第86話 爆弾魔は召喚者と旅行する
三日後、城塞都市にミハナが来訪した。
暗殺王の話通りである。
彼女と応接室で再会した俺は、その容姿に注目する。
歯と鼻が折れたはずの顔面は元通りになっていた。
それらしき痕跡は見つからない。
たぶん魔術で治癒したのだろう。
賢者ならそれくらいできてもおかしくない。
ミハナのそばには賢者がいた。
付き添いでここまで来たようだ。
賢者は強い不信感を向けてくる。
当然のリアクションだ。
最後に会った学園長室で、真っ向から対立するようなことをしてきたのだから。
むしろ城塞都市にやって来たことに驚いている。
それだけミハナを気遣っているのだろう。
入室してきた二人に対し、俺は恭しく一礼する。
「やあ。綺麗なレディーに同伴できて嬉しいね」
ミハナは露骨に顔を歪めた。
そして低い声で呻く。
「……アンタ、本当に性根が腐ってるわ」
「ははは、褒め言葉として受け取っておくよ」
俺はミハナの言葉を受け流して笑う。
前回とは異なり、ミハナは露骨に見下してくる態度をやめていた。
俺が暴力を振るえると知っているからだ。
彼女の立場で考えれば、迂闊な真似ができない。
また歯を折られるのは嫌なのだろう。
契約書のグレーゾーンのおかげで、死ななければどんな重傷でも負わせられる。
それはなかなかに恐ろしいことだと思う。
俺は二人の背後に視線を送る。
「暗殺王は来ていないのか」
「奴は所用があるらしい」
賢者が苦々しい顔で答える。
確かにあの希薄な気配は感じられない。
アリスにアイコンタクトするも、彼女は首を横に振る。
魔術的な能力で隠れているわけでもない。
暗殺王は本当に不在らしい。
その時、賢者が俺に歩み寄ってきた。
顔を近付けて耳打ちしてくる。
「事情は暗殺王から聞いている。くれぐれも余計な気は起こすな。魂の隷属化は、死より恐ろしい苦悶が待つと思え」
殺気が肌を突く。
どうやら仕事の詳細は聞いている様子だ。
そして賢者は、今回の仕事に反対みたいである。
彼の心情は察することができる。
俺とミハナを共に行動させるのだ。
極上の生肉をライオンの前にぶら下げるようなものだし、気が気でないだろう。
「分かっているさ。信頼してほしい」
俺は笑顔で賢者に伝える。
たぶん信じてもらえないだろうが、別にそれは構わない。
元より賢者から信頼されるとは思っていなかった。
仕事さえ始まってしまえばこちらの物である。
その後、俺達は専用ガレージへ向かった。
移動用のゴーレムカーに乗るためだ。
やはりあれだけのスペックの移動手段は他にない。
「無闇に戦闘をするな。あくまでも調査が目的だ。暗殺はあくまでも最終手段という認識でいてくれ」
「もちろん。俺は朝のシリアルと同じくらい平和を愛しているんだ」
賢者によるしつこい忠告に、俺は適当な言葉を返しておく。
そろそろ鬱陶しくなってきたが、ここまでの辛抱だ。
好きなだけ喋らせておけばいい。
俺はゴーレムカーのドアを開けると、そこへミハナを招く。
「さあ、どうぞお嬢様」
「…………」
ミハナは無言で助手席に乗り込んだ。
それを見ながら俺は運転席に行く。
アリスは後部座席へ乗った。
どことなく不満そうなのは、いつもの席が取られたからだろう。
しかし、それは仕方ないのだ。
信頼できない人間を後部座席へ乗せるわけにもいかない。
万が一、ミハナが何かしても助手席ならすぐに対処可能だ。
背後からアリスが拘束することもできる。
「じゃあな! 土産もちゃんと買ってきてやるよ!」
賢者に手を振りながら、俺はゴーレムカーを発進させた。
そのまま舗装されたばかりの車道を通って城塞都市を出発する。
ここから賢者の支配領域を経由し、妖術師の支配領域へと入る予定だった。
ルートの都合で暗殺王の支配領域は通らない。
安全な道を選んで進むため、だいたい一週間はかかる計算であった。
途中、いくつかの街や村に宿泊しながら進んでいくことになる。
ちなみに今回は隠密的な仕事ではなく、堂々と移動することになっていた。
妖術師の感知能力があれば、俺達の来訪にもすぐに気付くとのことで、下手に隠れても不審がられるだけなのだという。
建前上は、俺とミハナの仲直りの旅らしい。
賢者から妖術師に事前に通達し、彼女の支配下にある観光都市を巡る予定となっている。
そんなお粗末な嘘で大丈夫なのかと心配になるが、俺にとってはどうでもいい。
調査や暗殺は、ミハナ殺害の口実でしかない。
極端な話を言うと、本来の仕事は大失敗でも構わないのだ。
成否については暗殺王からも言及されていない。
「ねぇ」
考え事をしていると、ミハナから話しかけられた。
意外に思いながらも俺は応じる。
「なんだい」
「他の召喚者とは再会した?」
ミハナは他の日本人のことが気になるらしい。
面識がほとんどないと言っても、彼らは同じ国の人間だ。
行方を知りたい気持ちは分かる。
一瞬の思考を経て、俺は首を振った。
「いや、君が一人目さ。そう簡単に再会できるもんじゃない」
まさか二人の召喚者を始末しているとは言えない。
ミハナを余計に警戒させる要因となる。
向こうが真実を知らないというなら、それを利用した方がいいだろう。
「確かにそうね。できれば合流したいけど……」
「別行動を決めたんじゃなかったのか?」
「私は反対だったのよ。いくら疑心暗鬼といっても、こんな世界で離ればなれになるなんて馬鹿げているわ。それもこれも、すべてアンタのせいよ……」
ミハナからの恨み言に、俺はハンドルを握りなら肩をすくめる。
「悪いと思っているよ。ついカッとなっちまったんだ」
「そもそも、どうして私を殺そうとしたの。アンタが恨む帝都はもう滅んだでしょ?」
重ねられた質問に、思わず怒り覚えそうになる。
しかし、ここで冷静さを欠くのはナンセンスだ。
俺は一呼吸で心を落ち着け、淡々と答えを述べる。
「謁見の目で全員のステータスを確かめた時、お前らは俺のことを蔑んだ。だから帝都爆破で始末するつもりだったが、まんまと生還された」
「…………」
「俺は獲物を絶対に逃がさない主義なんだ。今はそのスタンスを曲げざるを得ない状況だがね」
「アンタ……狂ってるわ。それだけのことで、私達を恨んでいるというの……?」
ミハナは呆然と呟く。
本音で語ったつもりだが、見事に理解されなかったらしい。
俺は彼女の目を一瞥する。
「オーケー、ミハナ。侮辱を軽視するもんじゃないぜ。相手を馬鹿にしたくせに、殴り返されないと思っているのかい?」
「そ、それは……でも、他にも方法があったはずよ。いくらなんでも殺すのは」
「やり過ぎだと言いたいのか? はっはっは、都合がいいなぁ。シロップ漬けのヌガーより甘い考えだ」
分かってはいたが、やはり彼女とは相容れない。
立場や価値観が違い過ぎるのだ。
互いに被害者を気取り、相手を加害者に仕立て上げていた。
ここで議論したところで平行線になるだけだろう。
「おっと、議論は一時中断だ。先に無粋な連中を排除しよう」
サイドミラーを見た俺は、ポケットの中に入れていた爆弾を窓の外へ落とす。
数秒後、後方を走っていた馬車が吹き飛んだ。
火炎を散らしながら派手に横転する。
「ア、アンタ何をして……っ」
慌てて席を立とうとするミハナをジェスチャーで止めた。
俺はチッチと舌を鳴らして笑う。
「暗殺王の部下だ。街の中からずっと尾行されていた。監視の目があると調査に支障が出るだろう?。文句は言われないはずさ。気ままに旅行を楽しもうぜ」




