サポート部門三人衆
「そうなんだ……ごめんよ、そこを確認するのが優先かと思ってたんだ。それでーー」
一人一人が大きな机をあてがわれて、そのそれぞれに大量の資料と多種の機器。皆、一様にヘッドセットを着けている。
彼らの頭上には「サポート」というプレートが天井からぶら下がっていた。
「ああ、『キーが正しいものか確認したい』て言うのね。その問い合わせ、最近すごく増えてるわ。いや、ストレスなのは解るし、申し訳ないんだけどーーそれは、でも、ユーザーも心配してるのよ」
オペレーターの目の前のモニターにはウイルスの情報交換をしている画面が映っている。
「うちから発行したキーを書き換えて、正常なインストールを阻害するウイルスが出ているかもしれないって噂でしょ。インストールして走らせれば解決するっていうのは、もちろん間違ってないけど。ウイルスのことをよく分かっている熟練のユーザーはそんなに心配しないけど、そもそもパソコンとかスマホとかの初心者は、それはもう怖くてたまらないのよ。正体というか、得体というか、全貌というか、そういうのが見えてないから余計にね。プロダクトキーを確認して、一致してるってことを、ちゃんと明言してあげてくれない? 『後はそちらのスペックの問題です』って」
ふー。と、通話を切った制服姿の女性がため息をつきながら大きなフタ付きのタンブラーを傾ける。隣を見ると、携帯ゲーム機を操作している青年がしきりに頷いていた。
「あー……バグじゃないけど……落とし穴だ。仕様の規定漏れだね。そっか、Aのフラグを立てているのに、端末を入手せずにこのエマージェンシールートに入れちゃう道があるのか。そうすると相棒と落ち合う時間と場所を変更する連絡が取れないから、移動できなくて先へ進めなくなっちゃう。続きのシーンを作ってもらわないといけないけど、これは救済できるかな。バッドエンドだけじゃなくて、通常のルートに戻れる分岐を作りたいところだけど。いや、僕がここで言ってても仕方ないんだけどさ。あー……ユーザーになんて言ったらいいかな……」
ウイルス対策ソフト、アドベンチャーゲーム、家計簿アプリに新型のSNS……多様なソフトウェアを開発している会社では掛けられる問い合わせの内容も多種多様だ。
最前線の窓口になっているヘルプデスクの人々は、発話が明瞭なことと礼儀作法についてはしっかりと教育されるが、各製品の細かな仕様や操作方法には詳しくない。そんな窓口をフォローするためにいるのがサポート部門だ。彼らは全ての製品についてエキスパートでいることが求められる。そのため、問い合わせがない間は製品をひたすら使い込むことが義務のようになっていて、部門の近くを通ると、業務時間内に、ぴこぴこしゅびしゅびと、ゲームのプレイ音やらアプリの操作音やらが聞こえてくる。
今日も同じく、ぴこぴこ言わせながら、時々頭を下げて、時々苦悩したりもしつつ、業務に勤しんでいる。
「あー。今日もようやく谷間時間だね」
「いつも、この時間は静かよね。ユーザーがごはん食べてて、アプリを使わないからかしら」
「そんなこともないと思うが」
「ねえ、それよりさ、誰からにする?」
「ああ、研修のこと?」
そうそう。と頷いた青年は楽しそうに言った。
「面白そうだからみんなが良いなら、僕が一番乗りしたいな」
彼が言っているのは、新年度からスタートする研修制度のことだ。会社が海外の同業他社を吸収したので、それに付随する業務が増える。それに従事する前の下準備として様々な研修が用意されており、サポート部門は全員がそれらを全て受けるように言われているのだった。
「私も全制覇は目指しているし、順番もあんまり後回しはイヤだけど、一番乗りは譲ってもいいわよ」
「やった!」
「その代わり、フィードバック忘れるなよ」
うんうんと頷いて礼を言う青年を残りの二人が笑いながら見ている。
三人はその後もあれこれと談笑していたが、休憩時間を忘れて寛いでいたところへ突然コール音が鳴り響き、三者三様に慌てて自分の席へ戻っていった。