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サイド・メイン・サイド・プロット  作者: 村瀬ナツメ
第一章
39/54

39.キャストとアクターの差

 

「ちょっと、大丈夫?」


 ぺちぺち、と頬を叩かれる感触で光人は目を覚ました。曇天を背景に、金色の髪と気の強そうな碧の瞳を認め、ぼんやりとした意識のまま見つめると瞳の持ち主――光人の顔をのぞき込んでいたレベッカは勢いよく顔をそらした。


「気づいたならさっさと起きなさいよ!いつまでも寝てると死ぬわよ!」

「ご、ごめん。起こしてくれてありがとう。」

「べ、別に……。」


 なぜか少し不服そうなレベッカ越しに、火燕焔神(カエンホタル)の背中が見えた。荒野と呼んで相違ない、植物の少ない地面から体を起こしてその背に近づくと、火燕焔神は振り向かずに話し始める。どうやら光人が目を覚ますのを待っていたらしい。


「丁度いいところに干渉できたみたいだぜ、弟子よ。あの山が見えるな?」


 示された方向にはそう遠くない位置に岩山があった。樹木や草に覆われずに岩肌が露出しているだけで、特に急勾配の坂などがある様子はない。ともすれば丘とも呼べるそこを指さし、火燕焔神は光人の返事も待たずに言った。


「あれはこの物語で猛威を振るっている魔獣の巣の一つだ。ああいう山の麓に穴を掘り、地下洞窟を作って生活しているそうだ。世界の各所にあって旅人を襲うらしい。お前には修行としてそいつと一人で戦ってもらう。」

「ちょっ……焔神さん!本当に最初から実戦させるんですか!?しかも、一人でなんて……!」

「習うより慣れろってヤツだ。やれるな、光人。」

「……はい。」

「アンタねぇ……!」


 止めようとするレベッカに、光人は困ったような顔で笑いかけた。思わず言葉を飲み込んだ彼女は大きく息を吐く。わかったわよ――と小さく言って、鋭い視線を光人に向けた。


「なるべくアンタが死なないようにあたしも頑張る。でも救護専門じゃないし、治せない傷もあるんだからね。調子乗らないこと。わかった?」

「うん。気をつける。」

「話しはついたか?なら行くぞ。」


 いまだ不安そうなレベッカをよそに、火燕焔神はやはり肩で風を切るように歩く。まっすぐ敵の――魔獣の巣に歩みを進める。光人は手にした刀を握りしめて、やはりその背を追った。ここ数日で、何度人の背を追っただろうか。自分は今までもこれからも――誰かの背を見て生きていくのかもしれない。それに、安心しているのかもしれない。同じく火燕焔神の背を追って隣を歩くレベッカは、やはり厳しい面持ちであった。


「そういや光人、お前エフェクトは使えんのか?」

「使ったことないです。どうやって使うかもわかりません。」

「ま、キャストである俺たちは、こうやって他の物語に干渉したときにエフェクトは基本的に大して使えんからな。そこはまた今度にするか。」

「え、使えないんですか?」

「なんだ、知らなかったか。あー、説明がめんどくせぇな。レベッカ、頼む。」


 レベッカは、ますます厳しい表情になった。そんなことも知らずに来たのか、と顔に書いてある。

 ――昨日の夜、寝る前にテトラに聞いておけばよかったな。たぶん、テトラは知ってただろうし。


「使えないっていうか、極端に出力を制限されるのよ。あたしたちアクターに比べてね。火のエフェクトなんかはわかりやすいわ。文字通り火力が下がるの。特に、魔法の存在しない物語に干渉したときはほぼ使えないと思った方がいいわね。」

「行き先にもよるの?」

「そうよ。キャストは、物語そのものの約束事を破るのがものすごく難しくなるの。物語の世界観を極力壊せないようにされてるって言ってもいいかもしれないわね。私たちは、これを制約、って呼んでる。」


 物語の世界観を壊さないように――邪馬台国の時代を舞台にしたお話に急にスマホを持ち込むなとか、そういう話しだろうか、と光人は考える。それはそれで物語性も生まれそうなものだが、今はそういう話をしているわけではないようなので口を噤む。少なくとも、自分はそういうイレギュラーな要素には基本的になれないということだろう。


「なんにせよ、体にも負担がかかるし、エフェクト使う練習するならディークスに戻ってからにした方がいいわね。」

「あそこでは使えるんだ。」

「未だに理由はよく分かってないみたいだけどね。とにかく、使い方が分からないなら大丈夫だとは思うけど、ここでは使わないように。」

「わかった。……それじゃあ、ジェンってすごいんだなぁ。」

「ジェン?なんでよ。」

「あれ?ジェンってキャストなんだよね?俺が結構深い穴に落っこちたとき、風の力で助けてくれたんだ。」


 光人の発言に、レベッカの尖り気味の目尻が更に鋭く尖った。


「アイツは何回無茶するのやめろって言ったら聞くのよ……!」

「え?」

「……でも、アンタのこと助けたのよね。」

「うん。その……俺がジェンのそばをちょっと離れちゃって。それで落とし穴みたいなのに落ちちゃったんだ。だからジェンは悪くないよ。」

「分かってるわ。アンタ、なんかボーッとしてるし想像つく。アイツ、本当にお人好しだから……。」


 レベッカはどことなく切なげな表情で、何かを思い出しているようだった。なんとなく、今話しかけたら悪いような気がして光人は押し黙った。火燕焔神は二人から二、三歩先を歩いていて、こちらの状況には興味が無いらしい。


「ごめん、ちょっと感じ悪かったわね。」

「いや、こっちこそなんかごめん。」

「いいのよ。……干渉先の物語との相性もあるけど、ジェンがアンタを助けたみたいに自分の体にかかる負担を無視して出力を上げるっていうのは、単純にすっごく疲れるの。それも越えて――物語の制約を完全に無視してフルパワーになる方法もあるけど……そっちは最悪寿命を縮めるわ。」

「……!そんなに負担なの?」

「ええ。早死にしたくないなら、極力使わない方がいいわね。」

「そっか……。」


 光人は自分の左手を見た。サジェから借りた光のエフェクト――どうやって使ったらいいのかも分からず、ただそこに宿っているという感覚すら希薄なそれが、本当に遠い世界の話しのように聞こえた。そもそもは、本当に遠い世界の話しであったのだが。光人には、特別長生きしたいという気持ちも、早く寿命を終えたいという気持ちも、どちらもない。ただ死ぬ気で強くなってアサヒを助ける――その気持ちだけが今、光人を動かしている。最悪死んでも、何らかの方法でアサヒが助けられればいいとすら思っていた。

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