第64話 爆弾魔は黒壁都市に帰還する
「――というわけで、スカウトは失敗した。向こうの能力が強すぎてね。仲間に誘うどころではなかったんだ」
黒壁都市に帰還した俺達は、城でドルグに結果報告を行う。
個人的な事情で暗殺に踏み切ったことは隠しておいた。
あくまでもスカウトの中で衝突したということにする。
そうでもしないと大問題になってしまう。
派手に暴れたのでバレる可能性もあるが、そこはもう仕方ない。
隠蔽工作もしていない以上、許容すべき部分と言えよう。
「そうか……」
玉座で腕組みをするドルグは、静かに相槌を打つ。
先ほどからずっとこの調子だ。
声を荒げることもなく、じっと耳を傾けている。
「すまないね。期待に応えられなくて心苦しいよ」
「いや、ご苦労だった。誰にも失敗はつきものだから気にするな。儂としては、お前さんが成長してくれればそれで十分だ。今後も幹部として頑張ってくれればそれでいい」
ドルグは淡々と述べた。
どれも予想外の言葉である。
何か良いことでもあったのか。
そう考えてしまうほどに対応が甘すぎる。
これといった叱責などもない。
不気味なほど静かであった。
俺は片眉を上げて笑う。
「寛大だな。お咎めなしかい?」
「さすがにそこまで優しくはなれん。他の幹部からも反発があるだろうからな。減給と一部利権の剥奪をさせてもらう」
ドルグの告げる内容に、俺はますます訝しむ。
それらの罰はほとんど痛手にならない程度のものだった。
金は今でももらいすぎているくらいで、既に有り余っている状態だ。
諸々の利権も、運用が面倒で放置していた。
それを知らないドルグではない。
罰にならない罰と知りながらも、それらを俺に課している。
「話は以上だ。また仕事の際に呼び出す。それまでは別荘で待機だ」
「……了解。恩に着るよ」
釈然としないものを覚えながらも、俺はアリスを促して部屋の出口へと向かう。
ここで変に詮索することもない。
大人しく出ていくのがいいだろう。
「ジャック・アーロン」
ドアノブに触れた時、背後から声がかかった。
俺は手を下ろして振り向く。
「何だい?」
「お前さんを仲間にできて、本当に良かった」
ドルグが温かな微笑を見せていた。
俺は肩をすくめる。
「お互い様だ」
それだけ返して退室し、そのままドルグの城から出た。
怯える人々を横目に、俺達は都市内を徒歩で移動する。
「拍子抜けするほど平和的に済んだな」
「彼は本当に怒っていなかったのかしら」
アリスの疑問に、俺は首を横に振った。
「そこまでぬるい野郎じゃないさ。近いうちに何らかの制裁があるだろう」
「同感だわ。警戒した方がよさそうね」
ドルグはきっと仕掛けてくる。
このまま穏便に終わるはずがない。
そういう性格なら、この黒壁都市の頂点に君臨することなどできないだろう。
不要な駒を切り捨てる非道さがなければ、とっくに没落している。
そんなことを話し合っているうちに、俺達は都市内の別荘に辿り着いた。
かなりの日数を留守にしていたが、相変わらず立派な屋敷である。
手入れも行われていた。
使用人達がこまめに手を加えているのだろう。
律儀なものだ。
扉を開けると、すぐに使用人達が出迎えてきた。
彼らは優雅に一礼してみせる。
「おかえりなさいませ」
一見すると自然な動きだ。
以前に見たものとほとんど変わりがない。
ただ、今はどことなくぎこちなさを感じられた。
使用人達の間に、微かな緊張が走っている。
こういう雰囲気の人間には、幾度となく出会ってきた。
彼らの共通点もよく知っている。
(なるほどな。そう来るか)
俺は即座に状況を理解した。
とは言え、大して驚くことでもない。
こちらの内心も知らずに、使用人は平然と俺達を室内へ招き入れる。
「お食事はいかがしますか。ジャック様の注文されたお酒も用意しております」
「いや、遠慮しておくよ。長旅で疲れているんだ」
「――承知しました。ご用の際はいつでもお呼びくださいませ」
解散した彼らは、流れるように各々の仕事に戻っていく。
なかなかのエリートぶりである。
思わずチップを払いたくなるくらいだ。
(クビにするのがとても残念だ……)
腰の拳銃に触れつつ、俺は薄く笑う。
◆
その日の夜、俺は私室のベッドで横になっていた。
時刻はだいたい午前二時くらいだろうか。
屋敷の外の喧騒も消え、どこもかしこも静まり返っている。
俺の隣では、アリスが寄り添って眠っていた。
彼女は一定のリズムで寝息を立てている。
身体にかけたブランケットがめくれ、寝間着と白い肌が覗いていた。
俺はブランケットの端を引っ張ってそれらを隠す。
(さて、と……)
俺は枕に頭を落として息を吐く。
眠気は特にない。
頭はそれなりに冴えていた。
日中も酒は控え、葉巻も吸っていない。
まだ休むことはできないからだ。
(そろそろだな)
神経を研ぎ澄ませていると、部屋の扉が開く音がした。
俺は身動きを取らず、眠ったふりを続ける。
複数の気配と小さな足音が、じりじりと室内へ侵入してきた。
足取りが妙に遅い。
随分と警戒しているらしい。
微かな殺気を感じる。
巧妙に抑え込んだそれは、暗殺者が発する類のものであった。
元の世界で何度も命を狙われたので知っている。
侵入者達は、室内に散開して上手く位置取りをしていた。
互いをカバーできるように意識している。
いきなり仕掛けてこないのは、俺の力量を知っているためだろう。
彼らが十分に接近してきたところで、俺は前触れもなく上体を起こした。
暗闇の中で動きを止めたのは、ぎょっとした顔の使用人達だ。
その手にはナイフや銃が握られており、これから何をするつもりだったかは明らかである。
「ジャ、ジャック様……」
使用人の一人が、狼狽えながら弁明を試みる。
もっとも、この状況で聞く言葉もない。
俺は笑みを深めながら彼らに話しかける。
「ノックもなしに入ってくるとは感心しないなぁ。タイミングによっては気まずくなるぜ?」
返答代わりと言わんばかりに、何人かが跳びかかってきた。
俺はブランケットの下に隠した手を動かす。
一発の銃声が轟き、ナイフを掲げたメイドが仰け反って吹っ飛んだ。
さらにもう一発分が鳴り響く。
今度はライフルを構えた執事の顔面が引き裂かれた。
二人の犠牲者が出たことで、使用人達は接近を中断する。
「あーあ、見事にズタボロだ」
俺は破れたブランケットを蹴り剥がす。
そこから現れたショットガンを投げ捨て、枕の裏に隠した拳銃を掴み取る。
そして、ゆっくりとベッドから起き上がった。
生き残りの使用人達は、武器を構えたまま後退する。
ただし、逃げ去る雰囲気ではない。
攻撃のタイミングを見計らっているようだった。
「やっぱり来たのね。ジャックさんの言う通りだわ」
目を覚ましたアリスが室内を見回して言う。
複数の銃口を向けられながらも、彼女に動揺は見られない。
既に魔道具による防御策を張っているのだろう。
襲撃に備えて隣で寝かせていたが、その必要はなかったかもしれない。
俺は拳銃の引き金に指をかける。
「不眠症かい? それなら相手をしてやるよ」




