第70話 爆弾魔は都市の終焉を眺める
「ハッハッハ! 宣言通り、この城をあんたの墓標にしてやったぜ! 感謝しな!」
パワードスーツの背中に掴まる俺は、片手を突き上げて歓声を発した。
指笛を鳴らしながら大笑いする。
清々しい気分だった。
歌の一曲でも歌いたくなる。
ついにドルグが死んだ。
これで黒壁都市の支配者は消え、俺を束縛する者はいなくなった。
組織の煩わしい権力戦争に巻き込まれることもない。
晴れてフリーの身に舞い戻れたわけである。
「喜んでいるところ悪いけれど、急いで逃げた方がいいかもしれないわ」
アリスが下方を指差しながら指摘する。
見れば都市核が光の明滅を繰り返していた。
小さな破裂音を連続させて、ドルグの遺体を燃やしている。
回転速度も飛躍的に高まっていた。
「あれはやばいな」
破損した都市核が暴走している。
どう見ても正常な様子ではなかった。
おそらくは爆発の前兆だろう。
爆弾魔としての経験故か、それが直感的に分かる。
その時、大音量のサイレンが響き渡った。
街の人々が、まばらながらも城から離れる方角――つまりは都市の出口へと向かい始める。
彼らの動きから察するに、それは避難行動であった。
先ほどの音は、緊急時のサイレンなのだろう。
避難用の合図として周知されているらしい。
都市核に視線を戻した俺は唸る。
(……さすがに無理だ)
残念ながら都市核の暴走は止められそうにない。
解除も不可能だろう。
たとえ俺の【爆弾製作 EX++】を使ったとしても厳しい。
スキルの効力によって爆弾への改造はできるが、それだけである。
高威力の時限爆弾が完成し、結局は爆発の運命を辿ることになるだろう。
とにかく、都市核に手を出すのは不味い。
それよりも潔く逃げた方がずっと建設的である。
そう判断した俺は、街の彼方の黒壁を指差す。
「撤退だ! もうここに用はない。さっさと逃げるぞ!」
「ええ、そうね。行きましょう」
方向転換したアリスは、パワードスーツのジェット噴射で移動を始めた。
前方からの風圧で目が開けづらい。
かなりの速度だ。
時速六十マイルは出ている。
背中に掴まる俺は、避難する住人を見下ろす。
人々は混雑しながらも通りを歩いていた。
一部は押し合って喧嘩が勃発している。
都市核が爆発するとなれば、その被害は街の全域に及ぶ。
彼らの大半に恨みはない。
元凶である俺が言える立場ではないが、無事に生還できることを祈っておこう。
黒壁が近付いてきたところで、パワードスーツがいきなり傾く。
右脚のジェットが散発的なものになっていた
今にも機能を停止しかけている。
「おい、どうしたんだっ?」
「おかしいわ。術式が不安定になっているみたい――」
会話の間にもパワードスーツは失速し、ついには完全に体勢を崩した。
そのまま近くの建物に墜落していく。
軌道修正もできず、俺達は屋根を突き破って室内へ飛び込んだ。
「おっ、とと……危ねぇ」
床を転がった俺は、壁にぶつかって止まる。
着地の衝撃はなんとか緩和できた。
身体に痛みはなく、怪我もしていない。
一方でアリスは、下半身が床を突き破って埋まっていた。
パワードスーツの重量に加えて、受け身を取らずに着地したためだ。
彼女は両脚を床から引き抜きながら呟く。
「機体が故障したようね。ドルグによる打撃と術式の過負荷が原因みたい」
「もう一度飛べそうか?」
「両脚が機能しないと飛行は難しいわ。修理にも時間がかかると思う。肝心な時にごめんなさい」
アリスは申し訳なさそうに言う。
無論、悠長に修理する余裕なんてなかった。
この場所にいれば、都市核の爆発に巻き込まれる。
それは絶対に避けたかった。
いくら俺達でも、さすがに無事では済むまい。
肩を落とすアリスを見て、俺は彼女の背中を叩いた。
「気にすることはないさ。よく頑張ってくれているよ。ちなみに、いつもの車両の形態には戻せそうかい?」
アリスは少し身じろぎする。
そして、こくりと頷いた。
「ええ、そっちの機能は使えるみたいね。車両に戻した方がいいかしら」
「そうだな。飛べないのなら地上を進むしかない」
俺が答えると、パワードスーツが分解されてゴーレムカーに戻った。
既にエンジンがかかっており、低い唸りを発する。
俺は運転席のドアを開けて乗り込んだ。
「このまま街の外まで走り抜ける。準備はいいか?」
「もちろん。私も魔術で支援するわ」
助手席に座るアリスが、指に魔法陣を出現させた。
パワードスーツが使えないとしても、彼女の有能さは何ら変わらない。
そのことは誰よりも知っている。
「オーライ、全力で楽しもうか」
俺はアクセル全開でゴーレムカーを発進させた。
薄い壁を破って屋外へと飛び出す。
路地の隙間に着地して、ハンドルを切りながら狭い道を突き進んでいく。
現在、通りは混雑している。
通行人を問答無用で轢き殺せば進めるが、それでもロスが発生するだろう。
強引な突破は賢くない選択である。
それなら人通りの少ないルートを選んだ方がいい。
道中、立ちはだかる組織の残党を撥ね飛ばし、または撃ち殺していく。
こんな時でも俺を狙うなんて、その熱意には呆れを通り越して尊敬すらしてしまう。
よほど好かれているらしい。
モテる男の大変さがよく分かる。
そうこうしているうちに、この都市の特徴である黒壁のそばまで到達した。
車内に積んだ武器の残りから、適当な爆弾をいくつか選んで投げ付ける。
数度の爆発によって、壁の一部が崩れて穴ができた。
本来なら堅牢な黒壁だが、都市核からの魔力供給が途切れて防御魔術が働いていないのだ。
おかげで非常に脆くなっている。
車体から伸びる四本のアームで瓦礫をどかしながら、俺達は都市の外へ抜け出た。
「どこまで離れるの?」
「なるべく遠くさ」
夜の草原をひたすら走り続ける。
正門付近でちょっとした騒ぎが起こっているようだが、構わず離れていく。
都市を脱出したからといって油断はできない。
爆発の規模を考えると、なるべく距離を取った方がいい。
そのまま一マイルほど進んだところで、地面が大きく揺れ始めた。
俺はゴーレムカーを停車させて外に出る。
「おお、始まったみたいだ」
遠く離れた黒壁都市が、光の噴火を起こしていた。
光の中心は都市核だろう。
噴き出した光は遥か上空で分裂すると、街の各所に降り注いで爆発する。
その光景はまるで流星群のようで、破滅的ながらも幻想的な雰囲気を有していた。
「……前の時と違うな」
傍観しているうちに、俺はあることに気付く。
光の爆発によって黒壁都市は壊れていくが、街そのものが消滅しそうにはなかった。
被害は大きいものの、あの調子なら辛うじて原形は残るだろう。
人が住めるエリアもあると思う。
帝都爆破の時とは色々と爆発の挙動が異なる。
都市核の壊れ方がマシだったのだろうか。
帝都の時は改造して爆弾にしたので、破壊力が増していたのかもしれない。
今回は破損による暴走が原因だ。
俺が手を施していない以上、爆弾ではない。
或いはドルグの遺体が、瞬間的な爆発を押し留めたという可能性もあった。
あの頑丈な巨躯が都市核のエネルギーを受けることで、外部に漏れ出る分を減らしたのかもしれない。
自らを犠牲にしながらも、彼は最期まで都市核を守っていた。
黒壁都市は、ドルグなりに思い入れのある場所なのだろうか。
今となっては分からない真実である。
ゴーレムカーにもたれながら、俺は黒壁都市の崩壊を眺める。
胸ポケットから葉巻を取り出した。
少し曲がっているが、吸えないほどではない。
ライターで葉巻に着火しようとして、不意に肩を叩かれた。
手を止めた俺は隣を一瞥する。
アリスだった。
「ジャックさん。よかったら使ってみて」
彼女が差し出してきたものを見て、俺は目を丸くする。
「煙草じゃないか! どこで手に入れたんだ?」
「私の自作よ。少し前に、ジャックさんの話を参考に作ってみたの。ドルグとの因縁が切れた時に渡そうと思って。市販のものを見つけるまでの代用品ね」
「アリス、やはり君は最高の相棒だ」
箱入りの煙草のうち、俺は一本をつまみ取る。
続けてアリスも一本を口にくわえた。
意外に思った俺は片眉を上げる。
「吸えるのかい?」
「これまでの"私"の何人かは吸っていたようね。私自身は初めてよ」
「そうか」
相槌を打ちながら、俺は手元のライターを点火させた。
それを彼女の煙草のそばに添える。
「火をどうぞ、お嬢さん」
「ありがとう」
アリスはくわえた煙草の先を炙って火をつける。
ゆっくり息を吸うと、いきなり咳き込んだ。
俺は彼女に尋ねる。
「初めての喫煙の感想は?」
「……あまり良くないものね」
アリスは少し苦い顔で言う。
俺は思わず噴き出した。
笑いながら彼女に告げる。
「そういうものさ。大人の嗜みってやつだな」
「私は既に大人よ」
「おっと、すまない。こいつは失言だった」
軽い謝罪を挟みつつ、俺は自分の煙草に火をつけた。
目を細めて、静かにその味を堪能する。
くゆる紫煙が夜風に散らされ消えていく。
「……最高だな」
都市に降り注ぐ光の雨を眺めながら、俺とアリスは至高のひと時を過ごした。




