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爆弾魔な傭兵、同時召喚された最強チート共を片っ端から消し飛ばす  作者: 結城 からく
第3章 裏切り者と致死の凶弾

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第89話 爆弾魔は温泉を満喫する

 翌日、俺達は街を出た。

 妖術師の支配領域を目指して移動を再開する。

 上手くいけば、今日のうちに到着できそうだった。

 幸いにも天気にも恵まれている。

 一昨日の豪雨はたまたまだったようだ。


 それにしても、街で食べた郷土料理は美味かった。

 この地域の特産である野菜を使った鍋で、シチューのような素朴な味だった。

 機会があれば、また食べてみたいと思う。

 ああいう料理はいいものだ。


 目的がなければ、この世界を観光して回るのも楽しいだろう。

 元の世界ではできない経験が山のように溢れている。

 それらを味わう日々はきっと退屈しない。


 もっとも、今の俺には目的がある。

 直近ならミハナの殺害だ。

 それが終わっても、次の召喚者を探しに行かなくてはならない。

 残念ながら純粋に旅行だけを楽しむ暇がないのが現状だった。


(どんな世界にいても、やることは大して変わらねぇな……)


 ゴーレムカーを運転しながら俺は苦笑する。

 かつては軍人や傭兵を営んだものだが、仕事道具と言えば銃とナイフと爆弾くらいだ。

 細かな状況に違いはあれど、現在と似たようなものであった。

 この辺りが俺らしさなのだと思う。

 たぶん死んでも治らない。


 ところで、現在の車内は静寂に包まれていた。

 さすがにもう慣れつつあるが、今までと少し異なる部分がある。

 それはミハナの態度だ。

 彼女の発する雰囲気が一段と刺々しかった。

 話しかけるなと言わんばかりのオーラを放っている。


「なぁ、どうしてそんなに不機嫌なんだ?」


「…………」


「参ったな。口も利いてくれねぇや」


 俺は軽く嘆息する。

 昨日からずっとこの調子だった。

 よくもまあ、このピリピリとした空気を維持できるものである。


 このまま険悪な仲になっても大して困らないが、旅行の空気が悪くなってしまう。

 建前の意味しかないとは言え、これは立派な旅行なのだ。

 せっかくなら楽しみたい。

 そう思っていると、ミハナから話しかけてきた。


「……アンタ、私を殺そうとしたでしょ」


 彼女が言っているのは、催涙ガスや狙撃のことだろう。

 街中で俺が実行しようとした計画である。

 結果的にはどちらも未遂に終わっているが、ミハナはその存在を知っている。

 今更、その理由が分からない俺ではない。

 彼女のスキルを朧げながらも把握した現在では、それほど不可解なことではなかった。


 ミハナの鋭い追及に対し、俺はとぼけ顔で応じる。


「まさか。契約違反だぜ? そんなことをすれば、賢者に魂を売ることになる」


「でも、アンタは――」


「俺達は、本当に、何もしていない。クレームなら聞くよ。遠慮なく言ってくれ」


「くっ……」


 はっきりと言い聞かせるように告げると、ミハナは悔しそうに口を噤んだ。

 俺達を非難しようにも、その証拠が何もないのである。

 実際は何も起きていないのだから当然だ。


 かと言って催涙ガスや狙撃に触れれば、ミハナがなぜ知っているのかという話になる。

 能力を隠したい彼女からすれば、都合の悪い話題だろう。

 したがって、どのみちミハナは俺達を批判できないのであった。

 現行犯で指摘されるか、動かぬ証拠でもなければ、ただの言いがかりにしかならない。


「アリス、このまま道なりでいいのかい?」


 悩むミハナをよそに、俺は後部座席のアリスに尋ねた。

 地図を広げる彼女はこくりと頷く。


「ええ、そうよ。もうすぐで今の支配領域を出るわ」


 心なしかアリスは楽しそうだった。

 昨日の検証実験が面白かったらしい。

 二人きりの際、次の実験の内容まで提案してくるほどだった。

 俺としては頼りになってありがたい限りである。


 そうこうしているうちに、ゴーレムカーは賢者の支配領域を抜けて、妖術師の支配領域に入った。

 ただし、風景にこれといった変化はない。

 地図による区分だけだ。

 前方には、相変わらずのどかな道が続いている。


 そして夕方頃、遠くに山が見えてきた。

 全体が赤褐色で湯気を発するそれは火山である。

 そばには、寄り添うようにして街が築かれていた。


「おっ、見えてきたな」


「あの街が今日の目的地ね」


 アリスが資料を手に語る内容によると、今夜の目的地は温泉街として有名らしい。

 確かに観光旅行を名目にするなら外せないスポットだろう。

 ここでしばらく寛ぐ予定なのだそうだ。


 街に到着した俺達は、さっそく高級宿を確保した。

 宿泊費に関しては問題ない。

 使い切れないほどのポケットマネーを持参している。

 何日でも豪遊ができるだけの額を用意していた。


 今回はミハナも俺達と同じ部屋をとった。

 前の街では別の部屋に泊まりたがっていたというのに、どういった心境の変化だろうか。

 当初は悪巧みでも考えているのかと思ったが、すぐにそうではないと気付いた。


 ミハナの端々の仕草に、恐怖や焦燥のサインが表れていたのだ。

 催涙ガスと狙撃の恐怖が忘れられないのだと思われる。

 上手く回避したとは言え、彼女はそれらをはっきり認識したのである。

 俺達から目を離してはいけないと考えたに違いない。

 そしてそれは、実に正しい判断である。


 部屋に荷物を置いた俺達は、タオルと部屋着を片手に移動する。

 街の各所では、大衆向けの温泉が運営されていた。

 温泉は火山による熱で温められたものらしい。

 土の精霊の恩恵を受けており、様々な効能があるのだという。

 元の世界なら詐欺かと思ってしまう売り文句だが、このファンタジーな異世界では真実味を帯びている。


 初日は宿の温泉を利用することにした。

 元の世界でも、俺は温泉を利用したことは無かった。

 だいたいシャワーで済ませている。


 温泉と言えば日本だ。

 いつか味わってみたいと思っていたが、まさかそれが異世界で叶うとは思わなかった。

 人生、どう転がるか分からないものである。


 宿の内装は、異国の趣があった。

 より正確に表現するなら和風というやつだ。

 日本の旅館のイメージに近い。

 写真でしか見たことはないものの、確かこんな感じだった。


「なんというか、風情があるって言うのか? 日本人はこういう雰囲気に慣れているのかい」


「……そうでもないわ。旅館なんて滅多に泊まらないし」


 ミハナはそっけなく答えた。

 彼女は温泉にもあまり興味がないらしい。

 もったいない性格をしている。


 部屋から数分もしないうちに、併設された温泉に着いた。

 入口は男用と女用とで分けられている。

 俺はアリス達に別れを告げて脱衣所へ入った。


 衣服を脱ぎ、着替えと一緒に空いたロッカーへ詰め込む。

 施錠して鍵を持ち、タオルを腰に巻いた。

 スライド式のドアを開けて温泉へと向かう。


 熱気と共に、独特の臭いが鼻腔を通過した。

 卵の腐ったような臭いだ。

 これは硫黄だろうか。

 街中でも同じ臭いがしていたが、ここの方が何倍も濃い。

 やはり火山が近くにあるからだろう。


 温泉は室内に一つあった。

 擦りガラスを挟んだ屋外にも、別の露天風呂があるようだ。

 岩で囲ったそこには、白く濁った湯が溜まっている。


 利用客は疎らだった。

 夕方という時間帯のせいか。

 高級宿ということもあって、そもそもの利用者が少なめなのかもしれない。


 俺は身体の汚れを洗い落とすと、さっそく湯に身体を沈めた。

 同時に深いため息が漏れる。

 全身の疲れが流れ出す感覚があった。

 この熱めの湯が心地よい。

 じわじわと凝りがほぐされていく感じがする。


 そうして俺は、無心になって温泉を堪能した。

 気が付くと、周りには誰もいなくなっていた。

 ちょうど夕食時なので、他の者達は一旦出たのだろう。

 俺はもう少し浸かっていようと思う。

 アリス達は戻っているかもしれないが、別に俺が不在でも困ることはあるまい。


 俺は室内の温泉から露天風呂へ移った。

 植物の壁に囲われたそこには天井が無く、日暮れの空が望めるようになっていた。

 もう少し日が落ちれば、満点の星空を楽しめることだろう。

 なかなかに素晴らしい。

 温泉を満喫するための工夫が為されている。


 空を仰ぎながら露天風呂に浸かっていると、背後から足音がした。

 人の少ない時間帯を狙う利用者だろう。

 その気持ちは分かる。

 この温泉をほぼ貸し切り状態で使えるのは贅沢でいい。

 俺は振り向かずに目を閉じる。


「お湯加減はいかがでしょう?」


 女の声がした。

 怪訝に思った俺は、反射的に振り返る。


 湯気の漂う中、タオルを巻いた魅惑的な肢体が佇んでいた。

 艶やかで色白の肌に、ふんわりと揺れる栗色の髪。

 ぴこぴこ、と特徴的な狐耳が動く。


「お隣、よろしいかしら」


 上品な微笑を以て歩み寄ってくるのは、この地を支配する妖術師その人であった。

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