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本音で語る思い出話③

 ルシータのぎゅっと握った拳は、ますます力が入ってしまう。指先はギチギチと痛んで、爪が食い込んでいる皮膚は、悲鳴を上げ始めている。


 でも固く握りしめすぎてしまった手は、ルシータ自身ですら、もう解くことができなかった。


 目の前にいるアスティリアは、何か言いたいけれど言葉が見つからずに悔しそうに唇を震わせているだけ。

 ルシータも、口を開くことはしない。


 じっと互いを見つめ合っている緊迫とした空気の中、待つこと数秒。軽く息を呑んで表情を変えたのは、ルシータの方だった。


 ただ瞳を震わせ、小さく唇を噛んだそれには、悔恨も、苦痛も、憂いも悲愴も感じ取れなかった。

 あるのは、ある種の戸惑いと、必死に押さえ込もうとする嬉しさだけだった。


 流れるような動作で、レオナードが自身の手を伸ばして、ルシータの手をそっと包み込んでいたのだ。

 

 大きく節ばった長い指を感じた途端、ルシータの握りこぶしが、あっという間に解けていく。

 そして自分の手のひらに、レオナードの手のひらを感じたと思ったら、彼はゆっくりと自身の長い指を一本ずつ絡ませていった。


 ルシータにとったら、これは今日一番のハプニングだった。いや人生で5本の指に入る程のハプニングだった。


 婚約をしてからレオナードは、ルシータと顔を合わせれば、取ってつけたような甘い言葉を吐いていた。でも一度だって、ルシータに触れることはなかった。


 なのに、今は違う。

 まるで義務のように紡いでいた口先だけの言葉はない。あるのは、確かな温もりだけ。


 そして今度は、絡ませた指を少し緩めて、彼の親指の腹は、ルシータの手のひらをさすっている。的確に、爪が食い込んでいた場所だけを優しく、癒すかのように。


 羽根で触れられているかのような、触れるか触れないかという絶妙な距離感でそうされれば、ルシータはゾクゾクとした、でも、不快でない何かを覚えてしまう。

 

 そして、何の前触れもなく、こんなことをされてしまえば、ルシータはまた自惚れてしまいそうになる。


 もしかしてレオナードは、ルシータ自身よりも、ずっとずっとルシータのことを知っているのではないかと。

 そして背中を向けていたって、言葉を交わさなくたって、今、ルシータがどんな気持ちでいるのか、手に取るようにわかっているのではないのかと。


 そんなふうに思い始めれば、荒んでいた心はみるみるうちに凪いでいく。手のひらの痛みなど嘘のように消えていた。

    

 自然にルシータの肩から力が抜けていく。小さく息を吐いたら、今度はふわりとしなやかな腕が後ろから伸びてきた。その腕は当然のように、ルシータを覆う。


 ───……約束が違う。すぐそばにいてくれるだけで良いって言ったのに。

 

 ルシータは、可愛げのないことを思った。そうしないと、場違いにも顔がにやけてしまいそうになるから。必死に悪態を付いた。


 そんなルシータとレオナードは、傍から見たら、これまた突然いちゃつき始めた、空気を読まないバカップルにしか見えない。

 

 何やってんだよ、お前らとか。空気を読めとか。今は、そういう時間じゃないとか。そんな非難を受けてもおかしくはない。


 でもこれは、アスティリアに更なる屈辱を与えることになった。


 なぜなら彼女の婚約者であるロザンリオは、このやりとりを全く見ていなかったから。


 彼は現在、メイドに舐めるような視線を向けるのに、全エネルギーを費やしていた。

 おざなりにアスティリアと腕は組んではいるが、正直、つまみ食い相手を物色しに来たんじゃないのか?と思うくらいに、彼は必死であった。


 ちなみに、そのメイドのお仕着せの胸元は今にもはちきれんばかりに、パッツンパッツンになっている。ま、巨乳の持ち主であった。


 ルシータとアスティリアを取り巻くギャラリー達は、いつしかタラレバ論争を止めて、しっかりと見学をしている。


 そんな観客たちの目には、困惑の色が浮かび上がっていた。”逆”ではないのか?と、声にこそ出さないけれど、皆同じことを思っていた。なぜなら───


 悪役令嬢と呼ばれていた婚約者を、労わるように後ろからそっと抱きしめる婚約者。

 悪役令嬢に苛め抜かれたはずの婚約者を無視して、よその女性に(うつつ)を抜かす婚約者。


 どちらが、大切にされているのかは一目瞭然だったから。

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