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サイド・メイン・サイド・プロット  作者: 村瀬ナツメ
第一章
43/54

43.気絶はつきもの

 がたがたという物音に、ジズベルトは重い腰を上げた。通信機でレベッカから連絡があったために無事なのは知っているが、それでも一応確認をしておく必要はある。それなりに危険な修行向かわせたというほんのごくわずかな罪悪感と、いつも使っている部屋で死人が出たら寝覚めが悪いという気持ちからの行動であった。扉を開けると、そこには目立つ外傷こそ少ないものの、気を失ってレベッカに支えられている光人と、それを気遣うレベッカ。そして満足そうかつ上機嫌な火燕焔神(カエンホタル)の姿があった。


「生き残ったか。……気絶はしてるみたいだが。」

「疲れもあるだろうけど、これは単に慣れの問題だろうな。」

「言ってる場合ですか!早く四番書庫に連れて行かないとっ……!」

「わかったわかった。そっちは頼む。いや、そのへんにウチのでかいヤツがいるだろうから手伝わせよう。」

 

 ジズベルトは図書館のカウンターに繋がる方の扉を開くと、コナツを呼びつけた。


「おいコナツ、篠宮たちが戻ってきた。太陽呼んでこい。」

「えっ、なんで太陽君?」

「篠宮が気絶してるんで運ばせる。シトロンだけじゃキツそうだからな。」

「気絶ーーーー!?」

「うるせぇ!!」

「書庫長に言われたくないですー!レベッカちゃんちょっと待っててね!太陽くーーーーん!」

 

 一瞬だけジズベルトの背後へと顔を出してレベッカへと声を掛けた後、急いでコナツは去って行く。その後ですぐに男の声で返事が聞こえたのを確認してジズベルトは振り返る。


「つーわけだ。シトロンは外のカウンターで待っててくれ。」

「了解しました。」


 光人を引きずって部屋を後にしたレベッカを見送り、ジズベルトは火燕焔神に問いかける。


「修行の成果はどうなんだ。」

「お前そういうの気にするんだな。」

「うるせぇ。とっとと結論を言え。」

「そうだなぁ……。」


 火燕焔神の手には、折れた刀が一振り握られていた。それを眺め、にんまりと好戦的に笑う。


「将来的に、本気の一騎打ちとかできたら面白そうだよなぁ。」

「……俺は本気で篠宮が不憫に思えてきた。」

「明日槍でも降るんじゃねぇか?」

「どういう意味だこのクソ神。」

「そのまんまの意味だろ。降らすなら刀にしてくれ。いや、降ってきた槍を端から打ち返すってのも面白そうだな。」

「なんで降る前提なんだ!」


 ジズベルトは付き合っていられないとばかりに首を横に振った。火燕焔神はその様子になおも笑う。


「冗談はともかく、なかなか骨のあるヤツだと見たね。多少捨て身なところが気にはなるが。」

「どっからどこまでが冗談なんだ?……ただのガキじゃねぇってか。」

「いんや、ただのガキだな。刀もまともに扱えないガキだ。ちょっとだけ譲れねぇもんってのを知ってるだけなんだろうよ。だが――なぁジズ。あいつ、ただのキャストか?」

「……オレの知る限りはな。」

「……お前の知る限りは、か。ま、俺の勘違いかもしれねーな。」


 咄嗟に嘘をついたジズベルトをこれといって追求することもなく、火燕焔神はずかずかと部屋を進み、先ほどレベッカが出て行った扉へと向かう。


「何かあったのか。」

「アイツがエフェクトで斬った魔獣の傷、修復しない箇所があってな。それがどういうことなのか、俺には分からねぇ。だが、アイツは何かこれからめんどくせぇことに巻き込まれる気がすんだよな。」

「神様の直感か?」

「神様の直感だ。お告げなんてのは柄じゃねぇが、な。」

 

 今度こそ火燕焔神は部屋を出て行った。ジズベルトはすぐに先ほど光人たちが修行のために干渉した物語を確認する。書見台に広げられたままのその本を取り、ソファに座って広げると、確かにそこには自分が見逃した記述――即ち、魔獣はこの物語の主人公である勇者の扱う光の聖剣以外では殺せないという『制約』が書かれていた。聖剣以外でつけた傷は多少時間はかかるものの傷は修復され、再び獲物を狙うとも。


「……勘の鋭いヤツ。」


 火燕焔神の直感は間違っていないだろう。ジズベルトの脳裏に刻まれた物語の数々――その、いくつもの疑似体験に似た記憶を元に考えても確実に光人は何かに巻き込まれる。


「――主人公の宿命、ってやつか……。」


 ジズベルトは本を閉じる。そして普段どおりの業務へと戻っていくのであった。



 ●



 ミシュリーのその日の仕事は、テトラの配属先と彼女のスキルを上手く生かす方法を探すことであった。最終的にはサジェに預けることが決まり、現在はテトラを元の病室に帰して、自分は夕食を取ろうと考えているところである。そんなミシュリーを引き留める声があった。


「ミシュリー!」

「レベッカちゃん。どうしたの?」

「今時間ある?」

「うん。お仕事一段落したからね。今のうちにお夕飯にしようと思ってたんだけど、一緒に行く?」

「行く。」


 異様に疲れた様子のレベッカは、光人を四番書庫へと送り届けた後であった。そんな事情は知らずとも、友人を気遣ったミシュリーはひとまず食堂でレベッカを椅子に座らせ、自分は二人分のサンドイッチと温かい紅茶、カスタードプリンを霖から受け取る。それをテーブルに置くと、レベッカはひとまず紅茶を一口飲んで深くため息をついた。それは失望ではなく、安堵のため息である。


「ごめん。ありがと。」

「いいのいいの。どうしたの?すっごい疲れてるみたいだけど。」

「めちゃくちゃ疲れたわ。今日はもうなんの仕事もしたくない……。あたしやっぱり実戦って嫌。」

「実戦?参番書庫が出るような仕事、今無いよね?」

「仕事って言うか……新人の訓練に巻き込まれたのよ。もー、ほんっとに、ありえない……。」

 

 ミシュリーに促されてレベッカはサンドイッチを口に運ぶ。みずみずしい野菜の食感と、程よい塩気のあるソースが体に染み渡っていく。


「新人……もしかして光人君?」

「そう、その光人よ!エフェクト使うなって言ったのに使うし!」

「光人君エフェクト使えるようになったんだ。」

「無自覚だったみたい。……だから、怒るのもおかしいんだけど。」

「あ、もしかしてさっきウチに誰か運ばれてきたって聞いたけど……それも光人君?」

「そうよ。帰還処理したら気絶しちゃったのよね……。相当疲れてたみたい。」

「そっかぁ。」


 自分も紅茶を飲み、光人についてミシュリーは考える。黒髪のどこか気の抜けた表情の少年。最初は不安で涙し、昨日の夜には強くならなければと前を向いていた彼は、一体どんな成長を遂げるのか。少なくとも、戦闘適性があるとはいえ、戦うのは好きそうではない。


「訓練かぁ。ジェン君と?」

「ううん、焔神(ホタル)さん。」

「焔神さん!?」


 一体どういう経緯で火燕焔神――ディークス私立図書館の中でも特に武闘派と名高いその人を師に選んだのか、あるいは選ばれたのか。その詳細を知らないミシュリーはひたすらに目を白黒させた。しかし、レベッカもまた、詳細を知る者ではない。


「レベッカちゃんもよくついていったね……?」

「焔神さんと、ジズベルト書庫長に言われたら断れないわよ。いろんな意味で怖いわ。」

「その組み合わせは……確かに怖いね……。いろいろ……。」

「だからしょうがなく回復係としてついていったけど……はぁ……。」

「お疲れ。」


 そしてふと、ミシュリーは気づく。


「もしかして光人君、今日は部屋に戻らないで病室かな。」

「そうなるんじゃないかしら。目覚ましても一応検査とかあるだろうし。」

「だよね。それじゃあテトラちゃんに言ってきた方がいいかな……。心配してたし。」

「テトラ……?」

「光人君がジェン君と一緒に連れてきた新人さん。珍しいスキルを持ってるの。そうだ、きっとレベッカちゃんとも仲良くなれると思うし、この後会ってみない?」

「……まぁ、会うくらいなら。」

「よし!決まりね。あ、私サンドイッチおかわりしてくるけど、レベッカちゃんどうする?」

「私はこれで十分よ。」


 レベッカはおかわりを取りに行ったミシュリーの背中を眺めながら、カスタードプリンを口に運ぶ。卵の風味を活かしたまろやかな甘みと香ばしいカラメルが、優しく心を癒やしていく。回復術では治せない傷と疲労はこういうものを食べて治すに限る――ミシュリーも、きっとそれを分かっているから何も言わずに持ってきてくれたのだろうと思い、レベッカは自然と頬を緩めるのだった。

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