19話カテゴリー4
午後7時53分。
直江は駅を降りて問題の発生した隣町の繁華街に到着する。
すぐさま武器を取りに、指定されていたロッカーへと向かった。
開けると布で包まれた日本刀が入ってある。量産型封魔器〈赤血刀〉。
それと刀の脇に小さな銀色のケース。中には試験管のような形をした一本の細長い瓶が入っている。直江は刀の柄の部分、その底をスライドさせた。するとそこには3つほどの空洞があいている。その空洞に先ほどの赤い液体が入った細長い瓶をいれると綺麗にはまりこんだ。
今刀に入れたのは〈血魂柱〉といって鬼や死霊から取れた物質で造られた薬品である。これが刀の力の源であり、魔物を滅する因子を生み出すのだ。
血魂柱をはめこんだ瞬間、カチリと音がして鞘のロックが解除される。
『緊急抜刀の許可が下りています』
「おお……さすが新型。無駄に音声機能がついてる……」
そう一人つぶやいてから、そんな余裕はなかったと走り出す。
既に到着した祭と鬼が交戦中らしく、その位置が直江の携帯に届いていた。
場所は地下街だ。
刀を隠しもせずに全力疾走する直江。
一番近くの階段を駆け下りて地下街に降り立つ。
人が誰もいない。
数メートル階段を上がれば数えきれないほどの人達が歩いているというのに、この地下街には誰一人として一般市民がいない。
バンピールの力か。それともハンターが使っている特殊な封魔器のせいなのか。どちらかは定かではないが人払いの異能が働いている。
直江の耳がかすかに鋭い音を捕らえた。
何か鋭利なものがぶつかり合っている……。
音を頼りに直江は駆ける。
すると真っ直ぐに伸びる一本道に出た。
道はかなりの幅があり、左右では主に女性が好むカジュアルなショップが建ち並んでいる。
その道の真ん中で一体の大きな影が立っていた。
バンピールの手駒である重装悪鬼兵のシュワちゃんだ。
つい一週間前に廃校で見たタイプと同型であるが、皮膚の模様が少し違う。廃校の鬼は紫色の肌をして黒い斑点があったが、シュワちゃんは真っ赤で波のような白い紋様が体中についている。
既に状態変化しており、両手には自らの骨を武器として手に下げていた。その骨もまるで剣のような形状をしている。
そんな鬼の周りを小さな影が動いている。
刀を携えた祭だ。
その小さな体とすばしっこい動きを活かして敵を翻弄しようとしている。
まるで野うさぎのようだ。
そこに直江が知るいつもの祭はいない。
表情は冷たく、まるで面を被っているように見えた。
祭が鬼の側面から切りかかる。しかし鬼の防御が早く、骨の剣が攻撃を阻む。
だがすぐさま祭は跳躍する。その体は鬼の頭上を超えてそこで一回転、空中で背後に回った祭はそのまま不安定な宙から斬撃を放つ。新体操の選手でもこんな芸当可能だろうか。
ところがその斬撃を器用に鬼は武器を背中で交差させて防いだ。
……鬼がなんであんな真似できるんだよ……。
まるであるはずのない知能が鬼の中で働いているかのようだ。
バンピールのやつ……改造してるな……。
鬼には本来獣並みの知能しかない。だがシュワちゃんはバンピールによって脳か、もしくはその存在を保っている魂とも呼ぶべき部分を何らかの方法でいじられている。シュワちゃんの脳内には今まで戦ったハンター達の攻撃方法がインプットされていた。そのため、同じ攻撃方法や似ている剣術を繰り出されても瞬時にその対処を反射的に行うことができているのだろう。
シュワちゃんに並の剣術は通用しない……。
祭の放った斬撃をまたしても受け止める。その瞬間、鬼がけたたましい咆哮をあげた。
耳をつんざくような轟音。鬼の両腕がブルブルと痙攣したあと細く引き締まる。
大きく振りあげられた剣の骨が高速で落下する。
それを予測して回避する祭。だが骨の軌道がグニャリと変化する。
「っ!?」
これには祭も驚いた。軌道は縦から横へと変わり、回避したと思っていた祭を襲う。
避けることはできない。かといってその小さな体でまともに受ければ死ぬ。
祭が取った行動は刀を斜めにそらして受けることで衝撃を別の方向に逃がすことだった。
振るわれた骨が刀と接触し、そのままロケットが発射するが如く刀に添って斜めに走る。
だが鬼の攻撃は終らない。今度は鬼の両足が痙攣して、その筋肉が細く引き締まる。
さらなる状態変化をしようとしていた。
状態変化とは死闘を繰り広げることによって、鬼のもつ闘争本能が刺激されてその肉体が変化するいわばレベルアップのようなもうだ。
重装悪鬼兵が二段階状態変化すればカテゴリーは一つ繰り上がって3から4になる。
カテゴリー4はプロでも簡単に手がつけられない存在で、単独での戦闘は推奨されていない。
「……祭ちゃん」
意図せず直江の口から彼女の名が漏れた。
どうやらそれは彼女に耳に届いたようだった。
「誰も死なせへん……うちが……うちが倒さな……!」
鬼の攻撃が速度を増して行く。連打、連打、連打。もはや踊るように攻撃を繰り出している。
それをまさに間一髪の距離で避けて行く祭。もう回避に余裕がない。時折軌道の変わるトリッキーな攻撃を放たれ、先刻同様刀を傾けて受けるがそれでも衝撃は殺しきれず、弾かれたように飛ばされる。だが決して彼女は体勢を崩さず、両足からはズザザと摩擦音が聞こえた。
鬼が再び咆哮を上げて、空気がビリビリと振動する。
肩甲骨が大きく盛り上がり、完全にカテゴリー4へと進化しようとしていた。
戦闘の邪魔にならないよう離れた場所にいる直江にもその異様な雰囲気が伝わり、背筋を悪寒が走った。
……勝てるわけがない……。
そう確信している直江とは裏腹に祭だけはこの瞬間を待っていた。
状態変化の隙をついて祭が動く。だが向かった先は鬼ではなく、直江の方向。まさかの後退である。鬼もそれを見て逃走するとふんだのか、状態変化が中断される。そして全速力で祭に突撃し始めた。
いったい何をするのか。
祭は直江の近くまで行くと、振り向き様に持っていた刀を鬼めがけて投げ放ったのだ。
それは自らの装備を捨てることとほぼ同義である。
案の定、クルクルと回転しながら飛来する刀は骨の剣で弾き飛ばされる。だがその瞬間、鬼の動きがほんなわずかな時間だが停止した。
なぜなら奴の脳内には、武器を投げ捨てるように攻撃を放つという戦法がインプットされていなかったからだ。そのため次に相手のする行動が鬼にはわからない。それが単純な刀による突きだとしても。
「―――〈魔爪〉」
祭は刀を投げたあと、すぐさま直江の刀を取って構えた。そして鬼が停止するや否や一瞬にして間合いを詰めると最速の突きを打ち放った。
突きが来たときには片方の骨で払ってから、もう片方で反撃すればいい。その対処方法に脳が辿りついたとき、既にその脳は貫かれていた。
思考器官を破壊された鬼の体が崩れ落ちる。
勝敗は決したのだ。