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サイド・メイン・サイド・プロット  作者: 村瀬ナツメ
第一章
50/54

50.数量限定

 急かされるまま九番書庫を出て、コナツとは甘い香りの漂う食堂の前で別れた。急いでテトラの意識を人体に移し、サジェにスマートフォンを渡してから食堂にたどり着いた二人の前では二十人程度の職員が列を作っていた。女性職員が圧倒的に多いが、中には男性職員もちらほらいる。その行列を前に唖然としていると、列の前方から二人に声を掛ける者がいた。見慣れてきたピンク色のツインテール――ミシュリーだ。傍らには先ほど別れたばかりのコナツもいる。光人は並ぶ前にまずそちらに歩み寄った。


「ミシュリー、飯嶋さん。結局これ、なんの列なんですか?」

「今日はね……我らが四番書庫長がスイーツ担当なの。」

「あー、えっと、ティ……アウグスティーヌさん。」

「そうそう。実は書庫長、このディークス私立図書館で一番お菓子作りが上手でね?月末は特別にこの時間、数量限定で書庫長の作ったお菓子が食べられるの!」

「な、なるほど……それでこんなに並んでるんだ。」


 ミシュリーは自らの後ろに並ぶ行列を見た。既にかなりの人数がおり、最後尾では他の職員が受け付け終了のお知らせを扉の前に張り出しているらしい。落胆の声が聞こえ始めた。


「……一人二つまでなんだけど、今日はレベッカちゃんに一つ頼まれちゃってるしなぁ……。光人君たちにも食べさせてあげたかったなぁ……。」

「あ、ミシュリーちゃんがそういうことなら。コナツ先輩が一つ分けてあげるから二人で更にそれを分けるのはどう?」

「えっ、いいんですか?」

「輩風吹かせたいお年頃なのよねー。」


 ふふん、と得意げに笑うコナツの頭の上で一房だけ跳ねた髪がこれもまた得意げに揺れた。代わりに、と場所取りを任された二人がテーブルの並ぶ食堂内を見渡すと、そのテーブルのうちの一つに着いている茶髪の青年が手を振ってるのが見えた。白いポロシャツの彼は――


「サトルさん!」

「やぁやぁ、適性検査以来だね。そっちの子は?」

「あ、その……人型の方?のテトラです。」

「お久しぶりです。サトル・カスカベ。」


 サトルは目を瞬かせた。そして一拍の沈黙の後に、あぁ!と納得したような顔をして頷いた。


「そうか……なんか、予想以上に美人さんでびっくりしちゃった。あ、座って座って。どうぞ。」

「すみません。座れる?テトラ。」


 サトルの向かいにある椅子を引いてテトラを見ると、そっと光人の服の腕に手を添えてゆっくりと椅子に座った。まだ人体には慣れていないのだろう、とそれを受け入れる光人をサトルは優しい目で見ていた。


「光人君もおやつ食べに来たの?」

「サジェさんとか、飯嶋さんに食堂行った方がいいって言われて。来てみたらすごい行列でびっくりしましたよ。」

「ティーヌさんのは美味しいっていうからねぇ。あ、ミシュリーちゃんたち来たよ。」


 自分も席に着いた光人が振り返ると、ケーキとパイを一つずつ皿に載せて持ってきたミシュリーとコナツが歩み寄ってくる。途中で合流したらしいレベッカはサトルを見て目を見開いた。


「副書庫長!?食堂にいるなんて珍しいですね……?」

「気分だよ、気分。ボクだってたまにはちゃんとご飯食べるよ。」

「副書庫長……?」


 聞けば、サトルはレベッカの上司にあたるらしい。シャルロッテ、コナツ、サトルと順番に思い浮かべて光人は各書庫の書庫長は堅物ばっかりなのだろうか、とつい光人は考えてしまった。サジェやマヌエラ、アウグスティーヌがいることを考えれば堅物ばかりではないと明白だが、それでも偏っているのではないだろうか。

 そんなことを考えていた光人の前にコナツから一切れのパイと二本のフォークが差し出された。ほのかに漂う香りが甘く、優しい気持ちにさせてくれる。艶やかな網目状の生地の下にぎっしりと果肉が詰まっているのが見えた。


「アップルパイだよ。めちゃくちゃ美味しいから味わって食べてね!」

「すみません。貴重な物を。いただきます。」


 光人はフォークでアップルパイを半分に切る。先に、とテトラに差し出したが彼女は首を傾げた。


「光人、私はまだ食事が不慣れです。そして、アップルパイなる料理の情報が不足しています。」

「うーん……りんごを使ったお菓子としか……。食べてみたら分かるよ。俺が食べるところ見ててね。」

「はい。」


 じ、とテトラが光人の一挙手一投足を見つめている。そこまでしっかりと見つめられると食べにくいがこればっかりは仕方ない。フォークで少し小さく切り分けてから口へと運ぶ。本当ならそのまま手づかみで食べたい所だが、テトラがまねすることを考えると、自然と自制心が働いた。 さく、とパイ生地とりんごの果肉が音を立てる。みずみずしい甘みが口の中に広がり、鼻から香ばしい匂いが抜けていく。べたつかない甘さと食感が優しい刺激として脳に伝わる。これは確かに、文句なしに――


「うま……。」

「でしょぉ。」


 もう他のアップルパイは食べられないんじゃないか、と思ってしまう程だった。


「すっごく美味しいです。テトラ、食べられそう?」

「はい。いただきます。」


 皿とフォークと差し出すと、テトラは光人の動きをそっくり――多少たどたどしく――真似してアップルパイを口へと運ぶ。表情に変化が無いのが少し心配で、光人は結局自分もテトラが食べるのをじっと見つめてしまう。


「どうかな?」


 自分はシフォンケーキを頬張りながらコナツは光人を挟んだ隣からテトラに尋ねる。何度も咀嚼してから飲み込んだテトラは頷いた。


「とても美味です。」

「お、よかった。」


 コナツはまるで自分が褒められたように嬉しそうな顔で笑った。

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