表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/200

第8話 爆弾魔は錬金術師の願いを知る

 屋敷内へ戻った俺を出迎えたのは、涼しい笑みを浮かべるアリスであった。


「おかえりなさい……怪我をしているようだけど大丈夫なの?」


「ああ。問題ないさ。酒を飲んで寝りゃ治る」


 俺は軽い調子で答える。


 実際、コージとの戦いで受けた傷は大したものではない。

 数日も放っておけば完治する程度であった。

 少なくともアリスに心配される程度ではない。


「ごめんなさい。お酒は置いていないの」


「別に気にしなくていい。タイミングがあれば買ってくる」


 申し訳なさそうなアリスを宥めつつ、俺は無一文であることを思い出す。

 買い物をするには稼がないといけない。

 できるだけ盗みは働きたくなかった。

 殺した人間の持ち物を奪うのは別である。


 盗みのための殺人は好まない。

 無論、生死に関わる局面なら躊躇なく実行するが、少なくとも今はそういった段階ではなかった。


 アリス曰く、朝食ができるのに少し時間がかかるそうなので、その間に身体を洗うことにした。

 コージとの戦闘で汚れてしまった。

 土の上を転げ回ったりしたからな。

 立ったままゴリ押しできる相手でもなかった。

 さすがは勇者というべきか。


 俺はバスルームを借りる。

 実は昨夜にも使っているので要領は分かる。

 魔道具とやらを使っているらしく、お湯も不自由なく出てきた。

 非常に便利である。

 バイクやら車があるくらいなので、生活周りも魔術による文明発展が進んでいるのだろう。


「お?」


 脱衣所で衣服を脱いだ俺は、鏡に映る身体を見てあることに気付く。

 痣や傷が消えかかっていた。

 レベル補正だろうか。

 肉体の治癒力も大幅に上昇しているようだ。


 こいつは素晴らしい。

 限度は不明だが、負傷は気にせずに済みそうだ。

 小さいことだが悪くない変化だった。


 シャワーを浴びて脱衣所へ出ると、折り畳まれた戦闘服が置いてあった。

 綺麗に洗われた上に乾燥までされている。


「いつの間に……」


 そういえば、シャワーを浴びる最中に脱衣所で物音がした。

 たぶんアリスがゴーレムに命じて洗濯と乾燥をさせたのだと思う。

 随分と気の利く魔女だ。

 なかなかに侮れない。


 アリスと言えば、彼女については未だによく分からない。

 とりあえず歓迎されているのは間違いなかった。

 いきなり訪れた俺に、丁重な待遇をしている。

 会話も楽しんでいる様子だった。


 どうしてこれだけもてなされているのか。

 その真意が見えてこない。

 さすがに善意だけではないだろう。

 我ながら他人から好かれる性格でないのは知っている。


 彼女は狂気を抱えていた。

 そこに目的が隠れているのかもしれない。

 何らかの意図を以て俺を屋敷に泊めたと考えると説明が付く。


 俺の勘が正しければ、そろそろ目的を告げてくるはずだった。

 一方的に利用されるのは嫌いだが、アリスには既に世話になっている。

 可能な範囲でなら、彼女の要望に乗っても構わない。


 戦闘服を着た俺は脱衣所を出る。

 料理のいい香りに誘われて歩くと食堂に到着した。


「ちょうど準備ができたところよ。一緒に食べましょう」


 既に着席しているアリスが、優雅に微笑む。

 俺は彼女の対面の椅子に腰かけた。


 朝食はパンとサラダに赤いスープだった。

 薄くスライスした肉も付いている。

 原材料は不明で、たぶんこの世界特有の食材だろう。


 どれも非常に美味い。

 口に運ぶほどクセになる味だった。

 近所にこれを提供する店があれば、間違いなく通い詰めるはずである。


「今日は味付けはどうかしら? 少し濃い目にしてみたの。昨夜のジャックさん、少し物足りなさそうだったから」


 アリスが微笑混じりに語る。


 確かに昨日の夕食は美味かったが、やや薄味だった。

 不満はなかったものの、そう思ったのは事実である。


「見抜かれていたのか。そいつはすまない。気を悪くさせちまったな」


「いえ。気にしていないわ。私、舌が鈍いの。どんな味付けがいいのか分からなくなっていたから、むしろ助かったくらいよ」


 アリスは淡々と答える。

 嫌味や嘘は感じられなかった。

 本心から気にしていないようである。


 その後は黙々と食事を進めた。

 料理の過半数を食べ終えたところで、俺は話題を切り出す。


「さっきの来客については訊かないのか」


「それって面白い話題なの?」


 アリスが小首を傾げて言う。

 関心がないのは目を見て明らかであった。


「愉快っちゃ愉快だが、掘り返すほどではないかもしれないな」


「そう。ならもっと楽しい話をしましょう? ジャックさんは、これからどうするつもりなの?」


 今度はアリスから質問が飛んできた。

 これについては既にハッキリとした答えが出ている。

 食事の手を止めた俺は、獰猛な笑みを見せながら決心を口にする。


「俺と同時に召喚された連中を殺す。どうやら揃って生き延びていたようでね。帝都を爆破した俺への報復を企んでいるらしい」


 コージのハッタリも含まれているかもしれないが、あまり関係ない。

 彼が生きていた以上、他の奴らが死んでいなかったとしても不思議ではなかった。


 俺は狙った標的を絶対に逃さない主義である。

 連中は爆殺すると決めていた。

 俺を笑い者にしたのだ。

 必ず始末してやる。


 元の世界へ戻れるだけでよかったが、新たな目的ができてしまった。

 まあいいさ。

 二つの目的は並行して進められる。

 何ら不都合が生じなかった。


「まあ。それは大変。頑張ってね。応援しているわ」


 アリスはトーンを変えずに発言する。

 やはりずれた態度だった。

 マイペースにもほどがある。


 その後、俺のスキルを披露することになった。

 アリスの強い希望で、とても気になるらしい。


 俺は特に断る理由もなく了承した。

 秘密にするものでもない。

 アリスには一泊の恩もあった。


 連れて来られた屋敷の一室には、無数の薬品棚が設置されていた。

 様々な種類の薬草類もある。


「普段は調合に使っている部屋なの。爆弾にできる材料もあるわ」


 アリスは室内を巡って材料を手に取っていく。

 それをテーブルの一箇所に集めた。

 彼女は青い液体の入った瓶を指す。


「これは魔導液。魔力を加工したものよ。魔道具を作るのに必須で、乗り物の燃料にもなっているわ。純度が高いほど高価ね」


 アリスは材料を順番に紹介していく。

 ほとんどが見覚えのないもので、最初に作った爆竹もどきとはまるで違った。

 製作難易度は、絶対にこちらの方が高い。


 爆弾を作るには、各材料を指定の順番で混ぜ合わせるそうだ。

 それを瓶に詰めて、導火線を付けてから冷やして凝固させれば完成らしい。

 火に触れると爆発するようになるのだという。


 作製手順はそこまで難しくない。

 簡単な部類に入るだろう。

 しかし、なぜか引っかかることがあった。


 俺は材料を眺めて首を傾げ、思ったことをアリスに尋ねる。


「――これ、調合比率が間違っていないか?」


「合っているわ。これでも私、錬金術師だから。安心して作ってみて」


 アリスは首を横に振って私を促す。

 そう言われれば反論もできない。

 俺は手順に従って爆弾の製作を始めた。

 そして五分後、俺は目の前にできた三本の瓶を見る。




名称:魔力爆弾(試作)

ランク:D

威力:1000

特性:【火気過敏】【調合不良】【魔傷】




 悪くない。

 爆竹もどきに比べれば優秀な性能だった。

 改造した都市核には遠く及ばないが、あれは例外中の例外だろう。

 用途がまるで異なる。

 同列で判断してはいけない。


 アリスは出来上がった爆弾を手に取る。

 彼女は興味深そうに上下左右から観察する。


「すごいわジャックさん。調合をわざと間違えた爆弾の材料だったのに」


「何だって?」


「千人が作れば、千人が失敗するレシピ。なのにあなたは三つも作り上げた。本来ならありえないことなの」


「やはりそうか……」


 アリスの告白に俺は納得する。


 何か違和感があったのだ。

 彼女は俺のスキルの効力を試してみたかったようだ。

 その気持ちも理解できないことはない。


「これで分かったろう? 俺のスキルは爆弾作りを確実に成功させるんだ。たったこれだけだが、この上なく素晴らしい効果だ」


 俺がそう告げると、アリスが急に真顔になった。

 彼女は身を乗り出して顔を近づけてくる。


「ねぇ、ジャックさん。一つお願いがあるのだけれど」


「おう、何だい。遠慮なく言ってみな」


 アリスは瞬きの一つもせず、その澄んだ双眸を晒して言う。


「――私、世界を滅ぼしたいの。もしよかったら、手伝ってもらえるかしら」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ