24.人生初の上司(たち)
セラにも送り出され、サジェと共にその場を後にする。また、長い廊下を歩く。
「光人君、随分テトラちゃんば気に入っとおね?」
「え?」
「見てて微笑ましか。」
少しだけ気恥ずかしくて、光人は視線を下げた。
「テトラを見てると、懐かしい気持ちになるんです。」
「懐かしい?知り合いにでも似とるか?」
「知り合いっていうか、昔飼ってた魚を思い出すんです。似てるかっていうとまたちょっと違う気もしますけど……。」
「ほーん。まぁ、仲良きことは美しきかな。現状君に一番懐いとるみたいだに、面倒見たってな。」
「がんばります。」
「うんうん。」
出入口からまたホールに出ると、既に食堂からは食欲をそそる匂いが漂ってきていた。
「たまにゃあ私も食事すっかねぇ……。」
「いつもあんまり食べないんでしたっけ。」
「おん。面倒でなぁ。ぎょーさん食うのも苦手だや。栄養が補充できれば十分だに、適当に済ませることのが多いんよ。」
彼女の言葉を裏付けるようにサジェが食堂に入った途端に視線が集中する。本人は全く気にせずに歩くものだから光人だけが気後れして遅れて追いかける図になった。
「オブシディアン書庫長だ……。」
「サジェさん……?」
「珍しい……。」
そのまま光人は既に食事を始めていたジェンに救出されるまで、ひたすらに居心地の悪さにさらされるのであった。
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「いやー、ジェン君がおって助かったわぁ。本来私が連れてくところだけど、ジェン君がいるならお任せしちゃってもよかよね?」
「まぁ、サジェさんに言われて連れてきましたって言えば書庫長もなんにも言わないと思いますよ。」
「んじゃー、任せんべ。そーたいぶりに食事したもんだから、胃が重たい重たい。」
「って、パンとスープだけでしたよね?」
「光人君……君も大人になりゃわかる。そんなに食えんくなるんや。」
「それでも流石にサジェさんほどにはならないと思います……。」
「結局のところ体質だべ。うん。まぁそんなわけさー、頼むわジェン君。」
「はぁ。」
「光人君も頑張ってね。なんかあったらすぐおいで。」
大あくびをしながらサジェは去って行った。夜通し何か仕事をしていた彼女は、昨日と同じようにこれから眠るのだろう。ジェンもまた立ち上がる。行くぞ、と声をかけてから歩き出す彼に光人は続く。
「にしても、予想通りって言えば予想通りだな。ウチの書庫にお前が配属になるの。」
「そうなの?」
「おう。お前の細かい事情知ってるの、現状サジェさんとオレだけだし――あ、配属になったってことは書庫長は知ってんのか?まぁいいか。とにかく、サジェさんの所じゃ研究が主で、お前が元の物語に戻るために倒さなきゃいけないタイムイーター探す暇なんてねぇだろうからな。」
「そっか。そこも考えてくれたのかな。」
「だと思うぜ。んで、ウチってことはそれなりに戦闘適正もあったんだろ?」
「い、一応……?」
「なんで疑問形なんだ……。ま、嫌でもその内サマになるだろ。あとは訓練しろ訓練。ウチの書庫長、つえーから稽古つけてもらうといいぞ。」
「そんなこともしてくれるの?」
「暇なときだけな。」
ホールを抜けて初めて手すりまで真っ白な階段を上ると、また真っ白な扉の前に立つ。ジェンが扉の隣に備え付けられたパネルに手をかざすことで開いた扉をくぐって、その先はまた廊下であった。
「そういえば、あの……ルッツは、今日はいないの?」
「ああ。昨日から任務に出てる。昼には帰ってくると思うけど、なんか用か?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。いつも二人でいるのかと思ってた。」
「お前とテトラの所行った時も別行動だっただろーが。まぁ、一緒に仕事することは多いけどよ。……そもそも、あいつは強い。それに関しちゃオレはおまけだ。」
ジェンは、振り返らないままだった。そのまま廊下の奥に佇む扉をノックする。
「ジェン・フランカです。」
中から入室を促す低い声が聞こえる。ジェンがドアを開けた先、机を挟んだ向こうに座っていたのは、右目を布眼帯で覆った白髪の老年男性であった。着流した白っぽい和服の襟から見える首元は筋肉質で、会社の重役というよりはヤクザのボスと言われた方が頷ける――と、光人は肩を強張らせた。ジェンとはまた別種の鋭さをもった眼光をジェンと、次いで光人に向ける。思わず更に体を固くする光人だが、ジェンは慣れた様子で室内へと進む。
「サジェ・オブシディアン五番書庫長の要請により、新規職員の篠宮光人を連れてまいりました。」
「五番書庫長はどうした。」
「これからお休みになるとのことです。久々に食事をしたおかげか体調がよくなさそうでした。」
「……あいつらしいことだ。ご苦労。ジェン、お前は通常業務に戻れ。」
「はい。……じゃあな、光人。ちゃんと話聞くんだぞ。」
「あ、うん。ありがとう。」
軽く頭を下げてからジェンは部屋を出て行った。その場に残された光人は、相変わらず背筋を伸ばしたまま男性に向き直る。
「えっと……篠宮光人です。」
「ああ。俺はここ、弐番書庫の書庫長。千葉崎迅雷だ。今後、お前が元の物語に戻るまでの間上司になる。」
「よろしくお願いします。」
「ん。お前の事情は、五番書庫長から聞いている。『主人公』とはまた、難儀なキャストだな。」
「……まだ、実感がありません。」
「だろうな。しかし、五番書庫長も言っていただろうが、俺も主人公だと言いふらすのは危険だと考えている。不用意に口外しないことだな。」
つまり、迅雷もサジェと同じく鵺魄を疑っているのか――と光人は思ったものの口にはしない。ただ、唾を飲んでうなずくだけであった。
「ひとまず、お前にはウチの書庫の仕事を軽く覚えてもらいつつ、俺と一緒に他の書庫に顔を出してもらう。後日、他の書庫での職務も体験してもらう。」
「他の書庫でも?」
「人手が足らんときは他の書庫の仕事を手伝うことも多い。その時のために、ある程度どういう仕事をすることになるのか把握しておけ。」
迅雷は立ち上がると軽く首を回す。
「行くぞ。まずはウチの副書庫長と顔合わせだ。」
扉の前に迅雷が立つ。返事をして続こうとした、その瞬間であった。
「しっつれいしまーす!書庫長います――、って!いったい!いるならいるって言ってくださいよー、危ないじゃないですか!ラッキースケベ狙いですか!?」
「……。」
「なんですかそのめんどくせーってカオ!せっかくの男前が台無しでしてよ?あ、もしかしてその子新入り君?かっわいいー!チューしていい!?いいわよね――――」
迅雷が無言で急に開いた扉を閉める。扉の向こうで何かわめく声が聞こえるが迅雷は何も言わない。しかし、その背から僅かながら怒気がにじみ出ているのを光人はしっかりと感じていた。そもそも、隠す気も無いのかもしれない。
「……篠宮。」
「は、はいっ。」
「今のは、不本意ながら俺の部下で副書庫長のシャルロッテだ。仕事だけはできるがあのとおりけたたましい。」
「はぁ。」
「スキンシップが激しいんでな。不快であれば遠慮なく抵抗していい。」
再び扉が開く。先ほど迅雷に激突した女性――シャルロッテが腕を組んで立っている。妖艶な体のメリハリを強調するようなシルエットの白いベストと、胸元の大きく開いた黒いブラウス。短いタイトスカートから覗く網タイツ。真っ赤なピンヒールは凶器のように鋭い。豊かなウェーブがかった金髪で顔の左半分を隠した彼女は、これもまた真っ赤に彩られた唇を開く。
「やっぱチューしていいですか?」
「本人に聞け。」
「いい?」
「えっ、遠慮します……!」
「まぁツレない。最近のオトコノコって皆そうなの?つまんなぁい。でもちょっと照れてるのがかわいいから許してあげるわね。ルッツなんてこの前ほっぺにチューしたけど全然反応してくれないのよ?」
「呆れてるんじゃないのか。」
ぷう、と口を尖らせるも特に気にしてはいないのか、シャルロッテはそのまま手に持っていた書類を迅雷に突き出す。
「これ、さっき九番書庫から届いた調査依頼です。急ぎじゃないみたいですけど。」
「俺は今からコイツを各書庫に顔を出させてくる。お前が割り振っておけ。」
「ハーイ。どっちかって言うと逆がイイけど。」
「お前に案内させると余計なことを吹き込みかねん。」
「まぁ!余計なことってなんですか?いかがわしいことなんて教えませんよ?」
「……行くぞ篠宮。シャルロッテも仕事に戻れ。」
シャルロッテを半ば無視するように通り過ぎる迅雷。光人は軽く頭を下げて脇を通り過ぎようとするとシャルロッテにやんわりと肩を掴まれた。彼女は真っ赤な唇の両端を持ち上げ、笑って見せる。
「書庫長、顔怖いし冷たいだけどそういう言い方しかできない人ってだけだから気にしないでちょうだいね?」
「はい?」
「まぁ慣れると思うわ。行ってらっしゃい。気を付けてね。」
ついさっきまで高い声で迅雷に絡んでいたとは思えない、落ち着いた様子の彼女に思わず目を見開く。置いて行かれちゃうわよ、と手を振られてやっと光人はもう一度頭を下げてから迅雷の背を追った。
「……歓迎会でも開こうかしら。」
光人の背中を見送りながら、シャルロッテは一人ぼやくのであった。




