第75話 爆弾魔はエウレアの代表となる
「挨拶も抜きに本題かよ。せっかちだと言われないか?」
俺は嫌味を交えて言いつつ、テーブルの下で足を組んだ。
向かい側に座る男は臆せず答える。
「効率主義だと呼んでくれ。俺達のことは既に調べているだろう? お互いに挨拶は不要だ」
男の言う通り、確かに代表に関する調べは付いていた。
ちなみにこの男は賢者と呼ばれており、非常に優れた魔術師である。
代表の中でもリーダー的な立ち位置だ。
よその国にも知られているほど著名らしい。
「それにしても、なぜ俺を代表にしたがるんだ」
俺が尋ねると、賢者は淀みなく答える。
「難しい話ではない。お前はドルグを殺した。ならば、諸々の跡を継ぐのが道理だろう」
「せっかくドルグという競合相手が消えたんだ。新しい代表なんて見繕わずに、空いた支配領域を乗っ取っちまおうとは考えなかったのか?」
「そうするとお前と争うことになる。あの巨竜人を殺すような男とは戦いたくない」
賢者は苦い表情で述べる。
ドルグの戦闘能力を知っている顔だ。
過去に争ったことがあるのかもしれない。
あれの脅威を知っているとなれば、俺を恐れるのも納得ができる。
俺はニヤリと笑いながら手を広げた。
「正直者だな。好感が持てるよ」
「無駄な争いは起こさず、エウレア全体の国力を高めていく。それがわたくし達の基本方針。素晴らしいでしょう?」
別の方向から声がした。
静観していた代表の一人による発言である。
それは狐耳の美女だ。
凛とした顔立ちで、ゆったりと着崩した赤い衣服を纏っている。
鮮やかな花柄が散りばめられており、日本の着物に似ていた。
佇まいや風貌が妖艶な雰囲気を漂わせている。
彼女は妖術師だ。
事前調査によると、魔術の親戚のような能力を用いることができるらしい。
魔物を操ることもできるのだという。
代表としての在籍期間が最も長いそうだ。
二十代にしか見えない外見とは裏腹に、実際はかなりの高齢なのだろう。
じっと見ていると、なぜか妖術師にウインクされた。
なんとなく危ない気配がするのでスルーを決め込む。
ああいう女に関わると碌なことがない。
これは経験則だ。
賢者は咳払いをして話を続ける。
「お前が支配領域を衰退させるなら介入せざるを得なかった。だが、お前はよくやっている。ドルグは軍事力ばかりを優先して都市開発を蔑ろにしていた。文句を言えば戦争をちらつかせる暴君だった」
「そこは同意さ。あいつは最低だった」
俺は深く頷く。
振り返れば、ドルグとは対立ばかりの日々だった。
主義や主張は似通っていた気もするが、たぶん立場や身分の差ですれ違ったのだと思う。
例えば同僚の傭兵みたいな関係で出会っていたら、意気投合できたのではないだろうか。
まあ、今となっては無意味な妄想である。
「ジャック・アーロン。お前が危険人物であることは事実だが、エウレア代表としての適性はあると思っている。俺達と国を発展させていかないか」
「ふむ……」
賢者の提案に、俺は腕組みをして考え込む。
随分と熱心に口説かれるものだ。
今回は部下になれという感じでもない。
あくまでも対等な関係だ。
悪い気はしなかった。
正直、今の時点でも代表みたいな立ち位置を担っている。
既に城塞都市を始めとした各所を支配していた。
業務にも大きな変化はないと思われる。
「お前が代表になれば、商業的な援助を約束しよう。思うままに支配領域を発展させることができる。友好の印として、無償での資源提供をしてもいい」
「随分と大盤振る舞いだな。話が旨すぎて逆に怪しい」
「それだけお前のことを評価しているということだ」
賢者は真剣な顔で述べる。
妖術師も頷いていた。
隣ではアリスがなぜか誇らしそうにしていた。
ここまで実力を買われたのなら、さすがに無碍にもできない。
エウレア国内で活動する以上、代表との付き合いは必須になってくるのだ。
俺は人差し指を立てて告げる。
「一つ、条件がある」
「何だ」
「俺は代表にはならない。アリスに務めてもらう。彼女の方がイメージがいい」
残念なことに、俺は狂った爆弾魔として周知されている。
分類的にはドルグと同じだ。
暴力で敵を叩き潰してトップに君臨しているのである。
そんな人間が代表になると、どうしても印象が悪い。
一方でアリスが穏健なイメージを持たれがちだ。
そばに俺がいるからというのも大きい。
対照的に良識のある人間だと思われるのだ。
性格も冷静沈着で、実務面においても彼女に任せれば申し分ない。
「アリスがブレーンで、俺はそのボディーガード。構図は悪くないと思うが、どうだろう?」
「俺はそれで構わないぞ。実質的な支配権がジャック・アーロンにあるならそれでいい」
「わたくしも賛成です。可愛い女の子が代表になるなんて素敵ですわ」
賢者と妖術師はそれぞれ了承する。
彼らは俺達が代表という派閥に加われば満足らしい。
アリスが代表だとしても誤差の範囲なのだろう。
俺は二人から視線をずらす。
「あんたはどうだい? さっきから黙り込んでいるが」
テーブルの端にひっそりと座る影に問いかける。
そこには黒い靄の塊があった。
うっすらと人型の輪郭を保っている。
不気味だが、事前にその素性を調べていたので驚きはしない。
靄の塊も立派な代表の一人だ。
暗殺教団のトップで、巷では暗殺王と呼ばれているのだという。
常に影魔術で容姿を隠しており、素顔を見た者は闇に葬られるという話だ。
暗殺王の靄が僅かに蠢く。
視線がこちらに向いた気がした。
「……我も異論ない。汝らの判断に託そう」
地響きのような低い声だった。
堅苦しい言葉遣いだが、ようするに賛成らしい。
それを聞いた賢者は、手を打って注目を集める。
「決まりだな。ここにエウレアの新たな代表が誕生した。これからよろしく頼む」
「こちらこそ、と言いたいところだがその前に忠告しておく」
俺は差し出された手を握らず、立ち上がって三人の代表を見回した。
数秒の沈黙を経て告げる。
「まさか無いとは思うが、余計なことを企んで俺の邪魔をしてみろ。すぐにドルグと会わせてやる」
「ジャックさんは本気よ。あまり刺激しない方がいいわ」
アリスは真顔で付け加える。
賢者は首を振った。
「分かっている。お前達を裏切ることはない。そういった行為を毛嫌いしていることも知っている」
「それならいいさ」
俺は薄笑いを浮かべて、賢者と握手を交わす。
賢者は頷くと、幾分か明るい声で言う。
「さて、祝杯を挙げよう。何が飲みたい?」
「美味くて珍しい酒を頼む」
「私も同じものを」
俺とアリスは即答した。
細かな銘柄にこだわりはない。
せっかくの機会なので、賢者のおすすめを飲んでみたいという魂胆であった。
次に賢者は二人の代表に問いかける。
「お前達はどうする?」
「そうねぇ、わたくしはいつもの果実酒をお願いします」
「……我は水でいい」
希望を受けた賢者は、手元の結晶に話しかける。
あれは電話のような役割なのだろう。
数分後、部屋の扉がノックされた。
「失礼します」
声と共に一人の女が入ってきた。
三つ編みにした黒髪で、野暮ったい眼鏡をかけている。
彼女の持つ盆には、人数分の飲み物が置かれてあった。
(こいつは……)
その顔を見た俺は、無意識のうちに眉を寄せた。
両手をホルスターの拳銃に添える。
凝視していると、すぐに女と目が合った。
女はぴたりと凍り付いたかのように硬直する。
「わわっ、え!? いや、ちょっと……っ」
一瞬の思考停止を経て、女は盆を投げ出して尻餅をついた。
ひどく慌てているのは明白だ。
震える手足で後ずさろうとしていた。
その姿を目撃した俺は、肩をすくめて呆れる。
「驚いたな。異世界に召喚された人間は、エウレアに移住するルールでもあるのか?」
嘆いてしまうのも無理はないだろう。
飲み物を持ってきたその女こそ、残る召喚者の一人なのだから。




