5.主人公
「君、ジェン君が来るまで動いてるのは自分とタイムイーターだけだったのは覚えてるかな?」
「……、覚えて、ます。」
「タイムイーターに食われて時間が止まってしまった世界において、連れて帰ることができるのはタイムイーターの影響を受けずに動ける人間だけなんだ。大体ひとつの世界に一人だけ。ちなみにどういうポジションのキャラクターが影響を受けないかはまだ解明できてない。」
「主人公とかじゃないんですか?」
「むしろ脇役の方が多いのさ。主人公が連れてこられたことは…私が知る限りでは一人。特殊な事情が絡んだ人を含めたら二人だよ。」
「は?サジェさん、それ、どういう――」
情報量に頭をくらくらさせる光人の隣で、ジェンが焦ったような声を上げた。そして、光人を凝視する。三白眼は見開かれ、睨むのとはまた違った顔。
「そう。どっちかって言うと、ここからが本題。ジェン君に黙っててもらいたいのはこの先だ。」
ごく、とジェンが生唾を飲んだ。
「光人君、君はおそらく、私が知る中では初めての……純正の主人公だ。」
「俺が……、主人公?」
光人は今一つサジェの言っている意味が分からなかった。自分を脇役だと、今も昔も思っていたのだ。主人公らしい人物は、いつだって隣にいた。彼には――アサヒには夢があって、指導者の資質があって、善性の塊で。だから、自分はせめて彼の数ある友人の中の、その一人であることが誇りだったのだ。
「ま、待ってください!そんな、それじゃあ、オレのエフェクトを取ったのは……!」
「そう、主人公にだけ許された能力だ。」
「そ、そうか……そうだったのか……!いや、でも、こいつが主人公……?」
ジェンは期待と疑いがないまぜになった瞳を向けている。自分でも主人公だなんて自覚は無いのだから、光人からすればたまったものではない。ジェンの超能力を奪ったのは自分が主人公だから?意味がわからない、と光人は思わず頭を抱えた。
「光人君……自分が主人公だっていうのは、君も黙っていて欲しい。」
「黙ってるどころか、あの、本当に分からないんです。俺が元々いたところが物語の中だなんて、そもそも、そうだったとしても俺は主人公なわけがない!」
「自覚のある主人公っていう感じじゃなさそうだしね、どう見ても。それはわかるよ。……それに、あくまで君が主人公としての特性を持っているってだけだよ、まだ。過去、私がここで研究を始める前の、先代の残した主人公の特性と当てはまってるってだけだ。」
「特性……。」
「うん。私たちが超能力――エフェクトを使うことは説明したけれど。これは、人と貸し借りすることが可能なんだ。……って、大丈夫?」
光人の脳は完全に許容量を超えてしまっていた。ぐらぐらとする視界は明滅し、まともに座っていることすらできない。ぐらつく光人の肩を支えたのはジェンだった。
「おいっ!……サジェさん、とりあえず、ここまでにしませんか。エフェクトのことはまた……。」
「まぁ、これは続行不可じゃのう。とりあえず四番書庫に運んで。でも、エフェクトの説明は誰でもできるけんど、主人公の特性を説明できるのは多分私だけじゃけん、ここに連れてきたってな。」
「分かりました。」
ジェンはすぐに光人を背負う。光人は背負われるその時もまともに力が入らず、ぐったりと体重をジェンに預けてしまう形となった。サジェが部屋の鍵を開け、さっさとジェンは光人を連れ出す。その頃には光人は意識を再び失っていたのだが、それを見送ったサジェは、ううむ、と唸る。
「あいかーらず、責任感の強い子じゃなぁ……、まぁ、待望の『主人公』だからかねぇ。」
デスクの上の、すっかり冷めたコーヒーをすする。
「お?」
不意に向けた視線の先に、サジェは光る物を見つけた。
●●●
「あらあら、ジェン君。その子?新しく連れてこられた子って。」
「おう。なんか、いろいろ説明聞いてたらキャパオーバーしたらしくてよぉ。」
「うーん、それは……私もそうだったかも。とりあえずベッドで寝かせておこうね。」
四番書庫に訪れたジェンに応対してくれたのは、ピンクの髪を高い位置で二つに結んだ赤い目の少女だった。清廉な白を基調としたたっぷりのフリルとリボンが袖にもスカートにもあしらわれたワンピースを、これほど着こなせる人物をジェンは他に知らない。
「安心してね、大丈夫だから。目が覚めたら、なにか説明した方がいいことはある?」
「いや、サジェさんのところに連れてこいって言われてるから。」
「そうなの?特殊な体質とか?」
少女は二人を病室へと導き、手際よくベッドの用意をする。そこにジェンは光人を降ろして寝かせる。毛布を掛けてサッとカーテンを閉じた。
「あー、いや、それは何とも言ってなかった……、から、わからん。」
「そう?じゃあ、ジェン君はお仕事に戻っていいよ。新入り君は、私がちゃんとサジェさんのところまで連れて行くから。」
「……頼みたいけど頼みたくねぇ……。」
「どうして?……もしかして私、そんなに信用無いのっ!?」
「ちげーよ!いや、その、次の仕事が……始末書だから……。そいつの世話してる方が少しは気が楽かと思って……。」
「そうなの?」
きょとん、と目を瞬かせる少女を前に、そういえばなんでエフェクトがなくなったかとか、書いちゃまずいんだよな、そもそもよく分かんねーし、とジェンはさらに気を重くした。結局、光人が倒れたせいでジェンは光人の持つ主人公の特性というものがどういうものか、分からないままなのだ。そもそもこんな貧弱な主人公を求めていたわけではない――と、余計なことを考え始めたとき、眉間には少女の指があった。
「シワ寄ってるよ。始末書嫌なのはわかるけど、頑張って?終わったらルッツ君とお菓子でも食べに食堂にでも行ったらいいよ。」
「……そうする。ありがとな。」
「ううん、じゃあ、後は任せてね!」
ばいばい、と手を振る少女を後にして、ジェンは去った。その場に残った少女は光人の眠るベッドに戻り、カーテンを静かにめくって「目が覚めたら、ボタンを押してください。」と書かれたタグをサイドテーブルに置く。そして、通常業務に戻ろうとした時。
「あ、の……。」
「あら、起きちゃいました?」
「いや、えぇと……すみません、ここって……?」
「ここは四番書庫ですよー、って言っても、新入り君には分からないよね…。病室だよ。どうしよう、まだ寝たいよね?」
「できれば……めまいが……。」
「うんうん。大丈夫だよ。あ、お名前聞いてもいい?ジェン君に聞くの忘れちゃった。」
「光人……です。」
「光人君ね。私は、ミシュリー。ミシュリー・カリーヌ。今は寝ててもいいよ。起きたらまた、お勉強しようね。」
「はい……。」
ピンクの長い髪を結いあげたツインテールと赤い瞳は、光人がここに連れてこられてから見た人物の中では一番「キャラクター」と呼ぶのにふさわしい外見をしていた。だが、今は一番心を許していい相手に思えた。顔立ちも、声も、雰囲気も、優しさの塊のような少女だった。