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サイド・メイン・サイド・プロット  作者: 村瀬ナツメ
プロローグ
1/54

1.帰り道

「いつまで一緒にいられるかしらね。」


 その言葉が、呪いのようにいつも頭の中で響いている。



 ●●●



 目の前で笑う親友の顔は、文句もつけようのないほどに平凡だ。

 制服を着崩すこともなく、かといってきっちりと校則のままに着るでもない。中途半端に伸びた髪は毛先が少し跳ねていた。寝ぐせだろう。昼休みも半ばに差し掛かった頃、彼の眼は眠たそうに瞬いた。


「何度も言うけど、やっぱり生徒会なんてやらないよ。」

「そう言わずに。」

「だいたい、なんで俺。」

「君、なんでも人並みにこなすだろ?」


 彼はへらり、とやはり眠たそうに笑う。


「器用貧乏って言いたいのかな?」

「そうは言ってない。」


 ちょっと自己評価の低い幼馴染――篠宮光人(しのみやあきと)を前に、小さくため息をついた。そばを通ったクラスメイトの女子がぎょっとした顔でこちらを見たのがわかる。


「俺、女子の敵だ。天下の生徒会長様にため息つかせるなんて。」

「よくわかってるじゃないか。僕のお願いを聞いてくれないのなんて君くらいだ。」


 ほんの冗談のつもりで言ったが、光人はまったくもってその通り、とでも言わんばかりにうなずいた。人望はあるつもりだが、誰も彼もが僕の言うことを聞いてくれるわけではない。


「そんなに忙しいのかい?光人君。」

「もちろん。なんたって部活がだな。」

「文芸部、ほとんど活動してないだろう。」

「ばれてたかぁ。」

「予算削ろうかな。」

「多分痛くもかゆくもないよ。」


 相変わらず笑う顔がどうにも垢抜けない。そんなところがゆるい空気を作り出しているせいで、気がつくといつもこれに釣られてしまう。


「で?生徒会長様は今日も帰りは会議かな?」

「いや、今日は普通に帰る。最近会議やら文化祭の計画やらで忙しかったからね。」


 葉桜が窓の外で揺れた。


「ああー、もうそんなことやってるんだ。俺は寄り道して帰るつもりだけど、一緒に行く?」

「行こうかな。」


 友人と下校するなんていうのも久々だというのに、光人は昨日も一緒に帰ったような気安さだった。


「あ、そうだ。アサヒが一緒なら参考書も見て行こうかな。」

「君、そう言って買ったことないし、買っても見ないだろう。」

「ハハハ、さすが幼馴染。お見通しだな。」


 予鈴が響いて、光人は「じゃあ」と手を振った。彼の戻る教室は隣で、ここよりも少し授業の進みがゆっくりだ。


「放課後、そっちに行くよ。」

「やめろよ。お前が来ただけで大騒ぎになる。」


 冗談っぽく笑って、彼は去っていった。



 ●●●

 

 

 ――昨日と違うのは、久々に親友と肩を並べて歩いたというだけだ。

 それがどうしてこんなことになっているのか。

 

 明らかに、通常ではありえない方向に折れ曲がった足を。

 血まみれになったその姿を。

 泣き叫ぶ少女の声を。

 要領を得ない男の声を。

 カラスの鳴く声を。

 

 脳の活動が著しく低下して、ともすれば意識をなくしそうだった。カラスの鳴き声がやけに大きく、近く聞こえる。

 

「アサヒ……?」

 

 光人の喉から出たのは、情けないくらいにか細い声だった。か細すぎて、きっと、自分以外には聞こえなかったのだ。カラスの鳴き声にかき消されたのだ。だから――だから、アサヒは、親友は返事をしないのだ。

 

「あ、あさひ……」

 

 名前を呼んでアサヒの元に足を進めたとき。一際大きくカラスが鳴いた。ヒュッ、とまた情けない音が喉からした。カラスの鳴き声の方が大きい。視界に入ったのは真っ赤な液体。じわ、と光人の足先を濡らすそれは。

 

「あああ、あ、ああぁああ……!」

 

 カァ、カァ、とカラスが鳴いている。カァ、ともう一度鳴いて、静寂。

 

 

 

 そう、静寂。

 

 

 

 ひたり、と足先を濡らした赤が動きを止めた。今度は心臓の音が大きくなった。

 

「……ぇ?」

 

 少女の声も、男性の声も、カラスの鳴く声も聞こえない。恐る恐る上げた視線の先で世界のすべては沈黙していた。沈黙するばかりか、動きを止めていて。足を濡らしたアサヒの血もそれ以上迫ってくることもなく。その中の、違和感にまみれたその空間に、更なる違和感。

 

「きぅー……。」

 

 白い、綿毛。自分の心臓の音が聞こえるような静けさの中で白い毛玉が鳴いていた。どこからともなく沸いて出たうさぎのような、猫のようなその生き物は品定めするようにアサヒを見ていた。そして、肉食獣のような牙を剥き出しにして――

 

「うわああぁぁっ!」

 

 食われると思ったのだ。親友が、よくわからない生き物に。それだけしか考えられなかった。それどころか、しっかりとそう考えたかも怪しいくらい必死に、アサヒからその生き物を引きはがそうとした。毛玉を掴んで払いのける。その先に見えたのは。もう、いくつかの同じ毛玉の姿。

 

「なんっ、なんなんだよ……!」

 

 上擦った声が、更には震えているから余計に情けない。毛玉は肉食獣の牙を次々にむき出しにして光人を見ていた。そして、次々に向かってくる。震えた手足は勇気も勢いも使い切っていて、成す術もなく咄嗟に頭をかばった腕にガブ、と牙が食い込む。骨まで届きそうな力で牙は服も皮膚をも貫いた。痛みと共に虚脱感が襲った。

 襲いかかる謎の生き物の他は何もかもが止まった世界で、光人だけが声も出せずに、ただ必死にもがいていた。

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