第9話 爆弾魔は錬金術師と手を組む
俺はアリスの発した言葉に固まる。
予期しない内容に思考が停滞してしまった。
なんとか復帰した俺は、まじまじとアリスの顔を見る。
「今、何と言った? 俺の聞き間違いか?」
「世界を滅ぼしたいの。そのためにジャックさんの力を貸してくれる?」
アリスはそれまでと全く変わらない調子で繰り返す。
やはり聞き間違いではなかった。
冗談を言っている雰囲気ではない。
アリスは至って真面目に発言していた。
俺はため息混じりに苦笑する。
「力を貸すも何も、ぶっ飛びすぎやしないか? まずは詳しい話を聞かせてくれ。何にしてもそれからだ」
「それもそうね。あなたの言う通りだわ。場所を移しましょう。紅茶も用意するわ」
アリスはすたすたと歩いて部屋の外へ出る。
俺も立ち上がってその後を追う。
彼女の移動先は、屋敷内の一室だった。
ゴーレムの淹れた紅茶を優雅に飲みながら、アリスは平然と話し始める。
「昔、とある黒魔術師がいたの。彼女には大きな野望があった。けれど、それを成し遂げるには寿命が短すぎた。人間の限界を嘆いた彼女は、一つの禁術を開発した。魔術適性と知識を『次』の自分に継承する魔術。死が終焉となるのを良しとせず、通過点の一つとしたのよ」
「そいつはすげぇや。野望のために妙な術に手を染めたんだろう? なかなかクレイジーな発想だ。その黒魔術師とやらはモンスターだな」
俺はやや大袈裟なリアクションを添えて言う。
するとアリスは首を横に振って否定した。
「いいえ、むしろ逆よ。彼女は人間であることに強くこだわった。不死者となって永劫の時を生きることもできたけれど、それはしなかった。人間として野望を達成することに執心したのね」
「不死者ねぇ……話の流れから推測するに、君はその黒魔術師の生まれ変わりってことかい?」
待ちきれなくなった俺は直球で尋ねる。
いきなりこのような話題を挙げたのだ。
少なからずアリスに関係のあることなのだろう。
どうにも他人のことを語っている感じではなかった。
語気にも熱が入っている。
まるで自分自身のことを喋っているかのように。
十秒ほどの間を置いて、アリスは静かに話し始めた。
「……確かに私は黒魔術師の生まれ変わりだけど、厳密には本人ではないわ。黒魔術師の力と意志を受け継いでいるけど、精神面はまったくの別人よ。彼女の知識は宿しているけど、それに伴った感情を私は知らない」
「黒魔術師という人格自体は、とっくの昔に死んでいるわけか」
「その通り。彼女は自らの凡庸さを知っていた。だから人格の固定化はしなかった。彼女という人格が残り続けて、成長が止まることを恐れたの。不規則な人格形成こそが、偶発的な発達を促すと考えた」
そこでアリスは一旦言葉を切る。
彼女は俺と目を合わせ、はっきりとした声で言葉を紡いだ。
「私は十三人目。調合技術は二番目が身に付けた。ゴーレム関連の魔術は六番目だし、魔道具の作製術は九番目。ちなみに私は精神感知を習得した。一人の神才に対抗するために、始まりの黒魔術師は無数の凡才を積み重ねることにしたそうよ」
「生まれ変わるたびに、少しずつ力を増しているのか。随分と気の長い計画だな。しかも、そこまでして目指すのが世界滅亡とは。天才の考えることはよく分からんね」
「天才ではないから、彼女は『次』の自分に託したのよ……まあ、その話はいいわ。私は世界を滅ぼしたい。世界で最も優れた究極の錬金術師になるのが目的だから」
「それがどうやったら世界を滅ぼすことに繋がるんだ」
俺は横合いから疑問を投げる。
話の全容が明らかになる一方で、動機が不透明なままだった。
そこが知りたい。
紅茶に口を付けたアリスは楽しげに答える。
「世界を滅ぼすのは、この上ない偉業でしょう? 誰にも成し得ないことよ。仮に達成すれば、それは究極の存在と呼ぶに相応しい。さらに滅んだ世界では、私より優れた錬金術師は誕生しない。未来永劫、私が至高の術者となれる……と一番目の黒魔術師は考えたみたい」
「なるほど。アリス、君の話はだいたい把握した。正真正銘、マッドサイエンティストってやつだ」
俺は拍手をしながら断言する。
ただのお嬢様ではないと思っていたが、こいつは立派な怪物だった。
根源から狂ってやがる。
何か決定的な部分が破綻していた。
アリスに倫理を語って聞かせたところで、何の意味もないだろう。
そう思わせるだけの要素を、彼女は持ち合わせていた。
「……私のこと、嫌いになった?」
アリスは不安そうに問いかけてくる。
心なしか気が沈んでいるように見えた。
俺は肩をすくめて笑う。
「まさか。目的のために強い決意を持っているってことだろ? 素晴らしいことさ! 皮肉を抜きに尊敬するよ」
他者を犠牲にしてでも突き進むことは、決して悪ではない。
ただし、その過程で誰かに打ち負かされ、敗者となった時点で悪と呼ばれるだけだ。
裏を返すと、阻もうとする者を残らず薙ぎ倒して達成すれば、紛れもない正義として君臨できる。
規模の大小こそあれど、世界とはそういうものだ。
弱肉強食が原則である。
力を持つ者だけが自由に振る舞える。
そういった考えを持つ以上、俺がアリスを否定することは絶対になかった。
「ありがとう。とても嬉しいわ。滅多に共感してもらえることではないから」
アリスは俺の作った爆弾を手に取った。
彼女はそれを軽く揺らして微笑む。
「私には様々な知識と才能がある。爆弾の材料を用意できるし、魔術にも詳しい。ジャックさんを色々と手助けできると思う。元の世界へ戻るのも協力するわ。だから、代わりに世界を滅ぼすのにも協力してほしい」
「俺が協力ということは、つまり世界を爆破するのかい?」
「ええ。あなたの爆弾スキルは、きっと重要な鍵となる。私にとってもまたとない機会なの。帝都を吹き飛ばしたという力を、私に貸してくれるかしら?」
アリスは真摯な表情で問いかけてくる。
俺は力強く頷いてみせた。
「ああ、こちらこそ頼むよ。世界の爆破か……傭兵には過ぎた役割だが、存分に楽しませてもらうさ」
俺が去った後、この世界がどうなろうが構わない。
滅んだとしても知ったことではなかった。
帰還さえできればそれでいい。
アリスは完全に狂っているが、話をした限りだと優秀な印象だった。
その能力は必ず役に立つ。
今の俺にとって、現地人のバックアップは貴重なものであった。
互いに利用し合う関係という部分もいい。
善意だけの結束は信用性に欠ける。
アリスの目的は非常に分かりやすく、俺の目的とも競合しなさそうだった。
上手くやっていける気がする。
「アリス、君みたいな人間とコンビを組めて嬉しいよ。異世界での生活がより楽しめそうだ」
「私もすごく嬉しいわ。これからよろしくね、ジャックさん」
俺とアリスは固い握手を交わす。
触れた手はひんやりと冷たかったが、悪いものではなかった。
上っ面とは違う、確かな好意が伝わってくる。
――こうして爆弾魔の俺は、狂った錬金術師と協力することになった。