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サイド・メイン・サイド・プロット  作者: 村瀬ナツメ
第一章
11/54

11.習うより慣れろ

「とにもかくにも、そのために君には戦う力を身に着けてもらう必要がある。あいつら、よく噛みつくからね。」

「世界を救うにしてもエフェクトもない、戦闘能力もないんじゃ足引っ張るだけだからな。ちゃんと身につけろよ。」

「運動は得意かい?」

「そんなに得意じゃないです。」

「そーかそーか。安心しぃ、ちゃんと適性見てから武器なんかも持たせてあげるけんね。運動苦手なら遠距離型とか補助型にもなれる。あ、ジェン君のエフェクトは返却してあげてほしいんだけど、私のはとりあえず持ってていいよ。私あんまりエフェクト使わないし。」

「えっ?」

 

 声を上げたのは光人ばかりではなかった。ジェンもまた目を見開いてサジェを見つめている。

 

「確かに私たちにとってエフェクトは大切なものさ。でも、私基本的にここで内勤だからね。私がエフェクト使って戦わなきゃいけない事態なんて起こったら、もう私が戦っても意味がない状況だろうさ。ま、そんなことはまず無いしね。」

「そりゃそうですけど……。不安じゃないんすか。」

「大丈夫大丈夫、私ダブルやし。いざとなったら誰かから借りるよ。だからまぁ、誰かに何のエフェクトなのか聞かれたら光属性だって答えていいよ。勘のいい人は私のだって気づくだろうけど、そういう人は大体察して黙っててくれはる。お守りやなんやと思ぅて、持っといたらいいだに。」

「じゃあ、すみません。お借りします。」

「ん。さてさて、じゃあ早速、ジェン君にエフェクト返したら君の戦闘適性を――」

 

 光人とジェンの左手を繋がせようとしたその時、館内に再び、ジェンを呼び出す声が響いた。

 

 『弐番書庫所属、ジェン・フランカ。時間停止済みの物語を発見。生存者捜索のため至急出動せよ。』

 

 女性とはわかるものの、極力抑揚を胸の内に押し込んだような低い声に光人は思わず肩がこわばった。苦手な女性教諭を前にした時の気分によく似ていた。ジェンもまた、少し緊張した面持ちである。一方、サジェは何か思いついたらしく手を打った。

 

「丁度いいじゃないかい。光人君、話は通しておくからジェン君と一緒に行って来たらよかね。」

「は!?いや、だって、俺はまだ何も――」

「そうっすよサジェさん!!いくら単独任務規模だって言ったって何があるか……!」

「君、実は過保護やけんね、慣れておいた方がいいぞよ。光人君と一緒に行動することに。彼は自分の世界を取り戻すために、これからきっと前線に立つことになるよ?」

「それはっ……!」

 

 光人を半ばかばうようにサジェの前に出たジェンは、彼女の言葉に息を詰めて振り返った。その眼は怯えるように揺れ、光人には自分よりも彼の方が狼狽しているように見えた。震える唇が、何かを伝えようとしているのかかすかに動いたが、光人には何も聞き取ることはできなかった。サジェがそんなジェンの肩を叩く。

 

「君もまた、先に進む時が来たんだよ。じゃあ、君の上司には連絡しとくから、エフェクトの受け渡しが済ましとき。」

「……はい。」

「え、本気で行くの……?俺も?」

「おう。こうなったら行くしかねぇ。……おら、左手出せ。オレに借りたエフェクトを返すってことだけ考えればできる。」

 

 言われるがまま左手を出すと、そのまま握手するように手をつなぐ。ジェンに風のエフェクトを返却する――そう思ったとき、光人は自分の体が重くなった。離れた手に、ジェンは初めて出会った時にもしていたグローブを装着する。そして、大きくため息を着いた。ほんの少し前であればこのため息にも一々萎縮していたところだが、光人にはすでに彼の今のため息がこちらを威嚇する目的ではないのだと分かっていた。

 

「ほい、光人君。これを持って行き。使い方はジェン君に聞くこと。あとこれも。開発前のだからただの刃物だけんど。」

 

 早々にジェンの上官への連絡を済ませたらしいサジェが差し出してきたのは、上部の穴に白いリボンが通された細長い金属製のカードのようなものと――一振りの細身なサーベルであった。カードをポケットにしまってから、鞘に収まったそれを両手で受け取ると予想以上の重量がその手にのしかかった。もちろん光人に本物の武器等手にしたことはない。しかし、握った瞬間にこれが実際に殺傷能力のある物なのだということは理解できた。じわり、と嫌な汗が手のひらに滲む。

 

「まぁ、こんなもん使う機会はないじゃろ。あんまり振り回すと逆に危ないけん。原則ジェン君の後ろに居んなさいね。」

「は、はぁ……。」

「んじゃ、いってらっさい。」

「……行くぞ。」

 

 ジェンは既に出入り口の鍵を外していた。あれだけこちらを睨んでいた瞳と視線が合わないのが、これから行く先がひどいところなのだと言っているようで緊張する。手元のサーベルを両手で強く握った。片手で持ったらすぐにでも取り落としてしまいそうだ。そして、前線――先ほどサジェがさらりと口にした言葉が耳の奥にこびりついている。自分はこれから戦いに行くのか、と思っては親友の体から流れ出す赤い血が脳裏を何度となく過った。身体の前で振るったこともない剣を握りしめる姿はどれだけ頼りないだろうかと内心で自嘲するが、しかしその体勢を崩すこともできずに、ジェンの後ろをただただ黙って着いていく。

 相変わらず白い壁に覆われた屋内は無機質に光人たちを照らしていた。ステンドグラスの嵌まった天井のあるホールを抜け、一つの扉の前に立つジェンは一度大きく深呼吸をして、光人に背を向けたまま口を開いた。

 

「こっから先は、戦場だ。」

「……。」

「今から行くのはもう、時間が止まっちまってる世界だからタイムイーターどもがいる可能性は低い。だけど、確実にいないってわけじゃない。いたら、戦わなきゃいけねぇ。」

「……うん。」

「そうなったらお前、戦えるか?その剣で。」

「……分かんない。っていうか、たぶん、無理だ。」

「だろうな。」

 

 ふ、とジェンの肩から力が抜けた。彼は今一度、深呼吸をする。そして、振り返る。

 

「だから、お前は戦えるようになるまでオレの前には出るな。これだけは、絶対に約束してほしい。」

 

 爛々と輝く明るい緑色の瞳は一直線に光人を貫いた。光人は思わず言葉に詰まりながらも、小さく頷いて見せた。

 

「約束する。」

「よし。んじゃ、行くぞ。」

 

 ジェンは扉の横に備え付けられた端末に手をかざす。開いた扉を彼と共にくぐると、そこにはいくつかの譜面台似た台――書見台がいくつか円を描くように設置されていた。その内一つの上にぽつん、と置かれた薄い冊子がある。

 

「これは?」

「オレたちが今から干渉する物語だ。今からこの本の世界に入って、生存者がいないか探す。……ひでーなこれ。ほとんど残ってねぇじゃねーか。」

 

 パラパラと冊子を開くと、ジェンは光人を手招く。覗き込むと、冊子は1ページ目の途中までは文字があるが不自然に途切れて続きが白紙になっていた。

 

「これが、タイムイーターに寿命を食われて時間が止まった状態だ。食われてる最中とか、食われ始めてるときはどんどんこの状態が進行してく。」

「だんだん白くなってくってこと?」

「そうだ。……これだけ真っ白になって止まってるってことは、もうタイムイーターは逃げちまってるだろうな。」

「これって、俺の世界の本もあるの?」

「ある。……見るのはあんまりおススメしねーけど。まぁ、その辺の理由とかはまた今度にしてくれ。まずは行くぞ。さっきサジェさんに渡されたカードみてぇなの出せ。そう、それだ。その栞だ。」

 

 ポケットからカードを取り出すと、言われてみれば確かにそれはよく見かける、本に挟む栞の形をしていた。

 

「この栞が、オレたちがほかの世界に干渉するために必要な切符になる。栞でもブックマーカーでも好きに呼んでいいけど、俺たちは基本的に栞って呼んでる。俺たち自身もブックマーカーって呼ばれるからな。絶対なくすなよ。再発行してもらうの死ぬほどめんどくせぇからな。」

「失くしたことあるの?」

「流石にねぇよ。次、これをこの白くなりかけのページに挟む。」

 

 ジェンの挟んだ栞の隣に促されるまま光人もまた自分の物を挟む。ジェンはしっかりとそれが挟まっていることを確認すると、スゥ、と息を吸った。

 

「弐番書庫、ジェン・フランカ及び……篠宮光人、物語への干渉を開始する!」

 

 まっすぐな声が響き、二枚の栞が光輝く。あまりの光量に光人が思わず目を瞑る。そしてその場から光が収束した時――その場には、二人の姿は無かった。


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