第85話 爆弾魔は暗殺を請け負う
「依頼だって? 俺に何をさせたいんだ」
俺は暗殺王に質問を投げる。
暗殺王が持ちかけてきたということは、契約の権利を使うつもりなのだろう。
決闘に敗北した俺は、一度だけ暗殺王からの仕事を無条件で請け負わねばならいのだ。
契約書ではそういうルールだった。
いずれ頼み事でもされるかと思っていたが、想定よりタイミングが早い。
何か急用でもあるのだろうか。
わざわざ深夜に私室へ忍び込んで頼むということは、あまり表沙汰にはできないことだろう。
俺の考えをよそに、暗殺王は重苦しく語る。
「エウレア代表の一人――妖術師が怪しい動きをしている。他国との接触の疑いがある。国内の安寧を乱しかねない」
「へぇ、そいつは穏やかじゃないな」
「汝にはその調査を依頼したい。場合によっては、妖術師の暗殺も許容する。ミハナと協力して、真実を突き止めろ」
暗殺王の話を聞いた俺は、腕を組んで考え込む。
妖術師とは、集会にも同席していた狐耳の美女だ。
彼女の支配領域に俺を派遣したいらしい。
その前に色々と突っ込みたい部分があった。
どうやら暗殺王は口下手のようで、本当に最低限のことしか話さない。
無条件に従わないといけないとは言え、即座にイエスと返すには判断材料が少なすぎた。
俺は思考を整理しながら質問をする。
「どうして俺に依頼するんだい。暗殺なら部下に命じればいいじゃないか」
暗殺王は暗殺教団を率いている。
悪人を始末する専門機関だ。
およそ百年前に設立されて以降、脈々とその力を受け継いでいるらしい。
エウレア国内においても、暗殺という一点においては他の追随を許さない闇の組織である。
国外からも依頼があるほどだった。
そんな暗殺教団のトップに君臨するのが、目の前の暗殺王だ。
調査や暗殺は専門分野であり、俺に頼む理由が分からない。
それこそ、暗殺王が自ら暗殺に向かう手もあるだろう。
こうして誰にも気付かれずに俺の私室に潜入しているのだから、片手間にできる仕事に違いない。
そういったことを指摘すると、暗殺王は沈黙した。
やがて言いにくそうに回答する。
「……密偵が一人も帰ってこない。我が赴こうにも、妖術とは相性が悪い」
「相性?」
「専用の結界を張られている。支配領域に侵入できない」
「ほほう、そいつは大変だな」
俺は他人事で相槌を打つ。
専用の結界を張られるとは、暗殺王と妖術師は仲が悪いのだろうか。
或いは過度に暗殺を警戒しているのかもしれない。
おそらくは後者が正しい気がする。
俺だってこんな風に不法侵入されたいとは思わない。
しかし、それが分かった上でもまだ疑問が残る。
俺は一番気になっていた部分を訊くことにした。
「依頼の概要はいいとして、なぜミハナを同行させるんだ」
「あの娘は生存能力に長けている。未熟だが、聡明な部分もあり、此度の調査に最適だ。ただ、暗殺に足る力が無い。そこで汝を選んだ」
「随分と評価しているんだな。ところで、俺が彼女を殺したがっていることを知った上での依頼かい?」
俺が尋ねたその瞬間、不意に暗殺王が動き出した。
流れるようにソファを飛び越えると、俺の眼前で静止する。
靄の中から大鎌が伸び、その緩やかに湾曲した刃が俺の首に添えられている。
一方、俺は拳銃を暗殺王に突き付けていた。
弾丸には精霊石のパウダーをたっぷりとコーティングしてある。
半端な魔術は容赦なくぶち抜けるだろう。
靄で姿を誤魔化しているようだが、この至近距離なら関係ない。
引き金を引くだけでまとめて吹き飛ばせる。
「…………」
暗殺王は微動だにしない。
ただ冷徹な視線を送ってくる。
俺は喉を鳴らして軽く笑う。
「どうした? ここで戦うつもりなら、俺は反対しないぜ?」
「……あの娘を殺せば、汝を殺す。穏健派の賢者は手を取り合っての繁栄を望んでいるようだが、我は違う」
「それで?」
「不要と判断すれば、斬り伏せるのみ也……ゆめゆめ忘れるな」
暗殺王の言葉には、確かな怒りが込められていた。
理性という蓋で押し込めているが、隙間から覗いている。
しばらく睨み合ったのち、俺は拳銃の引き金から指を離した。
「怖いことを言うなよ。ただのジョークさ。彼女に情でも移ったのかい?」
「…………」
暗殺王は答えない。
代わりに大鎌を靄の中に引き戻した。
僅かに発露した怒気も感じられなくなる。
取り乱したことを自覚し、自らを律したのかもしれない。
俺は拳銃を仕舞いながら、指を追って確認をする。
「妖術師の悪事の調査と、企みによっては暗殺。それでいいんだな?」
「――出発は三日後。娘はこの街に派遣する」
それだけ述べると、暗殺王は空気に溶け込むようにして消えた。
希薄な気配すらも無くなっている。
室内には真の静寂が戻った。
私室に残された俺は、戸棚からワインボトルとグラスを取り出す。
それらを手にソファへ戻って晩酌を始めた。
(悪くない展開だ)
自然と頬が緩みそうになる。
ミハナを殺せるチャンスがやってきた。
暗殺王も苦渋の決断だったろう。
ミハナと俺を組ませるなど、常軌を逸したアイデアである。
彼女の身を案じるなら、絶対にとってはいけない選択だ。
きっと暗殺王もそれは分かっている。
そういった懸念を度外視するほど、妖術師の動きを警戒しているということだ。
つまりは、二人の召喚者を投入するほどの敵と認識しているのである。
個人的には、妖術師に悪い印象は無い。
集会時にも静観を貫いており、俺にはあまり関心が無い様子だった。
新参として馬鹿にすることもなく、だからと言って手放しで歓迎する感じでもなかった。
本当に中立的な態度というイメージである。
彼女に関することも調査しているが、特筆事項はこれといってない。
他の代表に比べると、ごく平凡な統治を行っている。
美しい種族をやや優遇しているそうだが、極端な冷遇や差別までは無かった。
あくまでも妖術師に気に入られやすいといった程度だ。
支配領域の特徴としては物足りない。
改めて考えると、少し怪しい気もした。
端的に言って特徴がなさすぎるのだ。
暗殺王の話を加味した場合、意図的な印象操作の疑いが浮上してくる。
悪事が露呈しないように、あえて目立たないようにしている可能性だ。
陰で暗躍するタイプだろう。
思い返せば、元の世界でも似たような人間を目にしてきた。
何にしろ暗殺王の密偵が戻ってこないということは、後ろめたい事情が潜んでいるのは確実だ。
それを軽く調べて、暗殺王に密告しよう。
妖術師の殺害には興味がないので、難しそうなら断念してもいい。
俺の標的は、あくまでもミハナのみである。
先ほどのやり取りから鑑みるに、暗殺王とは間違いなく敵対することになるだろう。
仲良くやっていけないのは残念だが、こればかりはどうしようもない。
ディベートで言い負かして意見を覆せるものでもないのだ。
向こうも俺の凶行を見越して、様々な策を打ってくるに違いない。
出発までの三日間で、諸々の課題を解決しておかなければ。
万全の状態でミハナを出迎えようと思う。




