第81話 爆弾魔は魔術学園を見学する
賢者からの招待を受けた俺達は、いつものようにゴーレムカーで移動していた。
今回は自動運転に任せてある。
移動中、俺は酒を満喫した。
これなら飲酒運転ではない。
権力を活用して集めた銘酒の数々は、言うまでもなく美味かった。
草原にはたまに魔物が出現するので、拳銃で適当に撃ち殺す。
街道を外れても、それほど強力な魔物は出てこない。
ちょうどいい暇潰しである。
アリスは助手席で仮眠していた。
彼女も連日の仕事で疲れているのだ。
レベルアップによって基礎体力は増えているが、それでも限度がある。
ちなみに俺は素の体力に加えて、遥かな高レベル補正によって疲れ知らずだ。
ほぼ無限のスタミナを有している。
感覚的に、不眠不休でも軽く一週間は活動できるだろう。
冗談抜きでマンガに出てくるようなスーパーヒーローと同じような肉体になっている。
ただ、そこまでする必要が今は無いので、常識的な生活リズムを維持していた。
そうして車内での時間を過ごしていると、樹木都市が見えてきた。
特徴的な巨樹が君臨している。
何度見ても壮観だ。
この光景を撮影して元の世界に持ち帰れば、さぞ話題になるだろう。
記念写真ほしさに、城塞都市でカメラの作製をさせているが進捗は芳しくない。
構造を伝えようにも、肝心の俺の知識が曖昧なのだ。
辛うじて覚えている断片的な情報も、この世界でそのまま通用するものでもない。
部品一つ取っても代用が必要だ。
開発の優先順位は低いので、ささやかな楽しみとして完成を気長に待つつもりである。
賢者からの手紙では、いつ訪問してもらってもいいとあったのでアポなしでやって来た。
向こうの予定が立て込んでいれば、時間が空くまで待てばいい。
別の急ぎの用事でもない。
それこそ、勝手に観光でもして時間を潰せる。
樹木都市に到着すると、正門のそばにローブを着た人影がひっそりと佇んでいた。
その視線は俺達に固定されている。
見覚えのある顔だった。
以前、集会の際にいた案内人で、ホムンクルスだという女である。
俺は車の窓を開けて対応した。
「よう、またあんたか」
「マスターの命により参上しました。ついてきてください」
案内人の女は、そう言っていきなり車道を走り始めた。
結構なスピードだ。
乗用車と比べても遜色ない。
異様な光景だが、交通の邪魔にはならないだろう。
さすがはホムンクルスである。
俺は女に従ってゴーレムカーを運転する。
アルコールは既に抜け切っていた。
何ら問題ない。
「着いたようね」
途中、アリスが目覚めた。
彼女、周りをきょろきょろと見回す。
そして前方を疾走する女に気付く。
「……あれは何かしら?」
「前衛的なカーナビさ」
俺は笑いを堪えて答える。
案内されたのは、世界樹のそばの巨大な建物だった。
柵に囲われたその敷地には、いくつものレンガ造りの塔が建っている。
それらは数階ごとに通路で繋がっていた。
一番低い塔でも六十フィートはあり、ちょっとしたビルのようなサイズ感だ。
高い塔にもなると、その三倍は下るまい。
そんな建造物が十本ほど並んでいた。
奥にはさらに広大な建物もそびえ立っている。
俺は敷地内にある駐車場にゴーレムカーを停めて降りた。
まだ少し眠そうなアリスも続く。
「こちらです」
案内人の女は有無を言わさない調子で、すたすたと歩き始めた。
俺達はその後についていく。
敷地内は揃いの服を着た若者が闊歩していた。
時折、珍しいものでも見るような目を向けられる。
怯えた様子で囁き合う姿もあった。
中には嫌悪感も露わに、半ば睨み付けてくる者もいる。
本来なら喜んで話しかけにいくのだが今は自重する。
ここで爆殺死体を作ると厄介な事態になってしまう。
我慢すべきだろう。
俺は強靭な忍耐力を持つ男なのだ。
ちなみに彼らが着ているのは指定の制服で、ここは魔術の教育機関であった。
主に大都市に設置される施設らしく、国外には数々の学問を中心とする都市もあるそうだ。
その中でもここは、魔術師の育成機関に特化している。
卒業した魔術師は各地で活動し、過半数が賢者の勢力になるという。
賢者はここの学園長を務めているのだ。
事前情報によると、彼自身が創立したらしい。
創立から百年以上経っているそうなので、あの若々しい見た目は魔術か何かによるものだろう。
集会で対峙した時から、老獪な雰囲気は感じ取っていた。
何でもありの異世界だから、不老長寿を聞いても驚きは少ない。
自然な流れで敷地内へ招かれたのは、ここに賢者がいるからなのだろう。
学園長として仕事中なのかもしれない。
それから俺達は最寄りの塔へ入った。
区分けされた部屋では、生徒が授業を受けている。
一つ上の階では研究らしきことを実施していた。
通路を経由して別の塔へ向かうと、魔術による模擬戦が行われている。
そういった光景を順に見て回った。
なかなかに面白いが、明らかに回り道をしている気がする。
一向に賢者のもとへ辿り着く気配が無い。
不審に思った俺は、先導する女に話しかける。
「なあ、俺達は学校見学に来たわけじゃない。早く賢者に会わせてくれないか」
「事前に命令されている道程です。マスターの命令通りに動いております。それを外れることはできません。マスターの部屋は後ほど向かいます」
少しも止まる気配が無い女は、振り向かずに答えた。
義務的な口調で、異論は許さないとでも言いたげである。
実際、こちらの要望を聞き入れることはないだろう。
それを察した俺は隣のアリスに囁く。
「ホムンクルスってやつは、こんなにも融通が利かないもんなのか?」
「個体差があるわ。ここまで命令実行に執心するのは、彼女自身の性格でしょうね」
アリスは苦笑気味に言う。
彼女は女の言動を楽しんでいるようだった。
魔術による人工生命体とのことなので、その一挙一動に関心があるのかもしれない。
研究者気質な部分を刺激されたのだろうか。
加えてアリスは、授業風景も熱心に眺めていた。
満喫しているようで何よりである。
学園案内が始まってから一時間。
塔を巡った末に連れて来られたのは、奥にあった建物だった。
その一室の前に通される。
ルームプレートには"学園長室"と記されていた。
(ようやく着いたか……)
最初からここへ案内してくれれば良かったのだが仕方ない。
女に文句を言ったところで、何も反応は返ってこないだろう。
扉の前で停止してしまったホムンクルスを見て、俺は小さく肩をすくめる。
彼女の言葉を信じるならば、学園案内は賢者の意向らしい。
何らかの思惑があるのだろう。
今はまだ判断がつかない。
まあ、退屈なものでなかったのが救いだった。
アリスに訊けば、何をしているのかも解説してくれる。
ここのシステムを参考に、城塞都市でも教育機関を立ち上げるのは面白そうだと思った。
帰還したら検討するのも一考に値するかもしれない。
そんなことを考えつつ、俺は扉をノックした。




