32.いつか倒すべき敵
しかし、一応光人とジェンの話には耳を傾けていたのは事実のようであった。シャルロッテは光人の手元に向かって話しかける。
「そこのお魚さんもね、どーんと!頼っちゃいなさい!」
「ワタシはテトラ。心強いです。シャルロッテ。」
「テトラ、テトラね。覚えたわ。ほら、なんかないの?」
正直に言えば心配事はいくらでもある。しかし、もっとも心配なのは――
「……タイムイーター・コアって、見つかるものなんですか?」
「それ、アンタの世界の寿命食べた奴って話よね?まぁ……正直時間はかかるでしょうね。でも実際に見つけて討伐成功させて元の世界に帰った子もいるわよ。」
「昼間言っただろ?それを探すためにもこの書庫に配属になったんだろうって。」
「そうそう。他の書庫にいるよりはずっと見つけやすいと思うわ。」
「見つけたときって分かるものなんですかね?」
白い綿のような生き物を思い出す。状況が状況だっただけに細部までは覚えていないが、さほど個体差があるようには見えなかった。サジェは大本になっている「コア」を探し出して討伐すればいいと言っていたが、それも見分けがつくものなのか。
「分かるよ。」
相変わらず酒を飲むのをやめず、ふらつき始めたシャルロッテの頭を自身の肩へと移動させつつ、ミシュリーが頷いた。
「見たことあるの?」
「うん。取り逃がしちゃったけどね。他の人の任務で負傷者が大勢出たって言うから応援に行ったの。そしたら、私のいた物語の寿命を食べたタイムイーター・コアがいた。」
「初耳だな。」
「取り逃がしたなんて恥ずかしくて言えないよー。今日は特別!光人君が不安だって言うから!」
「えっ、なんか……ごめん。」
「気にしないで。それでね?見た瞬間、普通のタイムイーターより大きいからまずそれがコアだっていうのはすぐに分かったの。だけど、それ以外に何か特徴があったわけじゃなくて……それでも、見た瞬間に直感したの。これだ!って。」
「そっか……。」
「なんで取り逃がしたのよ。そんなに強かったの?そのコア。」
シャルロッテは空になったグラスを少し寂しそうに眺めている。どうやらボトルも同じく空らしい。
「はい。私が戦闘向きじゃないのはもちろんなんですけど、それを差し置いても強かった。当時派遣されたのは七番書庫の人たちだったのに、それでも皆大けがしてたし……。」
「タイムイーター・コアにも個体差はあるけど、七番書庫が敵わないんじゃ、相当強いわねぇ……。」
「……やっぱ、強くならないとだめかな。」
光人の問いにミシュリーも、シャルロッテも頷く。ジェンが、小さく拳を握ったのが見えた。
「自分の物語を、自分で取り戻したいなら、そうだね。強くならないといけない。」
「そうよぉ。誰かがたまたま倒したタイムイーターが自分の物語の寿命食べたやつでしたーとか、なんか間抜けだし。できれば自分でなんとかしたいわよねぇ。」
「もー。私みたいにそれを待つ方が早そうな人だっているんですからねー?」
「んふふ。ごめんごめん。」
光人にとって、最終的な目的は元の世界に戻ることではない。元の世界に戻ってアサヒを助けることだ。そのためにタイムイーター・コアを探して討伐する必要がある。そして更にそのために――強くならなければいけない。技術はもちろん、単純に筋力や体力が圧倒的にこのままでは足りないだろうということは既に光人自身もよく分かっていた。
「じゃあやっぱり、書庫長に言われたとおりに師匠になってくれる人を探さないと。」
「あ、言われた?ジェンもここに来た頃言われてたわよねぇ。」
「言われましたね。いい人が見つかって良かったです。」
「自分で探した?」
「当時オレをここに連れてきた奴にも手伝ってもらったな。……そうか、もしかしなくてもこれはオレが面倒見る流れか。」
「助かるなぁ。」
「意外と強かだなお前。しょうがねぇから付き合ってやるよ。」
「ありがとう。」
いくらか冷めて飲みやすくなったミルクをジェンは飲み干す。シャルロッテが焦点の定まらない目でジェンをにやにやと見ている。
「聞いた?ミシュリー、しょうがないから、ですって。後輩ができて嬉しいならそう言えばいいと思わない?」
「素直じゃないですね。」
「副書庫長……。ミシュリーまで……。」
「光人ぉ、そいつもねぇ、書庫長と一緒で素直じゃないのよぉ。」
「副書庫長、寝ましょう。」
「いやでーす!もっと飲ませろー!」
「ダメですよー。」
光人が何か口を挟む間も無く、ジェンとミシュリーによってソファの上に横にされたシャルロッテは空を掴もうとするように手をさまよわせている。どこか寂しげな動きをするその手は、やがて静かに下ろされていく。
「おさけ……。」
「ダメですって。この前の健康診断やばかったって言ってたじゃないっすか。」
「うっさぁい。あー……まったく、口うるさいお子ちゃまばっかなんだから……。んん……。どこ行っちゃったのよ……もう……。」
「毛布ならここですよー。」
そのままぶつぶつと言って寝始めた彼女の上に慣れた手つきでミシュリーは毛布を掛けてやる。
「光人君の悩み、少しは解決したかな?」
「うん。いや、不安は不安だけど、でも……何をすればいいかはちょっと分かったと思う。」
「よかった。ジェン君も光人君の師匠さん探し頑張ってね?」
「おう。そういやテトラは何かあるのか?副書庫長寝ちまったけど、答えられそうなら答えるぞ。」
意識して大人しくしていたのか、それとも何かの情報を収集していたのかは分からないが、発言していなかったテトラの声がスピーカーから響く。
「では、一つ。ワタシも誰か、師匠を探すべきですか?あまり戦いの役には立ちそうにありませんが。」
「……戦闘力とは別の師匠を探した方がいいんじゃないかなぁ。明日、私と一緒にサジェさんにお願いしてみようか。配属先も決めちゃいたいだろうし。」
「はい。ではミシュリー、明日は貴女と共に。」
「うん。また明日。私は自分の部屋に戻るね。シャルロッテさんはこのままで大丈夫だから、二人も明日に備えてそろそろ寝てね。」
「そうするよ。」
「ん。光人、どうせ明日一緒に飯食いに行くことになると思うけど、その後も俺と一緒に師匠探しだ。書庫長には俺から言っとく。朝は部屋で待ってろよ。」
「わかった。よろしく。」
ミシュリーが部屋から出て行く。シャルロッテの寝息が聞こえる中、彼女が使っていたグラスを持ち上げる光人をジェンは不思議そうに見ていた。手際よく自分のグラスとワインボトルも一緒に流しに運び、軽く洗い始める頃にはジェンは光人の隣に立っていた。
「あ、ジェンのカップも一緒に洗おうか。」
「……助かるけどよ。お前、なんか慣れてんな。元の物語でもやってたのか?」
「うん。よくやってた。あ、もしかしてこっちでやるとなんかおかしい?」
「いや、別に。副書庫長はそういうの、そのままにして帰っていいっていつも言うから……。まぁ、結局自分で洗うんだけどな。ちょっと新鮮だっただけだ。」
「そっか。余計なことじゃないならいいや。」
「余計なことどころか、洗ってあれば喜ぶ。副書庫長、面倒くさがりだから。」
「でもそのまま帰っていいって言うの?」
「……いい人だからな、あの人も。」
苦笑混じりの言い方。見ればジェンは呆れたような顔をしていた。しかしそこに嫌味はない。信頼感――とはまた少し違うのかもしれないと思いつつ、そこに温かさを感じて光人は少しばかりの羨望を抱く。部活に精を出すことも、社会にもさほど出たことがないまま過ごしてきた日々の中では、馴染みの薄い感覚だった。




