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サイド・メイン・サイド・プロット  作者: 村瀬ナツメ
第一章
51/54

51.賑やかな今日を背に

テトラは光人を見上げて問いかける。


「光人もこれが好きですか。」

「うん。大好き。」

「アップルパイはとても美味。光人の好物。記憶しました。」


 テトラは嬉しそうだ。自覚があるかは、やはり分からないが。皿を光人の方へと戻そうとするテトラを、光人は止めた。


「食べていいよ。」

「いいえ。光人の好物です。」

「そうだけど……テトラが美味しいって感じたなら、食べて欲しいなぁ。俺、自分の好きな物を、他の人も美味しいって言って食べてくれるの好きなんだ。」

「……?不可解です。しかし、そういうことならこれはいただきます。ありがとうございます。光人。」

「いえいえ。」


 テトラはまたアップルパイを一口大に切り分けて食べる。目を細めて、少しだけ口元を綻ばせて味わう姿が微笑ましい。その様子を見ていると、別の方向から視線を感じた。振り向くと斜め前に座っていたレベッカがこちらを半眼で見ていた。目があっても視線がそらされることはない。無言のまま一拍見つめ合い、やがてレベッカは小さくため息をついて目を閉じた。


「な……なに?」

「べつにぃ?」


 レベッカの様子を彼女の隣に座っているミシュリーが笑う。気づくとサトルも楽しそうににこにこと笑っている。コナツは変わらずに自分の分のシフォンケーキに夢中な様子だが。


「レベッカちゃん、素直に羨ましいとか言って良いんだよ。」

「誰もそんな風に思って無いわよっ。」

「レベッカちゃんもお年頃かぁ。」

「副書庫長っ!からかわないでください!」

「はっはっは。」


 光人はなんとなく、やっと察した。と、同時に気恥ずかしさに顔が熱くなる。テトラはそんな光人に首を傾げていた。


「あの、全然そんなつもりじゃなかったっていうか。」

「こっちが恥ずかしいからなんにも言わなくていいわよ。あー!アップルパイ美味しい!」


 自棄になったようにアップルパイを頬張っているが、しっかりと味わって食べているのがわかる。確かに、これはヤケ食いにはもったいない。テトラは今度、食べ終わったアップルパイの皿を名残惜しそうに見つめていた。相当気に入ったらしい。


「テトラちゃん、また一緒に食べようね。書庫長には敵わないけど、私もがんばって美味しいアップルパイ作れるように練習するね。」

「ミシュリーも料理や製菓を行うのですね。ぜひ、ご一緒させてください。」

「うんうん。レベッカちゃんと、コナツさんと……シャルロッテさんはお酒の方がいいのかなぁ。」

「ちょっと、アタシも呼んでちょうだい?」


 会話に突如割って入ったのは――思わず振り返った光人の背後から現れた圧倒的存在感。火燕焔神(カエンホタル)とはまた別の熱量を感じさせる、アウグスティーヌ・ストリギィであった。前に会ったときにしてあった化粧はしておらず、ツヤのあるセミロングのウェーブがかった髪を一つに束ねている。手入れされた口元のヒゲと筋肉質な体躯があいまって、初対面の時よりも男らしさを感じる。


「副書庫長が許してくれたですね……。」

「あン。セラちゃんが許してくれるはずないじゃなァい。ま、イイワ。アタシは戻るけど、ミシュリーもそれ食べ終わったらアタシの部屋来てちょうだい。お仕事よ。」

「はーい。」


 手を振ってアウグスティーヌは去って行った。ほのかに香った甘い香りは製菓の際に使った砂糖の香りだろうか。じゃあ自分もそろそろ、とサトルが立ち上がると同時に固い雰囲気の女性の声で館内放送が響いた――――。


「弐番書庫、ルートヴィヒ、ジェン・フランカ、篠宮光人は書庫長室に集合せよ。繰り返す――」


 それは間違い無く、この平穏な時間の終わりを意味していた。立ち上がったまま止まっていたサトルが、自分の名前を呼ばれてぽかんとしている光人に声を掛ける。


「光人君、所属決まってからのはじめてのお仕事かな?出発は明日だろうけど頑張ってね。」

「あ……これからすぐって訳じゃないんですか。」

「多分ね。緊急連絡じゃなかったから。あんまり緊張せずに行っておいで。」


 サトルはそう言うものの、光人の脳裏には魔獣の姿があった。ああいった敵とまた戦うことになるのではないか――その光人の手を、テトラがそっと握った。ハッとして振り返ると、彼女はまっすぐにこちらを見上げていた。


「ワタシは、今日はこのままサジェの元に戻ります。ワタシの事は気にせず、光人は招集に応じて下さい。」

「……うん。わかった。」

「同行できるか、サジェに相談してみます。」

「危ないかもしれないから……。」

「それでも、です。」


 あまり感じたことのない、テトラ自身の「意思」。それを感じて、光人は思わず頷いた。気圧された、という表現が近いのかもしれない。


「わかった。じゃあ、行ってくるね。」

「はい。」


 立ち上がると、次に光人に声を掛けたのはレベッカだった。


「一つ、伝言。もしあたしが明日出発までにあんたたちに会わなかったら……ジェンに伝えて欲しいんだけど。」

「ジェンに?」

「……あんまり、無理すんなって言っといて。」


 それだけ。とレベッカは顔をそらした。光人はそれを承諾して、そのまま食堂を後にした。だから、その後ろでどんな会話をしていたのかを知らない。


「レベッカちゃん、相変わらずジェン君のこと気にしてるんだね。」

「してないわよ。危なっかしいことして何かあったら、いろいろ処理するのあたしの仕事だし。面倒だからやめて欲しいだけ。」

「どう思います?サトルさん。」

「今はそういうことにしておいてあげようかな。」

 

  けらけらと笑う声と反論する声。賑やかな食堂は今日も職員が集まる。それを背に――光人は自分の所属する書庫の長、迅雷の元へと急ぐのだった。

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