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婚約者が語る真実②

 呑気に空を飛ぶ鳥を撃ち落とすほどの金切り声が辺りに響いた。


 幸い鳥は近くいなかったので落下を免れたけれど、至近距離でそれを聞いた者たちは全員キーンという耳鳴りを頂戴することになった。


 耳を押さえる者、露骨に顔を歪める者、未だに何が起こっているのか状況が把握できない者───ギャラリー達の表情はさまざまだったけれど、皆一様にここに参加したことを心底後悔していた。


 そんなあからさまな空気をものともせず、アスティリアは再び声を張り上げた。憎々し気にルシータを見つめて。


「あんたはいつだってそう。自分は全く興味が無いっていう顔をしながらちゃっかりしているのよっ。計算高いのよっ。領地も持てない底辺貴族のくせに、出しゃばらないでよねっ。ランカーだって、ディナルフだって、アレクだって、私のこと見向きもしなかったっ。皆、あんたの話ばかりしてっ。どうせ、隠れてコソコソ色目を使ってたんでしょ?!」


 今、名を呼ばれた男性3名は、運が悪いことに招待客でもあり、ここに居たりもする。


 すかさず「いや、ちょっ、待った」と、慌てて弁解しようとした。けれど、これもまたレオナードの眼力により、口を閉じざるを得なかった。


 なんていうことは些末なこと。感情が爆発したアスティリアはそんなものは目に入らないし、暴言も止まることはなかった。


「成績だって無駄に良かったけれど、それって本当にあんたに実力だったの?論文も、研究課題だって、下宿先には専門家がうじゃうじゃいるんだから、それらにやらせたんじゃないの?!」


 勢いだけは人一倍あるけれど、内容はあまりに馬鹿馬鹿しい。


 これが素直な感想で、ルシータは怯むことも傷付くこともない。

 ただ訂正することも、ちょっと落ち着いてと止めに入ることもできず、あんぐりと口を開けてしまうだけ。


 レオナードの遊戯(イタズラ)も一時停止している。きっと、彼も自分と同じような心境なのだろう。


 そう思った。でも、思っただけで、特に何もすることはなかった。顔の表情を元に戻すことすらも。


 それがまた、アスティリアの怒りを助長させてしまう結果となった。


 怒りもしなければ言い返すこともしないルシータに、アスティリアはもどかしさを超えた何かを抱えていて、それが限界を超えてしまっていた。

 だから、とうとう言ってはいけないことを口にしてしまう。


「まっ、でも、あそこの研究員の力なんてたかが知れているわよね。下宿人の祖母の病気すら治すことが」

 ───できないなんて。


 アスティリアは、そう言おうとした。いや、正確に言うと言ったのだけれど、ルシータの耳には届かなかった。


 レオナードの手が、ルシータの耳を覆ったから。


「黙れっ」


 大きくて暖かい両の手で耳を塞がれていても、その声はしっかりと聞こえた。それくらいの一喝だった。


 ルシータの身体がビクンと強張る。

 これまでレオナードが不機嫌になるのを肌で感じたことも、ああ怒っているなとしっかり目で見たことは何度もあるし、自分がそうさせてきた。


 けれど今、背後で怒髪天を衝いているレオナードを見て、それがまだまだ本気のものではなかったことを知った。

 そして今後、一生、何があっても、絶対に、彼だけは怒らすまいと心に誓った。


 と、ルシータが場違いなことを心に堅く決めていても、レオナードの怒りは当然ながらおさまることはない。眼光は更に鋭さを増す。


「ヨーシャ卿のご令嬢、アスティリア殿、今のは私が、マークランズ研究所の最高責任者と知っての物言いか?」


 敢えて敬称を付けることで、レオナードが今、侯爵家当主として厳しく追及していることは明確だった。


 一気に緊迫した空気となる中、またしてもルシータだけは全く別の事を考えていた。


 ルシータの耳はもう塞がれてはいない。だからレオナードが何を言ったのか、ちゃんと聞こえていた。


 あの日、教室の扉越しに聞いてしまった心無い言葉を、レオナードは今、全力で否定してくれたのだ。

 

 月日が経っても癒えることがなかった傷が、レオナードのその言葉で救われた。


 ルシータはこんな状況なのに、思い出すことすら怖くてできなかったその傷が、ゆっくりと塞いでいくのを感じていた。


 本当に、本当に、場違いだし、今はそういう状況じゃないのもわかっている。

 でも、とても幸せだった。泣きたくなる程に。

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