第78話 爆弾魔は悪態を吐く
ほどなくして再びミハナを発見した。
彼女は必死に逃げ惑っているようだが、こちらの移動ペースの方が遥かに速い。
気配を探れば見つけるのは容易だった。
迷路だろうと関係なく、大まかな位置が分かる。
そういった訓練を散々受けてきた。
ミハナは前方二十メートル先にいた。
幸いにもここは直線の通路だ。
分岐路は少し遠い。
とは言え、魔術で壁に穴を開けられる可能性も考慮しておかなければいけないだろう。
向こうは魔術を使うことができる。
だから余計なことをする時間は与えない。
速やかに殺してやる。
「わっ、や、やばい……っ」
俺の接近に気付いてるようで、ミハナは懸命に距離を取ろうとする。
やはり足は遅い。
純粋な運動神経に加えて、緊張と恐怖でもつれているのも大きい。
俺は走って近付きながら、拳銃に意識を向けた。
当たればラッキー、躱されるのが前提だ。
射撃で怯ませてから一気に距離を詰める。
「そんなに逃げるなよ。俺だって傷付いちまうぜ――」
軽口を叩きつつミハナを狙おうとして、俺は目を見開く。
飛来してきた氷の棒が、銃口に詰まった。
俺は咄嗟に引き金を引くのを止める。
ミハナがいきなり魔術を使ったのだ。
それは分かった。
しかし、飛んできた氷の棒は一本だけである。
それを構えたばかりの拳銃の銃口に、ピンポイントで突き込むなど可能だろうか。
タイミングを考えるに、俺が構える前に魔術を行使しなければ間に合わない。
しかし、現実としてミハナは成功させた。
見事なまでの鮮やかさで、俺の射撃を妨害したのだ。
「チッ……」
舌打ちした俺は、氷の棒を抜き捨てる。
今度は腰だめで射撃しようとした。
そこへ再び氷の棒が迫り、またもや銃口に飛び込んでくる。
射撃が無理だと判断した俺は、拳銃を仕舞った。
「はぁ、はぁ……ははっ」
笑い声が聞こえた。
ミハナは緊張を滲ませながらも笑っていた。
そこに優越感が含まれていることに気付く。
「あの女ァ……」
理性の箍が外れる音がした。
俺はナイフを逆手に握って駆け出す。
あいつは絶対に殺してやる。
ただでは済まさない。
絶大の苦しみの果てに地獄へ叩き落としてやらなければ。
「やっば、い……!」
焦るミハナが腕を振ると、火の粉が舞った。
それらはパチパチと花火のように弾ける。
「おいおい、舐めるなよ? こんなもんでビビると思ったかァッ!?」
俺は無視して突っ込む。
火の粉の勢いが強くなるも関係ない。
多少の怪我ならすぐに治癒される。
薄目で前を見据え、そして確かな驚きを抱く。
(おお、マジかよ)
火の粉で時間稼ぎをして後退すると思いきや、ミハナがこちらへ突っ込んできた。
だが、好都合だ。
鬼ごっこにも飽きてきたところだった。
俺は掲げたナイフを突き込む。
もう少しでミハナを捉えるという時、いきなり火花の勢いが最高潮になった。
片目に赤白い光が炸裂する。
「ぐっ……」
間の悪いことに、火花で片目を焼かれたのだ。
俺はナイフを振るうも、刃はミハナの頬を僅かに掠めただけであった。
皮膚を浅く切り裂いただけで、とても有効なダメージとは言えない。
ミハナは半ば倒れ込むようにして俺とすれ違っていった。
「ったく、ちょろちょろと動くなッ」
俺は振り向きざまに蹴りを放つ。
その拍子にミハナは躓き、前傾姿勢になった。
蹴りは彼女の後頭部を通過する。
髪が何本か千切れるも、怪我は与えられない。
もっとも、それは予想していたことだ。
俺は気にせず踏み込んで殴りかかろうとする。
ところが、地面が陥没して足を取られた。
高すぎる身体能力が原因で、踏み割ってしまったのだ。
(くそ、怒りで力加減が狂ったか……っ)
崩れた体勢での拳はリーチが縮まり、弧を描くようにして空を切る。
振り向こうとするミハナは、ほんの僅か先にいた。
地面の陥没がなければ、間違いなくクリーンヒットしていただろう。
そこから俺は、何度も畳み掛けて格闘攻撃を繰り出す。
対するミハナはのらりくらりと無様に回避し続けた。
掴みかかっても、不思議と寸前で躱されてしまう。
時には魔術で反撃してくる始末だ。
それらは決して命を脅かす類ではないが、俺の神経を着実に逆撫でしていった。
「…………」
俺はついには足を止めた。
もたつきながら逃げようとするミハナを観察する。
やはりどう見ても素人の動きだった。
ところが彼女は、常に最適解を選び続ける判断力を持ち、運も味方している。
それがどうにもアンバランスな印象を受ける。
やってみて分かったが、肉弾戦も不利だ。
このまま続けても時間を稼がれる予感がする。
既に残り時間は僅かしかない。
俺は懐を探って爆弾を手に取る。
点の攻撃で駄目なら面の攻撃をするまでだ。
爆発を完全に回避するのは困難だろう。
「キャッチボールだ。しっかり受け取れよ」
俺は点火した爆弾を振りかぶる。
それを一目散に離れようとするミハナの背中に投げ付けた。
爆弾はほぼ直線的に飛び、狙い通りにミハナのもとへ迫る。
彼女は逃走しながら、片腕だけを爆弾に向けた。
「こ、来ないでっ!」
ミハナの指先から氷の刃が放たれた。
それが爆弾の導火線を切断する。
爆弾は地面を落ちて転がった。
少し待っても何も起こらない。
火が届いていないのだから当然だろう。
その間にミハナはさらに逃げる。
「ハハハ、冗談きついぜ」
俺は額に手を当てて苦笑する。
ノールックで飛ばした小さな刃で、爆弾を無効化しやがった。
飛んでくる軌道を知っていたような動き――いや、知っていなければできない。
俺は続けて別の爆弾を投擲した。
今度は手元のスイッチで起爆するリモートタイプだ。
導火線もないので、容易に解除できない。
「もう、しつこい!」
ミハナは先ほどと同じ動きで、今度は氷の針を発射した。
針は迫るリモート爆弾を貫通する。
俺はコンマ数秒の差でスイッチを押した。
爆弾は作動しない。
内部の起爆機構を破壊されたのである。
無理に破壊しようとすれば爆発する仕組みだったが、一本の針でその仕組みすらも止めたらしい。
氷の針で貫かれるより前に起爆しても、距離の問題でミハナには傷を負わせられなかった。
爆弾の殺傷範囲に入るギリギリで無効化されたのだ。
まだ爆弾は残っているが、挑戦したところで同じ結果を見るだけだろう。
その時、不快なブザー音が鳴り響いた。
天井を見ると、砂時計の砂がすべて落ち切っている。
『時間切れだ』
無情な賢者の声が短く告げた。
迷路全体が歪み、元の部屋へと戻っていく。
「な、なんとか逃げ切れた……」
へなへなと座り込んだミハナは、汗を拭って脱力していた。
隙だらけな姿は簡単に殺せるように思えるが、それはもう叶わないことであった。
俺は煙草を取り出して火をつける。
それをくわえて紫煙を吸い込んだ。
今の気分のせいで、あまり美味く感じられない。
もったいないことをしてしまった。
「――クソッタレ」
敗北を悟った俺は、ミハナを一瞥して吐き捨てる。




