第63話 爆弾魔は結果報告に向かう
路地の先が炎上する。
甲高い音を鳴らしながら無数の火球が夜空を舞う。
破裂音と共に色とりどりの花火が打ち上がっていた。
素晴らしい光景に拍手していると、何かが落ちてくる。
ぼてん、と地面を転がったのは、誰かの右腕だ。
引き千切れて焼け爛れている。
手には割れた瓶の一部と、焦げた羊皮紙を握っていた。
張り付いた袖とそれらから考えるに、マイケルの腕だろう。
「ハハハ、随分と早い再会だ。まあ、そっちは顔を見せてはくれないようだが」
俺は笑って腕を拾う。
だらりと垂れ下がった腕は、握っていたものを落とした。
焦げた羊皮紙だ。
一部が読める状態で残っている。
ちょうど俺達がサインした箇所だ。
一方はヤマハシ・ミノル、もう一方にはジャック・マーロンと記されていた。
「おっと、俺としたことが書き間違えてしまったようだ」
わざとらしく呟いていると、契約書のミノルの名前が変色し始めた。
黒字から錆びたような色合いになる。
これは契約相手が死んだ際に起きる反応だ。
生死を確かめるため、事前にアリスが施した細工である。
「彼の魔力反応が消えたわ。死んだようね」
「ああ、ようやく殺せた。随分と手間取っちまった」
俺はミノルの腕を投げ捨てて笑う。
結論から述べると、ミノルと和解するつもりなんてなかった。
俺は最初から最後まで彼を殺すつもりだった。
そのために入念な準備を行い、徹底して彼を追い詰めた。
交渉に持ち込んだ時から、俺はいくつかの罠を張っていた。
まずは赤髪少女に仕掛けた爆弾だ。
彼女には事前に爆弾を飲ませていた。
小型だが威力は抜群である。
ミノルが最も油断するタイミングで、致命的な攻撃をするためだ。
密着した状態での大爆発だ。
それを回避する術はない。
たとえ時間停止を駆使しても、爆弾の除去は不可能であった。
赤髪少女の腹を捌けばその限りでもないが、ミノルには関係のない話だ。
彼は仲間を傷付けられない。
それを逆手に取らせてもらった。
契約書を使ったのも、ミノルを安心させるための罠だ。
互いに攻撃できなくなったと思い込ませれば、最後の爆破も直撃させられると考えたのである。
契約内容に反した俺だが、もちろん心臓は潰れていない。
あくまでも赤髪少女を爆破しただけだ。
マイケルを攻撃したかったわけではない。
彼が勝手に二次被害を受けただけだ。
本音とは異なるものの、建前はこのようなものである。
そもそもサインの名前が違う。
俺はジャック・アーロン。
契約書にはジャック・マーロンと書いた。
サインが違うのだから、契約における罰も発動しない。
この二つのズルによって、俺は契約反故のペナルティーを逃れた。
アリスによると今回使った契約書は安物で、契約内容もアバウトにしか設定できないそうだ。
契約違反への罰もグレーゾーンだと機能せず、本来はこういった不可侵的な契約には適していないのだという。
もっと高度な魔術書になると、契約内容が厳密になるらしい。
内容を細かく設定でき、たとえば「互いに攻撃しない」という内容なら、どこまでが攻撃にあたるかを決められるのだとか。
罰の判定はシビアになり、契約者同士の血液を使用して魂まで縛り付けることも珍しくないという。
そのタイプなら、俺の心臓は潰れていただろう。
俺という個人が契約したことに変わりはなく、たとえ偽名でも関係ないからだ。
赤髪少女の爆破も、完全にアウトである。
もっとも、たとえ心臓が潰れようと俺はおそらく死なない。
ドラゴン戦で得た【蒼竜の血潮 A】というスキルのおかげで再生能力がある。
アリス曰く、死ななければ大抵の傷は治るそうだ。
契約反故の罰も、少しの苦痛で済む。
たとえ心臓が潰れるリスクを背負っても、俺は気にせず爆破を敢行しただろう。
ミノルを仕留める手段については迷った。
なにせ時を止める相手だ。
生半可な攻撃では回避される可能性がある。
あの帝都爆破からも生き残ったのだ。
おそらくは、俺が都市核を弄ったことを知った時点で逃げたのだろう。
時間停止があれば、どんなにギリギリでも問題ない。
爆破が起きる前に逃走すればいいのだから。
故にミノルに悟られず、確実に殺害しなければいけなかった。
帝都爆破の繰り返しとならないように考え、そうして閃いたのが今回の計画である。
まずは狙撃で人質を手に入れる。
次に大迷路の罠で限界まで消耗させて、時間停止を自由に使えないようにする。
そして毒の存在を伝えて契約を強要する。
最後に形ばかりの和解で気を抜かせたところで爆殺する。
振り返ってみれば、それなりに上手くいった。
シェルター内にて俺と対峙した時点で、ミノルの状況は詰んでいたのだ。
解毒のためには和解に従うしかなく、赤髪少女も人質のままだった。
契約のズルに気付いたとしても、どうすることもできない。
結局、爆死の末路を辿っていた。
哀れだとは思うが、同情の余地はない。
そうなるように俺が仕向けたのだから。
「あと四人だ」
俺は二人目の召喚者を殺した。
残りの奴らも始末するつもりだ。
居場所は分からないが、たぶん生きている。
全員が反則的に強力な能力を持っているのだろう。
それがあれば、異世界だろうと安全に暮らすことができる。
ミノルなどが分かりやすい例であった。
本腰を入れて探れば、きっと行方も割れるはずだ。
或いは向こうから接触してくる可能性もある。
俺も目立つ行動を繰り返していた。
とにかく、再会の時を楽しみにしておこう。
十分後、俺とアリスはゴーレムカーで城塞都市を去った。
エリア内に残った罠は放置している。
片付けが面倒になったのだ。
あそこは俺の私有地なので、特に問題はあるまい。
不法侵入者が罠に引っかかっても、それは自己責任である。
帰還したら片付けよう。
拠点も精霊石の爆弾で吹き飛ばしてしまったので、快適な生活もできない。
便利屋のレトナに頼めば、色々と解決しそうだ。
後処理のことを考えながら、俺は夜の街道を爆走する。
車内では、大音量のハードロックを垂れ流していた。
目指すは黒壁都市だ。
上司であるドルグに諸々の報告をしに行く。
元々、俺はミノルのスカウトで派遣されたのだ。
事の顛末を伝えなければならない。
(さて、一体どうなることやら……)
組織内における俺は厄介者として周知されていた。
ドルグからも同様の印象を抱かれている。
今回の仕事を受けた際も、強く警告を受けていた。
その上で盛大に失敗した。
単に組織から追い出されるだけなら幸運だろう。
最悪の場合は敵対することになる。
いや、おそらくそうなる。
あのドルグなら、まず間違いなく俺を潰しに来るはずだ。
組織に属さない強大な個人勢力は目障りだろう。
実際、裏切り者の粛清を任されたこともあった。
今度は俺の番というわけだ。
これに関しては仕方ないと考えている。
俺が組織の意に反する行動を取っているのは事実だ。
不利益をもたらす人間であると言われても、反論はできない。
それを承知の上で、俺はミノルの殺害に踏み切った。
損得勘定を抜きにして、自らの報復を優先したのである。
今はとても満足している。
だからと言って、大人しく粛清を受けるかと訊かれれば、答えはもちろんノーだ。
向こうが俺を始末したいのなら、全力で反撃しよう。
そして何もかもを吹き飛ばしてやる。
ハンドルを握りながら思案していると、隣から視線を感じた。
助手席のアリスのものだ。
彼女は感情に乏しい顔で俺をじっと見つめている。
「ジャックさん」
「なんだい」
「どうして笑っているの?」
アリスに指摘されて、俺は自分の口元に触れる。
歓喜に歪む笑みが張り付いていた。
表情はどこまでも正直である。
「――嫌いな連中を一掃できるんだ。笑うに決まっているさ」
前を向いたまま、俺は朗らかに答えた。




