿を消した
「陛下、今の様子では魅了の影響を受けると記憶が無くなり、別人格になる模様。被害者が1人とは思えないませぬ」
「ヘルシュタイン神父、そちもそう思うか?」
「御意にございます」
「スコッティと関わりがあった子女を中心に調査を命じる。決して騒ぎを起こさぬ様に細心の注意を払う事を命ずる」
「「はっ!」」
国王陛下の指示で幾人かの文官が会場を去った後、改めて国王陛下がマシューの方を向く
「本来は日と場所を改めるべきであろうが、こうなっては一緒じゃな。マシューよ、報告と共にあった要望は今回の一件に関係あるのか?」
「いえ、関係ございません」
「爵位と領地を返上して一市民となりたいと書いてあったな?」
「はい」
頭を下げたままマシューが答える
そこへ帝国第一級外交官のルワーナが割り込んで来る
マシューには嫌な予感しかしなかった
「国王陛下!度々ですみませんが、よろしいでしょうか?」
「ルワーナ特使殿、なんじゃ?」
「まず、こちらをご覧いただきたいのですが、先日、王国へ寄贈した世界地図と同じものになります」
ルワーナが指し示す方角にいた2人が広げた地図を持ち立ち上がった
「あえて説明しておりませんでしたが、オマージュ王国はどこだと思われますか?」
「ふむ、大きな大陸が3つ。あとは所々に小さな島がある様じゃの。アステル候はわかるか?」
「いえ、初めて目にします故にとんと見当が付きませぬ」
国王陛下に問われたアステル学院長が首を振る
「希望としましてはこの辺りと思いたいですな」
真ん中の一番大きな大陸の右側部分を指刺した
「ルワーナ特使殿、実際の所はどうなのじゃ?」
「オマージュ王国はこちらになります」
ルワーナが地図の右下、大陸からも遠く離れた小島を指し示した」
「「「「えっ!?」」」」
「ば、馬鹿な事を申すな!この大陸にはオマージュ王国だけではなくナテハ王国にリョクジユ神聖王国、他にも何国かはある。この様な小島であるはずがない!!」
「これ、アステル候、狼狽えるでない」
「発想を変えていただきたい」
ざわめきを鎮めるようにルワーナが言う
「オマージュ王国は大きい、ですが、外界はもっと大きいのですよ。外の世界にて大陸と呼ばれているのはここにある三大陸、リグア大陸、カルア大陸、ウルケス大陸だけで、残念ながらオマージュ王国のあるこの地は大陸とは呼ばれておりませぬ」
「して?特使殿、これがどう関係して来るのじゃ?」
「ちなみに帝国が中央のリグア大陸、魔族が支配してるのが右側のカルア大陸です。ここからが本題なのですが」
ルワーナは一息つくと再び話し出した
「これは帝国側の勝手な都合なのですが、マシュー閣下を王国貴族籍より抹籍の上、市民権の剥奪をお願いしたいのです」
「「「「えっ!?」」」」
「もう帝国内での軍部を抑えきれないってのもあるのですが」
「唐突な上に、さらに物騒な話も聞こえて来たようじゃが、理由をお聞かせ願いたい」
「長い歴史の上で帝国出身者以外に皇帝についた前例は無いのです」
「ふむ」
「それは前例がないだけなので問題にはならないのですが、他国籍の者が皇帝につく事は明確に法律で禁止されているのです」
「ふむ、まあ、当然と言えるな」
「ですので、マシュー閣下がオマージュ王国籍なのは問題なのですよ」
「「「「えええっ!?」」」」
「次期皇帝となるマシュー閣下が国籍が問題で就任出来ないとなると大問題です。軍部は武力で併合して帝国に組み込めば問題ないと」
「いや、だから問題あるだろ!」
思わずマシューがルワーナにツッコミを入れる
それを無視したまま、ルワーナが地図を指差しながら話を続けた
「ご覧の様に、国土の広さ、国力からしても直ぐに方がつくと軍部は考えている様で止めるのも難しい現状」
「こちらにも王都100万人を守護する王国軍がいる。徴兵すれば30万人は超えるぞ」
「帝国常備軍は1000万人ですよ」
「「「「えっ!?」」」」
「そこで、外交部としましては直接交渉に来た次第です」
ルワーナがみんなに見えるように指を4本あげる
「選択肢は4つ
一つ、外交を樹立して、マシュー閣下の追放を受け入れる
一つ、帝国に従属して、マシュー閣下を追放する
一つ、帝国に組み込まれて直轄地になる
一つ、全てを拒否する
ぶっちゃけますと、こんな辺境の地を管理するのも大変なので独立して今まで通りやっていただきたいのですよ」
「「「「ぶっちゃけすぎ!!」」」」
「ルワーナ、お前外交官の癖に本音トークしか出来ないのを直せと言ってるだろ?」
「こればかりはマシュー閣下の御命令でも難しいですね」
ニヤリとするルワーナ
「マシュー男爵を帝国に渡す見返りが、帝国との交易という事じゃな?」
「理解が早くて助かります」
「結論は出てるとしても我も治世者じゃ、会議に掛けぬわけにもいかぬ。明日の昼過ぎに改めて王宮で話すとしよう。どうじゃな、マシュー男爵?」
「はっ!」
「それについてじゃが帝国第一級外交官のルワーナ殿、いいかね?」
「何でございましょう?」
「あれだけではないじゃろ?」
国王陛下が地図を指差す
「マシューからの報告が真実だとしたら、まあ、真実なのじゃろう。帝国と王国の技術格差は途方もないものじゃ。皆を一目で説得出来る品物を他にも持って来ておるじゃろ?」
国王陛下は笑うような眼でルワーナに催促をする
「持って来ております。ですがお出し出来るかどうかは」
「わかっておる。こちらの対応に応じて見せれる品物のレベルが違うのであろう?従属以上での品物を見せて頂こうか?」
「国王陛下!良いのですか?」
シュタイン将軍の発言を片手を上げ押し留めると国王陛下は言葉を続けた
「知らない方が幸せな事もある、だが、知ってしまっている以上、民の暮らしが豊かになるの事に目を瞑り、己の地位を守るなどという事は為政者としては出来ぬのじゃ。あとは他の貴族を説得する材料次第という所じゃな」
「交易レベルだとこちら、肥料になります」
ルワーナが指差す方向から1人の男が進み出て袋を頭上に掲げた
「作物の育成速度と収穫量が倍になります。ですので、年換算での収穫量は4倍になりますね」
「製法を教えて頂けるのか?」
「残念ながら。お教え出来ますが、帝国外での作製は不可能かと」
「神のいう所の知的所有権とか申す、あれか?」
「はい、これもマシュー閣下が開発されてます」
「「「「えっ!?」」」」
「帝国での製造は許可されていると?」
「はい、僅かですが使用料の支払いと引き換えに製造可能です」
「では従属レベルでは?」
「マンドラゴラの安定供給ですね」
「「「「マンドラゴラ!?」」」」
「帝国でも薬の原料として需要が高いのですよ。ですが、マシュー式マンドラゴラ水耕栽培が普及したので安定供給が可能になりました」
「「「「水耕栽培!?」」」」
「で、最後の帝国の直轄地となった場合は?」
「直轄地となった場合はリグア大陸への定期航路の開設、及び、議員いわゆる代表者を何名か帝国の議会に送り出す事ができます」
「待遇が良すぎるな」
「ぶっちゃけるとそうです。直轄地となると帝国とほぼ同等というか、帝国そのものですので、小国の扱いとしては待遇が良すぎて帝国側からも批判が出ます。そちらも王国支配階級からも支配権の喪失という損失が出ますし、良くて属領、まあ、交易レベルで話を収めないたいなぁというのが本音ですね」
「「「「だからぶっちゃけすぎ!?」」」」
「王侯貴族が保身に駆られて帝国領になる機会を失ったなど、民に聞こえたら革命が起こるやもしれぬな」
「王太子があのレベルだったので仕方ないのでは?」
「「「「だからぶっちゃけすぎだって!!」」」」
「ははは、気持ち良いくらい歯に絹着せぬ発言じゃふな、確かに耳の痛い話だわ」
国王陛下が自嘲気味に笑う
「国王陛下は民のことを考え善政をしかれておられる」
「アステル候の仰る通り、私も陛下が常に民のことを考えておられるのを知っておりますぞ」
アステル学院長とシュタイン将軍が国王陛下に励ましの言葉を掛けた
「明日、王国の立ち位置とマシューの王国からの追放の可否が決まるが、実際にマシューが皇帝に就任するのはいつの事じゃ?それに合わせてソフィーも帝国に連れて行くのじゃろ?」
「それにつきましては」
「即日ですね。王国籍から離脱直後からマシュー閣下は帝国皇帝です。すでに帝国議会での採決は終わっており、外国籍問題が解決次第皇帝就任は決定事項です」
マシューの国王陛下への返事を遮るようにルワーナが答えた
「「「「えっ!?」」」」
「他国の皇帝相手にあれだけ暴言吐いたのかよ、あのクズ」
「というか、これだけの才能見落としてたの?王国での人材登用ザル過ぎ!?」
「ソフィー嬢が皇帝夫人!?玉の輿!!」
オマージュ王国貴族学院の卒業晩餐会場は騒然とした空気に包まれて行く
誰も彼もがこの場で仕入れた重大な情報をいち早く家に持って帰らなければならないという使命に駆られていた
「「「「明日、男爵が皇帝になるってよ」」」」
状況描写が少ないのは仕様です。たぶん?
登場人物の名称は仮です。世間的にまずい表現の場合には修正が入る可能性があります。たぶん?
誤字、脱字報告はありがたいです。本当に!