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サイド・メイン・サイド・プロット  作者: 村瀬ナツメ
第一章
44/54

44.「寂しい」を教えた人

 食事を終えたミシュリーとレベッカは、テトラの病室を訪れていた。レベッカが光人が四番書庫に運ばれるに至った経緯を話すと、テトラはそうですか、と小さく呟いて俯いた。


「では、光人は今日、ワタシを迎えに来れないのですね。」

「そうなるわね。」


 ここに来るまでにレベッカはミシュリーから、テトラのスキルについての説明を受けていた。その関係もあって、毎晩光人の迎えを待っているということも。


「ちょっと不自由だろうけど、今日はここで寝てね。」

「わかりました。……少し、寂しい気がしますが。」

「元は機械だって聞いてたからどんな感じかと思ったら……結構感情あるのね。」


 レベッカは不思議そうにテトラの一見無感動な顔を見た。しかし、テトラは首を傾げる。


「人間という肉体に影響されている自覚はありますが、そこまで分かりやすいでしょうか。」

「いや、わかりにくいけど。」

「そうですか。……ワタシは、まだ感情がよく分かりません。しかし、『寂しい』は少しだけ分かります。それは、光人が教えてくれた感情です。」

「寂しい、を教えた……って。えっ、あいつもしかして結構酷いヤツ?」

「どういう意味でしょうか。」


 ミシュリーもまた口元に手を添え、何か思案している。ミシュリーは意味が分からずにやはり首を傾げる。人間は不可解だ――そう感じる一方で、テトラ自身に自覚は無いものの、そこにわずかながら羨望があった。彼女が助けになりたいと思う光人にも、感情という難解なシステムが備わっているが故に。


「ま、まぁいいわ。あたしも説明するのなんか難しいし。そうね、ひとまず……アイツが目覚まして迎えに来たら寂しかったって言ってやりなさい。」

「私もそれがいいと思うな。言えそう?」

「二人がそう思うのであれば、実行しましょう。ワタシが寂しい、のは事実です。」

「どんな顔するのか楽しみね。」


 ミシュリーはレベッカの言葉に頷いて笑った。


「じゃあテトラちゃん、私たちは自分の部屋に戻るけど……心配なこととかある?」

「問題ありません。飲食や排泄、睡眠などの機能は学習済みです。」

「なら大丈夫だね。でも……その……そういう、人間の生命活動的な部分は聞かれない限り報告しなくてもいいと思うよ。ちょっと恥ずかしいことかもしれないから。」

「そうですか?それならば今後そうします。改善点の報告、ありがとうございます。」


 やはりどこか機械的なテトラの受け答えに、二人は不安を覚えた。本当にテトラにはまだ、実感を伴った感情が備わっていないのだと感じたのである。


「改善って言っていいのか分からないけど……これからもっと、いろいろ知っていこうね。」

「あたしも、時間のあるときは手伝ってあげるわ。」

「助かります。それではお二人とも、お休みなさい。良い夢を。」

「アンタもね。おやすみ。」

「明かり消して行くね。おやすみ。」


 手を振って去って行く二人を見届け、ミシュリーが消灯してくれた暗い室内で、テトラはそっと毛布を被る。睡眠という行為――人間の本能としても備わっているその機能を自分が使うのは、テトラにとって不思議な心地であった。あくまでも機械、あくまでも主人公への助言をする『機能』であった自分が、こうして見守る対象であった行為をしている。


(寂しい。)


 自分が唯一しっかりと理解している感情。光人に教わった――誰かにそばにいて欲しくなる、というその感情をテトラは声に出さずに何度か呟くのだった。





●●●




 目を覚ますと白い天井。ここ数日で何度か体験した光景である。光人が重い体を起こすと――そこには、ここ数日どころか今までの人生でも体験したことのない光景があった。


「おはようございます。光人。」


 金髪碧眼の美少女が隣で自分の目覚めを待っているなどという状況に、光人は当然出くわしたことはない。思わず何度か目を瞬かせ、やっと口が開いた。


「おはよう、テトラ。あ、迎えに行けなかったね……ごめん。」

「はい。ですので、ワタシが迎えに来てみました。」

「えっと……ありがとう?」

「どういたしまして。」


 途切れる会話。体を起こしながら、どうしたものかとまだ動きの鈍い頭で光人は考える。そういえばテトラはどうやってここに来たのか。


「ここまで来るの、大変じゃなかった?」

「ミシュリーたちに補助してもらいました。まだ歩行は不慣れです。」

「そっか。がんばったんだね。」

「はい。……光人、ワタシは……。」


 テトラは口籠る。そわそわと纏った白いワンピースの膝のあたりを指で触っていた。光人はテトラの言葉を待った。あれこれと言って急かすのは良くない気がして。


「寂しかった、です。」

「え?」

「光人が迎えに来てくれないのは、寂しい、です。」

「そっか。そうかぁ……。」


 光人は急に申し訳なさと気恥ずかしさに襲われた。恐らく、自分はあの魔獣との戦いの後でジズベルトのいる部屋に戻る途中で気を失ったのだろう。少なくとも一晩以上は経っているはずだが、その間テトラに寂しい思いをさせていたのだろうと思うといたたまれない。しかし――同時に、テトラがずっと心配してくれていたことが、なんだか少しだけ嬉しかったのだ。


「テトラ、心配させてごめんね。俺、まだ弱いからきっとまた心配させちゃうかもしれないし、寂しくさせちゃうかもしれない。」

「……。」

「でも、もっと強くなるよ。そうしたらあんまり倒れたりしなくなると思うから。それまでは、ごめん。」

「……はい。」


 テトラは頷く。しかしどこかまだ、表情が硬い。言葉が続けられないのがもどかしくて、なにか彼女にかけられる言葉はないかと光人は模索する。――と、そこで扉は開かれた。その先にいたのは仁王立ちのレベッカと、その後ろで困ったように笑うミシュリーである。

 ぽかん、としているテトラと光人にレベッカら大股でずんずんと歩み寄る。そして、光人の顔を見て大袈裟に肩を落とした。


「光人。」

「はい。」

「アンタねぇ、テトラは寂しいって言ってんのよ。なんか言うことあるでしょ。」

「え……ごめん?」

「ちっがう!バカじゃないの!?」


 ぺちん、と小気味よい音と共に額に衝撃。レベッカに所謂デコピンをされたのだ。ふんっ、と苛立たしげに腕を組むと、怒りの籠もった眼差しで見下される。


「この子は、『今』寂しいの。この先また寂しい思いさせるかも、なんて話されたって嬉しくないわよ。アンタなんてまだ全然弱っちくて帰還処理しただけで気絶するのいつ治るかわかんないしっ。」


 語勢も荒く言いつのるレベッカに、なおも呆気に取られて見上げるだけの光人。見かねてか、レベッカの後ろからミシュリーが顔を出した。


「今日、光人君はサジェさんのところに武器の発注に行ってもらうんだけど、それ以外はお休みだよ。夜中じゃなければいつ行ってもいいみたい。」

「あ……もしかして……。」

「分かった?」

「うん。……今日は、テトラと一緒にいる。そうすれば、とりあえず今日は寂しくないよね。」


 テトラはハッと顔を上げた。そして、淡く――一見分からないほどに淡く、微笑んだ。


「――はい。寂しい、は解消されました。」

「よ、よかった。」


 照れくさくて思わずその表情から光人は視線をそらした。テトラが首を傾げる傍らで、レベッカがそうだわ、とやはり尖った目尻をもう一度吊り上げた。


「アンタ、テトラに寂しさを教えたってどういうこと?まさか出会ってからもう何回もこうやって寂しがらせてるんじゃないでしょうね。」

「違うよ!?教えたっていうのは、えーっと、テトラが寂しいって何か聞くから教えただけで……!」

「なんて教わったの?」


 慌てて弁明する光人を尻目に、ミシュリーはテトラに尋ねる。テトラは明快に答えた。


「誰かにそばにいてほしくなることだと教わりました。」

「なるほど……。そっか……。」

「ミシュリー、何その目は……。俺なんか変な教え方してる?」

「ううん。大丈夫。それなら尚更光人君はテトラちゃんと一緒にいてあげるべきだなって思っただけだよ。」


 にっこりと擬音が付きそうなミシュリーの笑顔に、そこはかとなく威圧感を覚える光人であった。

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