第61話 爆弾魔は召喚者に問いかける
「お前……」
マイケルが掠れた声を洩らす。
彼は爛々とした目を見開きながら魔剣を構えた。
口端から血を垂らして、歯を食い縛っている。
鬼気迫る雰囲気とは裏腹に、動きは鉛のように重い。
張り詰めた殺気だ。
俺と会話をするつもりはないらしい。
まったく困った野郎である。
俺は苦笑しつつ、赤髪少女に銃口を押し付けた。
「そう焦るなよ。トークを楽しもうぜ?」
「だっ、誰がお前なんかと――ッ!?」
マイケルが激昂し、前傾姿勢を取った。
完全に斬りかかろうとしている。
俺は拳銃をマイケルに向けて発砲した。
弾丸は壁に当たって金属音を鳴らす。
わざと外したのではない。
マイケルの姿が消えたのだ。
彼はすぐそばに瞬間移動していた。
そこから俺の方へ踏み込もうとして、派手に転ぶ。
「――、――っ」
四つん這いになったマイケルは吐血する。
何度も咳き込み、魔剣まで取り落としてしまった。
「ヘイ、さっきまでの威勢はどうした?」
俺は拳銃の狙いを合わせて撃つ。
マイケルは魔剣で防御した。
弾かれた弾丸は天井に突き刺さる。
(時間停止も使わないか。本当に余力がないようだ)
弾丸を躱すのなら、時を止めた方がずっと安全だろう。
魔剣で弾くというリスクの高い行動を取らなくてもいい。
現在のマイケルは万全な回避すら満足にできない。
直前のスキル乱用が効いているようだった。
「ハァ、ハァ……ぐっ……」
マイケルは荒い呼吸を繰り返す。
彼は胸を掻き毟り、血の涙を流しながら俺を睨んできた。
俺はマイケルの額に照準を合わせる。
「よせよ。もう限界なんだろう?」
「…………」
マイケルは立ち上がろうとして転倒した。
両脚が痙攣している。
一瞬だけ姿がぶれるも、彼の挙動にそれ以上の変化は起きなかった。
おそらく時を止めようとして失敗したのだろう。
もはやどうしようもないレベルで弱り切っている。
時間停止の連発は、彼を自滅へと追い込んでいた。
ただし、原因はもう一つある。
そろそろ明かしてもいい頃だろう。
この先の展開のためにも、気付いてもらわねばならない。
俺はマイケルを見下ろして、優しく語りかける。
「大変そうだなァ。もう満足に動けないはずだ。時間停止の反動もあるが、それ以外にも原因がある。何か分かるかい?」
「うっ、ぐぅ……」
「あー、惜しいな。ちょっとだけ違う。実はな、この付近一帯に無臭の毒をばら撒いているんだ。遅効性だがキツめの奴さ。嘘だと思うのなら、自分のステータスを見てみなよ」
マイケルは虚空を注視し、僅かに驚愕の表情を浮かべる。
ステータスの状態異常に気付いたようだ。
意図的に隠蔽できる情報でもないため、道中で発見してもおかしくないと思ったが、ステータスを確認する余裕がなかったのだろう。
罠の突破と赤髪少女の救出で頭がいっぱいだったと見える。
マイケルは己の赤く染まった手を凝視した。
その視線をゆっくりと俺へとずらす。
「ひ、きょう……もの、め……!」
「戦いなんてそういうものさ。卑怯者が勝つようにできている」
俺は平然と返す。
この手の非難は飽きるほど受けてきた。
今更、反省や後悔の念を抱くことなんてない。
そんなことよりも毒だ。
マイケル達が侵入した時、最初に倒したレバーがある。
あれで仕掛けが作動したのだ。
以降、エリア内の全域において毒ガスが常に蔓延していた。
マイケルの身体を侵すのは、ドラゴンの腐肉を使用した劇毒である。
狙撃に使った麻痺毒のように生ぬるい代物ではない。
回復魔術による症状の緩和はできず、肉体は徐々に死んでいく。
俺とアリスは専用の薬を服用しているので、毒の被害は一切受けない。
おかげでこうして元気でいられる。
横に座るアリスも、優雅に紅茶を満喫していた。
「時を止めている間、お前だけがずっと行動していたな? つまり、その分だけ多く毒を摂取している。症状の悪化は通常よりずっと早いぞ」
「ち、くしょう……ッ!」
マイケルは倒れるように踏み込む。
横薙ぎに魔剣が振るわれた。
瀕死にしては素晴らしい動きである。
「おっと」
俺は迫る魔剣を踏み付けた。
靴底と床で挟み込んで斬撃を止める。
そして、無防備なマイケルの顔面を殴り飛ばした。
マイケルは床を吹っ飛び転がり、頭を壁にぶつけて呻く。
「ぎ、ぐぅ……ッ」
「やめとけやめとけ。もう無理ができない状態だってのは、お前自身が分かっているだろう? 死にたくないなら止まりな。お仲間さんの犠牲を無駄にするつもりか?」
俺はマイケルに向けて拳銃を撃つ。
弾丸は彼の左足を貫通した。
マイケルは震えて痛みに耐えるばかりで、黙り込んでしまう。
俺は落ち着いた声音で彼を諭す。
「もう時間停止すら発動できないじゃないか。ギブアップをおすすめするよ。俺だって不必要に痛め付けたいわけじゃないんだ」
「まだ、だ……」
血反吐を垂らしながらも、マイケルは辛うじて立った。
魔剣を支えにしてやっとという状態だ。
肉体はとっくに限界を迎えているはずである。
彼は気力だけで踏ん張っていた。
まだ戦う気らしい。
その目に宿る殺意には、些かの衰えも感じられない。
むしろ勢いを増している節すらあった。
俺は大きくため息を吐き、改めて話を切り出す。
「よし、お前が止まる魔法の言葉を使ってやるよ」
俺は拘束したままの赤髪少女を指差した。
マイケルは顔色一つ変えずに突進してくる。
魔剣が光り輝いていた。
俺は気にせず話を続ける。
「そこのお嬢さんも毒に蝕まれている。放っておけばもちろん死ぬ。ただし、まだ救える命だ」
「…………っ」
マイケルは寸前で足を止めた。
魔剣の刃が震えている。
俺を斬りたくて仕方ないのだ。
その衝動をなけなしの理性で抑えている。
マイケルは愚かだ。
しかし、目的を完全に見失うほど愚かではない。
仲間のために命を懸ける男だ。
ここで止まることは分かっていた。
俺は拳銃をホルスターに戻して提案する。
「戦いをやめにしないか? ここで仲直りをするんだ。そうしたら解毒薬のありかを教えるよ」
「戦いを、やめる、だと……?」
マイケルは信じられないとでも言いたげな表情だった。
その気持ちは分かる。
ここまで散々殺し合ってきたのだから。
今になって中断するなんて、聞き間違いだと思うだろう。
俺は赤髪少女の肩に手を置く。
その髪を指で軽く鋤いた。
「争いがさらなる争いを生む。相手を殺して解決、なんてのは不毛だと思わないかい? 俺は交渉のテーブルに着いてほしかったんだ。かなり手荒になっちまったが、こうでもしないとお前は止まらなかったろう? 時間停止で一方的に俺を始末して終わりにしていたはずだ」
「そ、れは……」
マイケルは言い淀む。
否定できないのだ。
その方法が可能なら、彼は真っ先に実行していただろう。
だから俺は対策して時間停止を封じた。
「マイケル、君にとっても悪い話じゃないはずだ。仲間を救いたいだろう? 答えを聞かせてくれ。交渉をするか否かだ。さぁ、どうする?」




