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サイド・メイン・サイド・プロット  作者: 村瀬ナツメ
第一章
22/54

22.スマートフォンの魚

「テトラ、無事って言っていいのか分からないけど、よかったね。人間の体より動きやすそうだし。」

「ありがとうございます。そうですね、私としてはこちらの姿・状態の方が慣れている分好ましいです。しかし、問題もあります。」

「えっ、どうしたの?」

「私も気になる。なんか調子悪いんか?」

 

 興味深そうに、サジェとサトルもディスプレイのテトラを見る。

 

「建物の構造を読み込んでいないので、このままではここから出ただけで迷子になります。よって肉体に戻ることができません。」

「あー、せやんな。それはなんとかしてあげたい。」

「あと……。」

「他にもなにかあるの?」

「はい。肉体に戻れず、戻れたとしても上手く動かせなければ、光人に上着を返すことができません。これは重要な問題です。」

「へ……?」

 

 テトラは本気で問題として捉えているらしく、心なしかそわそわした様子でディスプレイの下の方を先ほどよりも忙しなく泳いでいる。テトラがこの図書館に到着したときに光人が貸した上着、貸した光人本人すらも既に忘れかけていたそれを、彼女はそれを気にしていたらしい。確かに、ディスプレイに表示されている姿では画面の外に物理的干渉はできない。光人は気が抜けて、思わず笑みをこぼした。

 

「大丈夫だよ、テトラ。俺の上着、たぶんミシュリーとかが回収してるだろうし。気にしないで。」

「そうですか。それは安心しました。」

 

 隣でサジェとサトルが二人して微笑ましそうに見ていることにも気づかず、光人はテトラの泳ぐ位置がディスプレイの中ほどまで上がってきたことに再び安心した。どうやら不安は解消されたらしい。そう光人が思ったところで、隣でサジェがあっ、と声を上げた。

 

「なんすかサジェさん。」

「良いこと思いついたんサ。光人君、朝返したスマートフォン出して。」

「はぁ。」

 

 サトルはすまーとふぉん?と首をかしげている。光人もまた、その存在をすっかり忘れていたせいで、ポケットから取り出したそれに妙な新鮮さと懐かしさを感じた。サジェに手渡すと、すぐにディスプレイの隣にあるコードに繋ぐ。スマートフォンに充電中の表示が映る。

 

「テトラちゃん、この機械に入れないかな。」

「なるほど。試してみます。これだけ位置が近ければ移動も問題ありません。」

 

 テトラが画面の端まで泳ぎ、そのまま画面の外へと出て行く。表示されなくなってしまったことに多少の不安を覚えつつも、再び彼女の声が聞こえるのを待つ。――そして。

 

「――――テスト・実行。聞こえますか。」

「おっ。聞こえるよー!」

 

 光人のスマートフォンからテトラの声が聞こえる。ロック画面に表示された時計の隣のあたりに、機械仕掛けの魚の姿が見えて、思わずサトルと共に光人は感嘆の声を上げた。すいすいと泳ぐ彼女は先ほどまでの大きなディスプレイにいたときと遜色ない動きをしていた。

 

「すごーい!えっ、これ光人君の物語から持ってきたもの?」

「はい。たまたまポケットに入れっぱなしにしてて。」

「へぇ……。で、これまた運よくテトラちゃんが入り込めたってことだよね?すごーい!でも、これでどうするんです?」

「いやぁ、これでスマートフォンごと四番書庫まで持って行って、近くにある機器に接続すれば迷子にならずに肉体に戻ることもできるかなって。」

「天才ですかサジェさん。」

「当たり前だら。私を誰だと思っとるんじゃ。」

 

 自慢げな顔で眼鏡と白い歯を光らせるサジェに笑いつつ、光人はそっとスマートフォンのロックを外した。ロックが外れてもテトラが消えることはなく、アプリアイコンの隙間を器用に泳いでいる。

 

「ごめん、狭いかな。」

「少し。しかしこれは光人の所有物ですから、気を遣っていただく必要はありません。それに、この背景が気に入りました。」

「背景?あ、海だから?」

「はい。泳いでいて……そう、心地よさを感じます。」

 

 なんとなく見ていると落ち着くという理由で設定した壁紙に、光人はこっそり感謝した。動かない写真としての熱帯魚の上で、機械仕掛けの魚が泳ぐのが少々不思議な光景ではあったが、テトラが心地よいのならそれでいい。

 

「そっちの方が居心地良いなら、しばらくそっちにいるかい?」

「はい。そうします。光人は問題ありませんか?」

「大丈夫。そこにいていいよ。あ、でもスリープモードとか電源オフとかしちゃうとまずいのかな。」

「電源のオフは行動不能になりますが、待機状態であれば特に問題なしと推測します。私のことはこの端末の機能の一部として扱ってください。」

「AIみたいな感じなのかな……。まぁいいや、じゃあ、よろしくね。テトラ。」

「はい。よろしくお願いします。」

 

 ――家でネオンテトラを飼っていた水槽よりもずっと小さい液晶画面が、一つの水槽に見える。光人はそれがなんだかとても嬉しくて、ひとまずしばらくは使わないであろうアプリアイコンを片付けてしまおうと決めるのであった。

 

 

 

 ●

 

 

 

 翌日も、光人は手術台のようなベッドから身を起こす。背筋をまたバキバキと鳴らしながら伸ばして、相変わらず夜通し作業していたらしいサジェに挨拶をする。

 

「おはようございます。」

「おはようさん。昨日寝る前になんかしとったみたいじゃけんど、どしたん?」

「あぁ、ええと……テトラが泳ぎやすいようにしてあげようと思って。整頓してました。」

「へぇ、そんなこともできるんか。」

 

 スマートフォンを起動するとロック画面の隅にテトラがいる。動きを止めているところを見ると、どうやら休憩中らしい。

 

「テトラ、おはよう。」

「……おはようございます。光人。」

 

 一拍の間をおいて返事をしたテトラを避けるようにロックを解除する。するとそこには、ほとんどアイコンのないホーム画面が表示された。テトラは気持ちよさそうに泳ぎ回る。

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