第74話 爆弾魔は集会に参加する
樹木都市における生活拠点を得た俺達は、外出せずにのんびりと過ごす。
最近は都市開発で忙しかったので、ちょうどいい休暇と言えよう。
美味い食事と酒を楽しみ、好きな時間に寝起きした。
時には宿のロビーに連絡して書物を借りたりする。
せっかくの機会なので、この世界の知識を深めようと考えたのだ。
書物内容で疑問点があれば、アリスに訊けば解決するのもいい。
彼女自身が辞書みたいなところがある。
幾度もの人生で培われた知識は決して侮れない。
読書の気分転換には、チェスに似たボードゲームを使った。
これもロビーに頼んで用意してもらった。
ルールはそこそこ単純で、駒の動きや種類が異なるものの、大まかな部分はチェスと酷似している。
戦略性があって非常に面白い。
ただ、アリスとの対戦で俺の勝率は一割未満だった。
辛うじて勝てた回も、アリスに手加減された結果である。
なんとなく悔しいので、いつか見返したいとは思っている。
そうして時間を過ごしているうちに、あっという間に集会の当日になった。
俺とアリスは朝から部屋で準備を整える。
とは言え、やることと言えば最低限の武装を済ませるくらいだ。
集会に際して武器を没収される可能性は高いが、最初から丸腰になることもない。
アリスからプレゼントされた二種類の拳銃を腰のホルスターに差す。
予備弾薬もしっかりと用意しておく。
あとは小型の爆弾をいくつかと、元の世界にいた頃から使うナイフを仕舞う。
だいたいこれだけあれば事足りるだろう。
それでも困った時は現地調達をすればいい。
アリスも自作の魔道具のアクセサリーを装備していた。
主に防御用らしい。
咄嗟に身を守れるようにしているのだという。
それは非常に大事な部分だ。
護衛が苦手な俺では庇えない場面がある。
事前に対策してくれるのはありがたい。
攻撃に関しては、彼女自身が魔術を使えるので問題ないだろう。
ドルグ戦を経たことで、アリスは大幅にレベルアップしていた。
今ではレベル57まで上がっている。
世間一般の基準で鑑みても十分に高い。
それに伴って体内の魔力量も増えているそうで、短時間なら自前の魔力だけでもパワードスーツが稼働できるほどだという。
ドラゴンの心臓の出力を肩代わりできるのだから、その凄まじさはよく分かる。
彼女に関しては、既に守るべき対象ではないかもしれない。
俺が気遣わなくても大丈夫な気はする。
とにかく頼りになる相棒には違いない。
「集会の場所は聞いているの?」
「それが聞いていないんだ。追って伝えると書いていたが、今のところ音沙汰無しだ」
アリスと会話しながら考える。
最初の手紙に集会の詳細な場所を記さなかったのは、たぶん俺による爆破を気にしたからではないだろうか。
代表を殺してその本拠地の都市を吹き飛ばしたような人間を呼ぶのだ。
ピンポイントで襲撃されることを恐れたという可能性はある。
それにしても、当日にもなって連絡がないのは予想外だった。
一体どうするつもりなのだろうか。
最悪、聞き込みをしてそれらしき場所を探すことになってしまう。
さすがに面倒なのでそれは避けたいのだが……。
出発の準備を終えたところで、部屋の扉がノックされた。
俺は拳銃に手を添えながら扉を開ける。
現れたのはフード付きのローブを着た女だ。
人形のように精巧な顔の作りで、表情は一切ない。
感情表現に乏しいアリスと比べても、数段ほど無表情である。
ローブの女は静かに一礼する。
「ジャック・アーロン様。マスターの命により参上しました」
「あんたが集会場所へ連れて行ってくれるのかい?」
「はい。案内役を承っております」
ローブの女は抑揚のない口調で喋る。
どこを取っても無機質な印象を受ける。
まるでロボットのようだ。
この部屋に来れた点については、それほど不思議なことでもない。
別に隠れ住んでいたわけではないので、調べて特定したのだろう。
ここに来るまでにも住民に注目されていたから、捜し出すのは難しくなかったと思う。
タイミングよく案内役を派遣してきたというわけだ。
「彼女は錬金術によって生み出された人工生命体――ホムンクルスよ。それも上位の性能ね」
アリスが俺の耳元で囁く。
ホムンクルスという単語には聞き馴染みがないが、その概要はなんとなく分かった。
人工生命体とは、もはやファンタジーというよりSFだと思う。
まあ、驚くほどではない。
既に何でもありの世界として認識しているのが功を奏した。
俺達の会話も気にせず、女は部屋から出た。
彼女はこちらを振り向いて尋ねる。
「案内します。ついてきてください」
建物を下りると、前の道に高級車が停められていた。
ゴーレムカーほどではないが、装甲や術式が施されている。
一般的な車両と比較すると明らかにハイスペックであった。
女は高級車の運転席を開けて乗り込む。
どうやら集会場所までこれで移動するらしい。
俺とアリスが後部座席に乗ると、女が振り向いてきた。
彼女の視線はアリスを凝視している。
「そちらはどなたでしょうか」
「俺の相棒だ。同行させるが文句はないな?」
「はい、問題ありません。同行者がいる際は共に連れてくるように承っております」
そう言って女は高級車を発進させる。
ゴーレムカーは置いていくことになったがその点は大丈夫だ。
アリスが遠隔操作できるので、何かあってもすぐに呼び寄せられる。
まあ、何事もなければゴーレムカーの役目もないはずである。
そうして車内で揺られること暫し。
高級車が到着したのは、中央部の巨樹だった。
確か培養された世界樹だったか。
下から見上げると、改めてその壮大さを実感する。
巨樹の根本には建物があった。
女はそばの駐車場に高級車を停める。
「ここは世界樹の管理と魔力の供給施設です。世界樹の生み出す魔力を都市全域に届けています。集会場所はこの中にあります」
「へぇ、そいつはすごい」
俺は世界樹を観察する。
役割としては都市核に近いようだ。
あれも都市全体の調整を行う装置だった。
そこまで考えた俺は、ふと閃きを得る。
(ひょっとして、この世界樹も爆弾にできるのか……?)
否、絶対にできるだろう。
俺には【爆弾製作 EX++】がある。
然るべき手順を踏めば、確実に改造が可能なのだ。
これだけ巨大な樹を爆発させたら、果たしてどうなるのか。
好奇心が湧いてしまう。
なんとか実行の機会が訪れないものか。
「ジャックさん、駄目よ」
隣のアリスから注意された。
何も言っていないというのに、考えていることがバレた。
さすが相棒である。
密かに野望を抱きつつも、俺達は建物内部へ入った。
その奥の下り階段まで案内される。
階段の手前で女は立ち止まった。
彼女は俺達を見て告げる。
「私が案内できるのはここまでです。先へ進むことを許可されておりません」
「そうか。ちなみに武器は回収しないのかい?」
「ええ、そのような指示は特に承っておりませんので」
冷徹な女の答えに、俺は小さく肩をすくめる。
そういえば、ドルグと面会した時も武器を携帯したままだった。
エウレアの代表は身の安全を守ることに自信があるらしい。
まあ、俺としても没収されていい気分はしないので別に構わない。
「案内ありがとう。今度、一緒に飲もうぜ」
「…………」
役目を終えて動かなくなった女を置いて、俺達は階段を下りる。
階段の先には、一つの鉄扉が設けられていた。
他に道は無いので開けるしかない。
どうやらこの先で集会が行われるようだ。
「準備はいいか?」
「できているわ」
「オーケー、それじゃあ行こうか」
アリスの答えを聞いて、俺は扉を押し開く。
その先にある部屋は、楕円形の大きなテーブルが面積の大半を占めていた。
テーブルの各所には三人の人間が座っている。
そのうち中央に座る男がこちらを向いた。
「ようやく来たか。座ってくれ」
その男は、銀色と基調としたローブを着ていた。
ローブにはエメラルドの刺繍が施されており、模様を見るに何らかの術式だろう。
手には指輪をはめている。
年齢は二十代後半に見えるが、その眼差しには老獪な色が見え隠れする。
そういった雰囲気も含めて、典型的な魔術師といった風貌であった。
事前に調査した内容が正しければ、彼がこの街の支配者だろう。
そして集会の主催でもある。
俺達は男の向かい側の椅子に座った。
他の二人は何も言わない。
どういったつもりなのか、沈黙を貫いている。
そんな中、男は淡々と切り出す。
「面倒な挨拶は抜きだ。ジャック・アーロン、俺達はお前をエウレア代表の一人にしたいと考えている。受けてくれるか?」




