第72話 爆弾魔は代表達の招待に応じる
俺はアリスの言葉に頷きながら手紙を開封する。
そして中身を斜め読みしていった。
「何が書いてあるの?」
「お茶会への招待さ」
俺は手紙をアリスに渡す。
その内容を要約すると、代表同士の集会に来賓として参加してほしいとのことであった。
是非とも交流を深めたいそうだ。
まあ、内容の大半がお世辞や社交辞令である。
肝心の詳細はほとんど書かれておらず、気味の悪さを感じた。
さすがにただの集会ということはあるまい。
俺に何らかの用事があるのだ。
内容については、その場で話すということなのだと思う。
他の代表達からの接触は予想はできていた。
代表だったドルグを殺害して、その地位を乗っ取ったのだ。
他の三人が何のアクションも起こさないはずがない。
いずれ接触を図ってくるとは思っていた。
むしろ、今まで音沙汰が無かったのが不思議なくらいだ。
こちらの環境が安定するのを待っていたのか。
それとも様子見の期間だったのか。
どちらにしても無視できない案件である。
エウレアの代表というシステムについては事前に調べていた。
実質的には四つの小国の集まりで、代表達がそれぞれの支配領域を治めている。
互いの領土には原則的に不可侵の決まりがあり、ただし商業的な繋がりは普通にあるそうだ。
近年は代表同士が争うこともなく、ほぼ同列の力関係をキープしているらしい。
ところが、それを崩しかねない事態を起きた。
言うまでもなくドルグの死だ。
代表達にとっても、大きな出来事だったろう。
国内の四分の一を占める領土の支配者がいなくなったのだから。
改めて考えると、我ながら大物を抹消したと思う。
「集会には応じるつもりなの?」
手紙を読み終えたアリスが尋ねてきた。
この件には彼女も興味があるようだ。
俺は不敵な笑みを作って答える。
「せっかく招待されたんだ。もてなしてもらおうじゃないか」
「ジャックさんらしい答えね。とても強気だわ」
「俺はいつだって強気さ。そうやって生きてきた」
他の代表とコンタクトを取ることは、決して悪いことではない。
近所付き合いみたいなものである。
下手に反発して敵対される方がよほど厄介だろう。
あのドルグの勢力と肩を並べるような連中だ。
その力については疑いようもない。
三人の代表については概要だけ把握しているが、どいつも一筋縄ではいかないような輩であった。
できるならば仲良くしたいのが本音だ。
ドルグとは不運なすれ違いで争う羽目になったが、残る代表とは友好的な関係を築くべきだろう。
やはり平和が一番である。
ただし、部下になれと言われたら素直に断るつもりだ。
後になってトラブルが頻発しても困る。
ドルグの時の繰り返しになってしまう。
「集会自体が罠の可能性もあるけれど」
「それなら堂々と叩き潰せばいい」
アリスの指摘に即答で返す。
敵対するつもりはないが、向こうがふざけた真似をするなら話は別だ。
ドルグと拮抗する勢力と聞けば脅威にも感じるが、所詮はドルグ程度と捉えることもできる。
あの巨竜人を三回殺すくらいの労力とリスクなら十分に支払える。
もっとも、それはあくまでも最終手段だ。
その展開をなるべく避けるのが今回の方針である。
手紙によると、集会は五日後らしい。
場所は代表の一人が治める街で、招待状に加えて地図まで同封されていた。
ご丁寧なことだ。
「集会に向かう準備をしよう。それに合わせて諸々のスケジュールもずらすように伝達してくれ」
「了解したわ」
頷いたアリスは手紙を置いて退室した。
俺はそれをポケットに仕舞いながら天井を仰ぐ。
「はてさて、どうなることやら……」
小さな呟きは誰にも聞かれずに消えた。
◆
翌日、俺とアリスはゴーレムカーで集会場所へと出発した。
この城塞都市から車で二日ほどかかる距離だ。
余裕を見て向かうことにしたのである。
同行者は他にいない。
護衛を希望する者もいたが断った。
大所帯になると動きにくく、そもそも護衛なんて必要ないからだ。
別に戦争をしに行くわけでもない。
大半のトラブルは、アリスの知識と能力で解決できてしまうのも大きかった。
「ジャック様ーっ! アリス様ーっ!」
「お土産、楽しみにしていますよー!」
後方では見送りの人間が並んでいる。
とりあえず窓から手を出して、ひらひらと振っておいた。
アリスも同じような仕草をする。
彼らは俺達が雇っている人間だ。
見送りの風景から分かるように、それなりの支持を受けている。
変に束縛せず、金払いが良いためだろう。
余計なことさえしなければ、俺は干渉しないスタンスだった。
研究好きな人種からは特に感謝されているようだ。
「まったく、元気な連中だ」
「良いことよ」
「確かにな」
俺は苦笑しながら運転する。
ちょっとした窪みを越えた際、後部座席の武器が揺れる。
これらは組織下で作られた魔術武器や、俺の新型爆弾である。
いつでも戦えるように常備しているのだ。
何かと治安の悪い国なので、犯罪対策は怠らないようにしている。
武器の下には大金も積んでいた。
当面の生活費である。
そこまで使わないと思うが念のためだ。
今の地位のおかげで、各所から大金が舞い込んでくるようになった。
各都市や傘下組織からの上納がメインで、俺の名義で運営される事業の売り上げもある。
金を使えば使うほど、支配領域の経済が活発化し、結果的にさらなる利益が俺のもとへ還元される。
ほとんど不労所得に近い。
それぞれの研究につぎ込んでも使いきれないほどだ。
本当に素晴らしい身分である。
ここまで来ると、富豪を名乗っても文句は出ないと思う。
黒壁都市の地下で鉱山が見つかったそうなので、近いうちに採掘施設も建造したい。
爆弾の材料となるものも豊富にあるはずだ。
開発するのが今から楽しみである。
今後の予定を考えながら、俺はゴーレムカーのアクセルを踏み込む。
この車両も細部のグレードアップを繰り返していた。
それに伴ってパワードスーツもより強力になっている。
ドルグ戦において、その実用性は存分に披露された。
まるで人間サイズの戦闘機だ。
防御性能も非常に高いので、アリスの身の安全も確保されているのが地味に嬉しい。
俺は護衛という行為そのものが苦手なのだ。
状況によってはアリスを守れないことだってありえる。
そういう時でも、パワードスーツがあれば万が一の盾になる。
攻防共に心強い装備であった。
「代表達は、ジャックさんに何の用なのかしらね」
アリスがぽつりと漏らす。
今回の遠征における根本的な疑問であった。
俺もずっと気になっている。
いくつか候補はあるものの、判断材料が皆無なので断定できずにいた。
ハンドルを握る俺は、おどけた口調で答える。
「案外、本当にお茶会がしたいだけかもしれないぜ? 自慢のアップルパイを焼いて待っている可能性だってある」
「いつもの冗談でしょう? 実際はどう思っているの」
「――まあ、厄介事の始まりになるのは確かだろうさ」
俺は自嘲気味に鼻を鳴らした。




