第88話 爆弾魔は秘匿された能力を探る
豪雨の中、川に沿って進んでいると無事な橋を発見した。
そこから既定のルートに戻り、ほどなくして宿泊予定の街に到着した。
ちなみにここはまだ賢者の支配領域である。
外壁もない小規模な街で、樹木都市のように発達した感じではなかった。
言ってしまえば辺境の田舎といったところだ。
雨のせいか、街の通りは閑散としている。
たまにずぶ濡れの冒険者らしき人間を見かけるくらいだった。
俺は速度を落としてゴーレムカーを走らせていく。
事前に知らされているダミーの旅行計画によれば、ここで二泊する予定だった。
郷土料理を食べてゆっくり過ごすらしい。
あくまでも旅行という建前のため、スケジュール通りに観光地を巡らねばならないのだ。
面倒だが仕方ない。
これは潜入任務であり、妖術師に怪しまれずに彼女の身辺調査をする必要がある。
場合によっては暗殺までやるのだ。
ただの旅行だというスタンスを装わなければ、後で苦労することになる。
街の通りを進む俺達は、ひとまず適当な宿を確保した。
ミハナは別の部屋を取った。
俺達を同じ部屋で寝泊まりしては、命がいくらあっても足りないそうだ。
彼女の言い分も分かるので引き止めはしない。
その日は宿で大人しく夜を過ごした。
これといったトラブルも無く、翌朝がやってくる。
昨日の豪雨が嘘のように、空は晴天だった。
窓の外に見える街の通りも活気付いている。
「ん?」
朝からソファに寝転がって酒を飲んでいると、ノックも無しに部屋の扉が開いた。
現れたのは、荷物を持ったミハナである。
「出かけてくるわ」
「どこへ行くんだ?」
「買い物よ。一人の時間がほしいから、ついてこないで」
ミハナは突き放すような口調で告げる。
相変わらず不愛想だ。
まあ、向こうは仲良くしたくもないのだろう。
それにも関わらず外出の旨を報告しに来る辺りは、彼女の律儀な性格が窺えた。
俺は寝転がったまま手を振る。
「そうかい。気を付けて行ってきな」
「昼食を済ませてから戻ってくるから」
「――ああ。どうぞどうぞ、ゆっくりしてきてくれ」
扉を閉めようとするミハナに、俺は薄笑いを浮かべる。
彼女は動きを止めると、こちらを睨み付けてきた。
どことなく不安そうな顔をしている。
俺は酒を一口飲んで首を傾げた。
「何か言いたいことでも?」
「……別に」
ミハナは顔を逸らして扉を閉めた。
足音が遠ざかっていく。
それが聞こえなくなったところで、俺はそばに座る相棒に目を向けた。
「アリス」
「何かしら」
「ちょっとした実験をしよう。新しい発見があるかもしれない」
俺は酒瓶の中身を飲み干して立ち上がる。
それを机の上に置き、脱ぎ捨てた上着を羽織った。
軽く顎下や頬を撫でる。
多少ざらつくが、まだ髭は剃らないで大丈夫そうだ。
「新しい発見というのは、彼女の能力のこと?」
「その通り。少し閃いたんだ」
昨日のうちに良い計画を考えておいた。
これが上手くいけば、ミハナの能力の正体に近付くことができる。
少なくともスキルの効果を予想する材料にはなり得るはずだ。
結果がどう転んだとしても、俺達に不利益が生じにくいのも大きい。
つまらない偽装旅行が続いては、ミハナも退屈に感じるだろう。
ここで俺達がささやかなスリルをプレゼントすれば、きっと喜んでくれるに違いない。
せっかく行動を共にしているのだ。
特製の罠を楽しんでもらおうと思う。
◆
三十分後、俺とアリスは雑居ビルの屋上にいた。
家主に金を払って一時的に借りたのである。
傍らには狙撃銃を置いていた。
ミノルを奇襲した際に使ったものだ。
ただし、非殺傷の麻酔弾を装填している。
被弾したところで命に別状はない。
ここは宿泊した宿が一望できる位置にあった。
だいたい七十ヤードくらいの距離だ。
見晴らしがよく、眼下を往来する人々がしっかりと見える。
俺は街の様子を眺めながらバーガーを齧る。
ファーストフードの味が恋しくなったので、あり合わせの材料で自作したのだ。
再現度に関しては及第点にも達していない印象だが、これはこれで悪くない。
腹を満たすには十分だろう。
横に座るアリスも、頬を膨らませながら食べている。
さて、なぜこんなところに居座っているかというと、ミハナの帰りを待っているのだ。
仕掛けた罠を前に、彼女がどんなリアクションをするか見届けねばならない。
それによって正体不明のスキルを暴くつもりだった。
(一体、どんな能力を持っているんだ?)
豪雨の際、ミハナが不意に声を出した場面があった。
あの時の彼女は、何もないと誤魔化していた。
もちろんその言葉を信じるわけがない。
俺の予想だが、ミハナはあのタイミングで川の氾濫に気付いていたのではないだろうか。
彼女が声を発した時、川までまだ距離があった。
豪雨の中で氾濫を視認することは、ほぼ不可能だったろう。
だが、あの場面で前方の何かに気付いたとなれば、思い付くのは川の氾濫ぐらいだ。
誰かが潜んでいたのなら、俺かアリスが察知している。
本来なら分かるはずのない氾濫を、ミハナは事前に把握していたのかもしれない。
それがスキルによるものだと仮定すると、逆算的に効果を推測できる。
今から行うのは、考察の裏付けだった。
俺の予想が正しければ、これでミハナの能力の候補を一気に絞れる。
バーガーもどきを齧りながら、俺はスコープで監視を続ける。
この屋上からだと、宿の面する通りをしっかりと見下ろすことができる。
ミハナの帰りを見逃すことはまずないだろう。
宿内の数か所には、こっそりと爆弾を設置している。
もちろん人間を殺害するほどの破壊力は持たせていない。
周囲に催涙ガスを撒き散らすだけである。
手元のスイッチを押すと、瞬く間に宿内に蔓延するようにしておいた。
ミハナが宿に帰ってきたら起爆するつもりだ。
そうして待つこと数時間。
通りにミハナの後ろ姿を発見した。
俺は欠伸を噛み殺して微笑む。
「ようやく帰ってきたな」
彼女は真っ直ぐと宿屋へ向かっていた。
なぜか早足で、きょろきょろと忙しなく周りを窺っている。
俺達の奇襲でも恐れているのだろうか。
その予感は見事に的中している。
出発の間際、意味深な言動でミハナに不信感を抱かせた。
加えて旅行が始まってから初の単独行動である。
街中で俺が仕掛けてくる可能性を疑っていることだろう。
警戒するミハナは、身を守るためにきっと能力を使う。
学園長室で暴力を振るえたことから、彼女の能力が常時発動型ではないことは判明していた。
任意かどうかは知らないが、オンオフの切り替えがある。
正しい結果を知るために、ミハナには確実に能力を使ってもらわねばならない。
油断して能力を使っていない彼女を、催涙ガスで苦しめても意味がないのだ。
スキル発動の瞬間を披露させて、その効果を吟味させてもらう。
ミハナは慎重な足取りで宿へと歩く。
遥か後方にいる俺達の存在には気付いていない。
感知系のスキルや魔術は使えない、或いは効果範囲が狭いようだ。
(よしよし、もうすぐだ……)
俺はスイッチに指を載せる。
その姿勢でミハナの動きを凝視し続けた。
指先に神経を集中させて、起爆の瞬間を心待ちにする。
ついにミハナは、宿の入り口に差し掛かった。
そのまま室内へ入るかと思いきや、彼女はびくりと肩を跳ねさせる。
すると入り口で唐突に引き返し、早足で来た道を戻り始めた。
スコープにズームされて映る顔には、焦りと恐怖が滲んでいる。
爆弾に気付いたのは明らかだった。
しかし、宿の外からでは絶対に気付けない箇所に仕掛けていた。
目視で発見したとは考えづらい。
事前に予想した通りの結果であった。
「ハッハ、素直な子猫ちゃんだ」
俺は朗らかに笑いつつ、構えた狙撃銃を旋回させる。
ミハナは街中を逃げ惑っていた。
俺は屋根から屋根へと跳んで追跡する。
決して気付かれないように意識しながら、常にミハナを視界に収め続けた。
背後からはアリスがついてくる音がする。
俺には及ばないものの、彼女も一般的には高レベルだ。
補正によって身体能力は高まっており、パルクール紛いの動きもできるようになっているらしい。
「100、99、98、97……」
ミハナを追跡しながら、俺は数字を百から順にカウントダウンしていった。
ゼロになった瞬間に撃つと心に決める。
何があってもそれを曲げない。
使用するのは麻酔弾だ。
命中させたところで契約違反にはならない。
しばらく逃げたミハナは、路地の陰に潜んだ。
ひっそりと目立たないようにしている。
彼女は壁にもたれかかり、乱れた息を整えていた。
走ったことで体力が切れたようだ。
そんな一連の挙動は、俺の立つ位置からだと丸見えだった。
いつでも狙撃できるが、それはしない。
きっちりとカウントダウンを続ける。
ミハナの手には、小さな杖が握られていた。
あれでいつでも魔術を使えるようにしているのだろう。
一見すると些細な抵抗である。
悪あがきにも等しい。
だがしかし、その些細な抵抗によって、ミハナは決闘の勝利を掴み取った。
もう油断はしない。
「…………」
俺は膝立ちになって狙撃銃を構え、屋上の物陰からミハナを注視する。
距離は約八十ヤード。
まず気付かれないだろう。
俺はカウントを減らしていく。
(さて、どう動く?)
カウントが六十に達したところで、ミハナが目を見開いた。
そして慌てたように近くの建物へ逃げ込む。
壁に阻まれて、スコープによる観察ができなくなった。
俺は狙撃銃を下ろすと、アタッシュケース形態に戻した。
立ち上がって煙草をくわえて火を点ける。
細く長い煙を吐きながら、ミハナが避難した建物を一瞥する。
「――ふむ、だいたい一分か」
それなりに大胆なことをやってみたが、非常に大きな収穫があった。
ミハナのスキルの正体を絞り込み、その輪郭をおおよそながらも捉えることができた。
成果としては上出来だろう。
「ジャックさんの予想通りね」
「ああ、概ねな」
そばで静観していたアリスに応じつつ、俺は踵を返した。
「戻ろう。宿に仕掛けた爆弾を外さないといけない」
アタッシュケースを手に提げて、屋上から屋上へとジャンプしていった。
適当な場所から地上に降りて、宿への道を辿る。
実験は成功した。
ミハナの能力の一端を知り、攻略の足掛かりを得られた。
ここから地道に精査するつもりだ。
徐々に殺害計画を詰めていこうと思う。




