4.登場人物
「なんっ、すか。サジェさん。」
「ジェン君。光人君の左手掴んで、いつも通りエフェクトを返してもらってみてくれぇや。」
「はぁ。」
「光人君は何も借りた覚えは無いだろうけど、返却しますーって思っててな。」
「はい……?」
言われたとおりに、超能力を返す、返却する、とあやふやな気持ちで念じる。ジェンの手が、光人の左手に触れる。妙な緊張感に光人は再び鳥肌を立てた。
「あ、戻ってきた。」
「お、成功だ。」
一体何をされているのか、光人には全く理解できなかった。ジェンは戻ってきたと言ったが、光人はさっきからまるで何かが変わったという感覚はないのだ。ジェンはさっさと光人の手から自分の手を離すと、握っては開いてを繰り返す。
「どうだい?」
「問題なさそうです。性質の変化も感じません。」
「よしよし。ひとまずジェン君の件は解決ずら。」
「にしても、なんだったんですか、こいつ。」
「我々の仲間になれる能力がある……どころの騒ぎじゃないんよ。」
逡巡するサジェは、先ほどまでのどこかおどけたような顔を潜めていた。
「……ジェン君。君、口は堅い方だっけな?」
「はぁ……?まぁ、軽々いろいろ言う方じゃないとは思いますけど。でも嘘と隠し事は下手っすよ。」
「君分かりやすいからなァ……。でも、君は知っておいた方がいいだろうから話すけん。これから君に話すことは誰にも言うたらいかんぜよ。」
「はぁ……。」
サジェはその場で待つように光人とジェンを置いて扉まで歩いていく。スライド式のドアから顔を出し、扉の付近に誰もいないことを確認する。扉を閉め、カチリと鍵もして、から二人の元へと戻る。そして、小声で話す。
「……光人君、君にもなるべくわかるように話そうと思う。とはいえ、あまり時間もないから、ダイジェスト版じゃけど。詳しいことは追々話すから、まずは大人しく聞いてけれ。」
「は、はい。」
「よし、いい子。」
光人どころかジェンも現状を読み込めていない様子だったが、空気を読んだのか口をつぐんでいる。
「光人君、君は今フィクションの世界に入り込んだと思ってほしい。自分のいた世界では、きっと小説や絵本、ゲームとして存在していた『架空の物語』に、足を踏み入れているんだって。英雄でも稀代の魔術師でもない君は、かわいい妖精の導きでも、まだ見ぬお姫様の祈りの力でもないけれど、この世界に連れてこられたんだ。」
そう、自分でも言った通り、何の変哲もない高校生だったのだ、光人は。それが、超能力で氷漬けにされて、今は違う世界にいるのだという。
「君の家族も、友達も、恋人も、この世界のどこを探したっていないんだ。」
「……恋人は元の世界にもいませんよ。」
「そうかい?そりゃ失礼。で、だ。なんでそんなことが分かってるかと言うと、君が初めてじゃないんだ。この世界に他の世界やら次元からキャラクターが連れてこられることなんて。」
「キャラクター……。」
「そう、キャラクター。ここにいるジェンも、もともとこの世界の住人じゃない。テレビゲームだっけ?」
「はい。ゲームの……登場人物、でした。」
ジェンは、心なしか暗い面持ちになった。目をそらし、ぎゅっと拳を握る。
「ジェンもかつて、君と同じように訳も分からないまま私たちにこの世界に連れてこられて、今はここにいる。そういう人がいっぱいいるんだ、ここには。しかしだ。基本的に、自分たちの世界に戻るために、あるいは仲間を元の世界に戻してやるために、私たちは戦ってる。」
「この世界を救ってほしい、とかじゃなくて?」
「そうとも。この世界は、誰かの救いを求めてはいないのだよ。」
「じゃあ、どうして異世界から人を連れてきたりするんですか?」
「ごもっともな質問だね。指摘が鋭くて私は嬉しいよ。」
そういえば、どこの訛りとも分からないような話し方はどこへ行ったのだろうか。光人の脳裏の、そのまた片隅をそんな疑問が駆け抜けた。きっと現実逃避の一種だ、などと思う暇もなくサジェは口を開く。やはり、声を潜めて。
「私たちは、……あれだけ手荒な真似をしておいて何を言ってるんだと思うだろうけど、人を攫ってきて仲間を増やしているわけではなく、死を待つばかりの君たちを保護しているんだ。」
「保護?」
「そう、保護。君を襲った白い毛玉は覚えてる?」
「あ、あの、なんか、ウサギか猫みたいな。」
「そうそう。あれを『タイムイーター』って私たちは呼んでる。人と世界の寿命を食べて生きながらえる謎のモンスターさ。詳しい生態はいまだ不明でね。」
そういえば、と確認したが、破れた制服の袖から覗く腕はいつの間にか噛まれた痕がきれいに治っていた。あの時はあんなに痛くて、血が出て、ひどい虚脱感が襲いかかったというのに。
「君の世界は、突然のタイムイーター大量発生により寿命を食われたんだ。世界の寿命が尽きる、っていうのは……一言で言えば、物語の終幕。ジ・エンド。しかし、タイムイーターによる終幕は、意図されたものではない。」
「すみません、よく……分かりません。」
「そりゃそうとも。本で例えようか。上巻が読み終わっていざ下巻が出るのを待ってたら、下巻を書き終える前に作者が死んだとしよう。その物語は、中途半端におしまいになるよな?」
「それは、……あ、そうか。ちゃんと完結しないで、終わりになっちゃうってこと、ですか。」
「そうそう。そういうこと。君の生きていた世界も、私たちからすれば異世界。君の世界は誰かの描いた漫画で、たくさんの読者がいたかもしれない。そんな、君の登場する物語はタイムイーターによって急に打ち切られた。終わった物語の登場人物はどうなると思う?」
「物語は終わってるわけだから……登場人物も、そこで終わり?」
「そう。途中で打ち捨てられて、誰からも忘れられた世界の登場人物なんて用済みってわけだ。物語の終わりをしっかり迎えられて、納得がいっているならまだしも、突然タイムイーターの餌になるのは虚しいだろう?意識を保って生きているならなおさらね。我々としても敵であるタイムイーターの養分はなるべく減らしたいから、彼らの餌食になる前に生存者を保護して回るってわけ。」
「でも、俺だけなんですか?それなら皆保護されるべきなんじゃないですか……!?」
光人の脳裏にはもちろん親友の姿があった。隣にいるジェンに、死体と称されてしまった親友。彼も連れてきて、治療ができれば助かったのではないかと言いたいのだ。




