3.身体検査
「んで、ジェンくんはエフェクトがなくなったん?」
「とりあえず、自分のスロットにエフェクトの存在は感じられません。」
「なるほどぉ……?」
妙な訛りの女性の声と、聞き覚えのある少年の声。光人が僅かに意識を取り戻した時、聞こえたのはそんな会話であった。彼らは誰なのか、気を失う前に自分が何をしていたのか、ここはどこなのか。思考は疑問ばかりで埋め尽くされるが、一拍置いて脳裏によみがえる、血まみれの親友。
「!!」
光人は気づけば目を見開いて、寝かされていたベッドのような物の上で体を起こしていた。傍らを振り向くと、気を失う前に会った黒髪の少年と、見覚えのない金髪の女性が驚いた表情でこちらを見ている。深い青は見当たらない。SF映画にでも出てきそうな白い壁の近未来的研究機関、それが今現在の周囲に広がる環境への印象であった。
「お?おお……解凍が終わったみたいやね?」
「サジェさん、気を付けてください。」
「わかってらぁね。」
サジェ、と呼ばれた金髪の女性は腕を後ろで組んでから、光人に歩み寄る。咄嗟に後退ろうとして、光人は自分の足が凍っていることに気づいた。
「まぁまぁまぁ、そう怯えんといてな。あぶにゃあ目に遭って警戒するのも分かんだけど、ねぇ?落ち着かんと、話し合いもできねぇら。」
「……えっ……と?」
「私はなぁ、この研究所の所長でな?サジェっちゅーんよ。君、名前は?」
「し、篠宮光人、です。」
「シノミヤくん……いや、光人の方が呼びやすかね。光人君でええか?」
「はぁ……。」
呆気に取られ、光人が思わずサジェの背後に立っている少年――ジェンに目を向けると、何となく決まりの悪そうな顔で視線をそらされる。
「君、ジェン君のエフェクトをかっさらっちまったっていう自覚はあんのかい?」
「エフェクト?がなんなのかすら分かりません……。」
「ほぉん?そりゃま、そうか。君、氷漬けにされて何の説明もなく連れてこられとるわけじゃし。」
ふむふむ、と上着のポケットからサジェはメモ帳とペンを取り出す。裾の長い上着は白衣のようだった。
「君、超能力とか霊感とか、んんー、あとはなんか……あー、魔法!魔術!そういうもののたしなみは?」
「ないです……。そういうのは全部フィクションだと思ってます。……いや、思ってました。」
そう、超能力も魔法もすべてフィクションだ。少なくとも光人はそう思っていた。幽霊は、少し信じていたけれど。見えないのでやはりフィクションに近い。しかし、気を失う前に見た諸々の出来事を考えると、もうとてもフィクションとは思えるはずもなかった。
「そうかぁ。特殊な家系の生まれとかは。」
「え、お、……僕がですか?」
「他に誰がいるとね?」
光人と、サジェ、ジェンの他に人影はない。
「ええっと……、心当たりはないです。あの、本当になんにもない、普通の人間です。高校生です。」
「コウコウセイ。あぁ!学習施設に通っている青少年!ほんなら、そうやなぁ……なんか知ってるわけもありゃあせんのう。」
「エフェクトって……?」
「君の言う、フィクションの力じゃい。もっとも、私らからしたらノンフィクションだに。」
「つまり、魔法が使えるんですか?」
「そそ、君も気を失う前に氷の力を見たっしょ?あれよ、あれ。まぁ、後ろにいる彼は今使えないんだけどねぃ。」
不服そうな、サジェの背後。
「君に魔法の力を奪われて、能無しなんよ、彼。」
「う、奪ってないですっ!」
「まぁまぁ、それはとりあえず信じてあげますとも。でも、彼もずっと能無しって訳にもいかん。ちょっと身体検査にご協力いただきたいに、構わんか?」
「検査って、どんな……?」
「死の危険も怪我の危険もひとまずなかよ。」
「……わかりました。」
「よかったぁ、断られたらどぎゃんしよ思ってな。」
若干何を言っているのか意味を取りづらい言葉に、光人はうなずく。これで疑いが晴れるのならひとまず安心できると思ったのだ。少なくとも、さっきから一言も発しないジェンが、その三白眼で睨みつけてくることは無くなるだろうと。
「っても、君はそこで寝転んでてくれたらよか。おとなしゅうしといてな。」
再び寝かされてから、左袖をめくり上げられて光人は少し緊張に震えた。腕に取り付けられたコードが冷たくて皮膚が泡立つ。ウィン……と機械の稼働音が聞こる。誰も言葉を発しない。眼球まで凍り付いたように動かせない光人を、それでもジェンは睨んでいた。
「お……おお?」
「サジェさん?」
「あー、こりゃまた……ううん……。ジェン君、しばらくこっち見ちゃいかんよ。」
「はい?」
「そのまま光人君見ててくんろ。」
「はぁ……。」
いやしかし、でも、とサジェはぶつぶつ言っている。光人は内心冷や汗にまみれていた。自分に非などまったく無いと思っていたが、これは。
(まさか、本当になんかしたのか?でも、あの時俺は、何もできなかったはず……。)
奪った、かっさらった、と彼らが言うように自分がジェンから何かしらの能力を取ってしまったのなら、自分に何か宿っているというのか。しかしそんな感覚はない。突然自分が超能力者になってしまうなんて、それこそ本当にフィクションだ。――とそんなことを考える頭を停止させる破裂音がした。視界の端でジェンもわずかに肩を上下させたのが見えた。サジェが、大きく手を合わせた音であった。