第73話 爆弾魔は樹木都市を来訪する
二日後、俺達は集会の会場となる都市に到着した。
ここまでいくつかの街や村を経由したが、大きなトラブルは無く快適な旅だった。
途中からは俺の支配領域の外となり、他の代表の領土を進んだ。
もっとも、特に境目に検問などがあるわけでもなく、ノーチェックで往来が可能だった。
この辺りの自由な気質がエウレアの特徴である。
「ほう、面白いじゃないか」
ゴーレムカーで正門へと向かいながら俺は感心する。
会場の都市は、ユニークな外観をしていた。
都市を囲む外壁は植物で造られている。
何重にも絡み合った蔦や樹木が構成されているのだ。
燃えたらどうなるのか気になるが、たぶん対策は施されているのだと思う。
俺の爆弾でも破壊は困難な気がした。
都市の中央部では、巨大な樹木が空に向かってそびえ立っていた。
幾千もの枝が伸び広がって緑の葉を生い茂らせている。
遠目にも分かる異様なサイズ感だ。
外から判別できる範囲でも、樹木だけが突出して大きい。
まるで高層ビルのような高さである。
「壮観だな。天然の空気清浄機って感じだ」
「培養された世界樹ね。本物に比べれば機能は劣るけれど、街全体に魔力が満ちているわ」
「世界樹は貴重なのかい?」
「とてもね。相当な研究と技術力がなければ不可能よ」
解説するアリスは、中央の巨樹を見つめている。
彼女の興味や好奇心が強く注がれている。
彼女がここまで言うくらいなのだ。
世界樹の培養とは、俺の想像の何十倍も困難なことなのだろう。
雑談しているうちに、俺達は正門を抜けて街に入った。
巨樹以外にも、街中のあちこちに都市の特色が表れていた。
通りに露店はなく、周囲の建物は数パターンの形状に揃えられている。
だいたいが三階か四階建てだ。
建物の壁は蔦に覆われている。
道路は広く取られており、車線も区切られて整備されていた。
等間隔に街路樹も植えられている。
どこもかしこも緑色で、まさに樹木都市とでも呼ぶべき様相を呈していた。
「蔦を介して各所に魔力を供給しているようね。よく計算された設計だわ」
アリスは助手席から街の風景を観察しながら述べる。
周囲の蔦は無意味なオブジェクトではなく、都市の機能の一つらしい。
確かに面白い構造だ。
元の世界で言うところの電線にあたるのだろうか。
それが確立されている点において、この都市の開発ぶりが窺える。
ここを統治する代表は、都市の発展に意欲的のようだ。
ドルグの支配領域に比べると、違いは歴然である。
この樹木都市は、全体的に近代化が進んでいる。
黒壁都市や城塞都市も最低限の設備はあったが、ここまでのレベルではない。
道路も整備されておらず、慢性的な渋滞に悩まされていた。
住民にも余裕が無く、どこか殺伐とした空気だった。
お世辞にも治安は良くない。
スラム街は特に酷い状況であることを、支配者になってから知った。
ドルグが技術力を独占していたのが原因の一つだろう。
奴は軍事力の進化に傾倒していた。
装甲車や堅牢な黒壁などがその代表例である。
俺が支配するようになってから多少は改善されたが、それでもまだ課題は多い。
今後のためにも収入源となる都市群は発展させておきたい。
この樹木都市は、今後の都市開発の参考になる。
設備類はよく見ておいた方がよさそうだ。
それだけで来訪の価値がある。
俺は整備された車道を走行する。
街の人々は道路脇の歩道を行き来していた。
種族に偏りは見られない。
風貌から察せられる職業も様々だ。
心なしか柄の悪そうな人間が少ない気がする。
これだけライフラインが整っていると、治安も良いのかもしれない。
ただ、少し気になることがある。
ゴーレムカーを見かけた人々が、慌てて顔を背けるのだ。
彼らは少しでも車両から離れようとしている。
まるで目を付けられたくないと言わんばかりの態度であった。
ただ、敵意を向けてくる者はいない。
どちらかというと、怯えている感じだった。
とは言え、あまり気持ちのいいリアクションでもない。
俺は歩道の人々を眺めながら苦笑する。
「ここにも俺達の名声は届いているようだ」
「……名声というより、悪名みたいだけれど」
「ははっ、まったくその通りだ」
アリスの指摘に俺は笑う。
彼らがあのような反応をする理由は一つしかない。
俺がドルグの後を引き継いで支配者となったことを知っているのだ。
直接的な関わりのない都市でも、こうして認知されているのは少し驚きである。
ドルグ殺害はやはり大ニュースなのだろう。
ここで暮らす人々にとっても、話題の種にはなったに違いない。
その影響の良し悪しはともかく、俺も随分と有名人になってしまったものだ。
今後、目立ちたくない時は工夫をしなければいけない。
行く先々で怯えられるのは嫌だ。
正直に言うと気分はそれほど良くない。
機を見て変装道具でも用意しようと思う。
それから通りを進んだ俺達は、適当な高級宿を確保した。
現金払いで四日分の宿泊費を渡す。
ひとまずはこれくらいでいいだろう。
追加で滞在する場合は、その際に払うつもりだ。
現在の手持ちだけで一カ月は余裕で泊まれるので問題ない。
案内されたのは五階のスイートルームだった。
広々とした室内で、家具も高級品ばかりである。
あちこちに魔道具が設置されており、快適に過ごせるようになっていた。
ロビーと繋がる通話機もある。
「いい部屋じゃないか」
俺はベッドに荷物を放り投げると、さっそく台所へ向かった。
冷蔵庫もどきの魔道具には、冷えた酒や果実が収納されている。
戸棚を開けると、燻製のチーズや肉などもあった。
飲食物は一通り揃っていそうだ。
欲しいものはロビーに連絡すればいいとも説明されている。
サービスが非常に良い。
宿泊費が高かっただけはある。
わざわざ買い出しに行く必要はなさそうだ。
荷物を置いたアリスは、俺の方を見て質問する。
「集会まではどうするつもりなの?」
「ん? 特に予定はないな。大人しく引きこもるだけさ」
酒瓶と燻製チーズをテーブルへ運んだ俺は、グラスに酒を注ぎながら答える。
グラスを満たす琥珀色が美しい。
芳醇な香りが鼻を撫でる。
銘柄は不明だが絶対に美味い。
色と香りだけでそれを確信した。
向かい側に座ったアリスは小首を傾げる。
「意外だわ。ジャックさんなら街を散策すると思ったのだけれど」
「俺だって観光したいが、それでトラブルに巻き込まれる可能性があるだろう? さすがに集会前に騒ぎを起こすのはナンセンスだ。どうせ数日の辛抱なんだから、たまにはゆっくりするよ」
通りをゴーレムカーで走っていただけであの反応だ。
車を降りて歩き回れば、観光どころではないだろう。
最悪、パニックになる恐れすらある。
そうなるだけのことをしてきた自覚はあるので弁解もできない。
俺は別のグラスを用意して酒を注いだ。
それをアリスの前に差し出す。
「まずは乾杯だ。昼間からの贅沢を謳歌しようじゃないか」
「……そうね。休むのも大事だわ」
アリスは微笑みながらグラスを受け取った。




