第一話
やっぱり中世物語風乙女ゲームはいいわ…
そんな事を考えて夜遅くまで僕、橘亮太はゲーム画面に張りついていた。そろそろセーブするか、そう思った時、突然、ある謎な選択肢が出てきた。
「あなたはどれになりたい?
①〇〇(主人公)
②〇〇(悪役令嬢)
③〇〇(悪役令嬢のメイド)」
なんだこれは。
いやいや、僕は男なんだから、どれもなりたい訳ないだろ。
でも、強いて言うなら主人公かな。
ハッピーエンドになる方法を知っているから。
でも、こういう時に僕は天邪鬼になってしまう。
「一番地味でなりたくないやつ…③だなっ。」
そう呟き、③の選択肢を押したその瞬間、僕の周りが光に包まれて、僕は光の中をどこまでもどこまでも落ちていった。
「あれ…ここは…」
僕の周りにはもう光はなく、その代わりに前とはガラリと変わった城の一室の様な光景が広がっていた。
「あら、起きたわね!」
そう言ったのはくるんと巻かれた赤毛が可愛い美少女だった。
「クリスタさん、目が覚めて良かったですね。」
なんだかキラキラとした金髪のイケメンが言う。
「えぇ。フローね、とても心配していたのよ。だから本当に良かったわ。」
赤毛の少女はイケメンのことを上目遣いで見つめる。
「フローレンス様はお優しい方ですね。」
「い、いえいえ、そんな(恥)」
あれ、なんか僕、目が覚めた直後から蚊帳の外な感じですか。
微妙に寂しくなってベッドの上ながら後ずさりをする。
…
それにしても、どうもおかしい。
この部屋、そしてこの少女とイケメン。何処かで見たことがある。
…
だが、僕には心当たりがあった。
あり過ぎるほどに。
そう、僕が夜遅くまで精を出していた乙女ゲームだ。
そして、ある日の夜、僕がメイドになるという謎の選択肢を選んでしまった。
ま、まさかとは思うが、あの選択肢は本物だったのか⁉︎
い、いやいやこんなの夢に決まってるだろう。
乙女ゲームの世界に転生なんて、ラノベみたいな展開が現実に起こるはずがない。あるわけない。と、思いたいが、何処をひっぱたいてもつねっても、リアルに痛みがこみ上げてくるだけ。
「クリスタさん、大丈夫ですか?」
イケメンの発言で我に帰る。
そうだよな、もしこれが本当の世界なんだったら自分で自分を叩きまくって表情をめっちゃ変化させてるやばい奴だもんな。
「ごめんなさ…」と言いかけたが、
「ちょっと南極にでも行って頭を冷やした方がいいのよ。行きましょう。ルーカスさん。」と、美少女に遮られた。
そして僕は色々と考えを巡らせた。
あの少女、どこかで…
そりゃ、もしここが僕がやっていた乙女ゲームの世界だとして、その中の登場人物ではあると思うけど、そうじゃなくて、もといた前世の世界の方で…
思い出したいのにどうしても思い出せない、もどかしさで僕は、頭を掻きながらぶつぶつと何か呟いていた。
ガチャ
扉が開く。
げっ、来た。そう思ったが、僕は何も言わなかった。
すると、
「あら、メイドのくせにまだ寝てるのね。
あなたは、私のメイドなのよ。
勘違いしないで頂戴。
あと、今日はこの靴を履いていくから磨いて置いて。」
なんだこの少女は。陰キャで何の取り柄も無かった僕をちょっとだけドキッとさせやがって。(虚しくなるから今後こういう事を考えるのはやめよう)
その後もなんか脂肪クラブを会費しなきゃ、とか意味不明な事ぶつぶつ言ってるし。
あれ…
…勘違いしないで頂戴、って……何処かで聞いた声だったな…
そう思った瞬間、僕の頭の中に記憶が雪崩の様に入ってきた。
どうしても忘れたくて、記憶の奥底にしまっておいた黒歴史が。
そう、前世の僕は高一の時にある女の子に告白されたんだ。
ずっと好きでした、って。
その子、結構可愛かったから、勿論僕はOKだった。
「こんな僕で良ければ是非」って赤面しながら言ったよ。
でも、その子はこう答えた。
「ごめん、嘘でっす(笑)」ってね。
続けて、
「この私があんたなんかに告白する訳ないでしょ。
勘違いしないで頂戴。」
そう言って去って行った。
僕は何も言わなかった。
言えなかったよ。
恥ずかしくて。そしてその子へ湧き上がる怒りを抑えられそうに無くて。
まさか、あの子がこの偉そうな令嬢に転生したのか⁉︎
そんな、ただの偶然だろう。
だ、だって、向こうも全く気付いてない様だし。
そう思いたかった。
だけど、さっきのあの子の呟きを思い出す。
「脂肪クラブを会費しなきゃ」
あれは「脂肪クラブを会費」じゃなくて「死亡フラグを回避」の事だったんだ。
確かゲーム内で彼女の名前はフローレンス、主人公にチマチマと裏で意地悪をしてくる公爵令嬢だ。要するに悪役令嬢である。
という事は、この令嬢は前世の僕を盛大に振った子が転生した姿という事か。
そうやって、勝手に決め付けると、無性に今ここにいる令嬢に対して怒りがこみ上げてきた。
そうだ。
令嬢の死亡フラグ回避を阻止してやろう。
では、どうしたら令嬢、フローレンスの目論見を阻止できるか。
一番簡単な方法は、あれだな。
僕が主人公的な立場になって、フローレンスが婚約しているあのイケメン、ルーカスを攻略すること。
おぉ、それが最短距離だ。
と、思いたいが、僕は男だ。
男の僕が男を攻略することなんて、できるはずがない。
というより、まずそんなことしたくないっ(泣)
女の子の姿でいることさえ辛い(豊満なおっぱいが嫌とは少しも思っていないが)僕が、そんな高度であり、また、精神的苦痛をもたらす事をしたい訳がない。
では、僕が攻略するのではなく、主人公に攻略してもらおう。
いや、だが、それではつまらない。
しかも、ゲームの設定では、現在、男爵令嬢である主人公、アリアはまだ登場していない。
という事は、兎に角、フローレンスが皆から嫌われればいいんだ。
ふと、窓の外を見る。
窓の外は、だいぶ暗くなっている。
だが、真紅に輝く月が少し不気味に街を照らしている。
乙女ゲームの知識では、確か月に一度、月が紅くなり、その日には、位の高い貴族達でパーティーを開く。
これはチャンスだ。
このパーティーでフローレンスが大失態を晒せば、誰もまさか僕の仕業なんて思わず、皆はフローレンスを嫌う。
じゃあ善(?)は急げだ。
そう思って僕はベッドから飛び降りて、フローレンスが今日履いていくという靴のヒールを折った。
多分、今の僕は女の子(泣)だから、折るのには苦戦した。
でも、なんとか口で咥えるなどしたら折れた。
(側から見たらただの変態だって事はわかってる。)
そして、折ったヒールを軽ぅく接着剤でくっつけて少し待つ。
それからヒールを咥えて力を入れてみて、簡単に折れないかの確認だな。
そろそろ乾いたかなぁ。
そう思ってヒールを咥えた瞬間、ドアが開いて、驚きで口から靴を落としてしまった。
まずい。
これは誰が見てもただの変態だ。
だが、その心配は無用だった。
そこにいたのは、少し闇を帯びた笑みを見せるさっきいたイケメン、ルーカスだった。
「あ、あのぉ、え、えっとぉ、
こっ、こここれはち、違くて…へ、変態とか、え、Mとかじゃなくて…えっとぉ、味を確かめ…」
前世のコミュ症は治っていなかった。
だが、今そんな事を考える余裕は僕には無い。
ルーカスは少し眉を顰めながら淡々と僕に言った。
「フローレンスの靴を折っていたんですね。
あなたは何者ですか?」
…………え…
え………
え、え、え、ど、ど、どうしようぅぅぅぅぅ!