第6話 爆弾魔は錬金術師と邂逅する
俺は一軒の大きな屋敷の前にいた。
スキンヘッドの男の情報通りだ。
ここが件の錬金術師の住居らしい。
敷地は黒い鉄柵に囲われ、芝と花壇を経たその先に屋敷がある。
とても清閑な趣だった。
本当に人が住んでいるのか疑ってしまう。
ひとまず入らないことには始まらないので、俺は敷地内との境である門扉へ近付く。
見たところ鍵はかかっていない。
強盗目的で侵入した者は帰ってこなかったと聞く。
細心の注意を払った方がいいだろう。
「うぁ……っ?」
門扉に触れた瞬間、バチッと大きな音がした。
指先が少し痺れている。
強めの静電気でも食らったかのようだった。
俺は門扉を注視する。
表面に複雑な紋様が刻み込まれていた。
一見するとただの装飾にしか見えず、他におかしな点は見当たらなかった。
さすがの俺でも分かる。
これは魔術だ。
触れた者に感電させるトラップだろう。
俺が静電気程度で済んだのは、高レベルによる防御力のおかげかもしれない。
気を付けると思った矢先にこれか。
魔術は厄介だ。
未知の現象で圧倒的に知識が不足している。
元の世界で培ってきた危機察知能力も、魔術に対しては上手く働かない。
こればかりは慣れていくしかあるまい。
高レベルの身体能力にばかり頼っていると、いずれ致命的なミスをする。
魔術の罠に関しては、変幻自在な地雷という風に認識しておこう。
多少は勘も働くはずだ。
「やれやれ、嬉しい歓迎だよ」
舌打ちをした俺は門扉を蹴り開ける。
今度は無事に感電しなかった。
周囲を警戒しながら前進し始める。
いつ何が起きても対応できるように意識を割いた。
俺の気持ちとは裏腹に、他にトラップなどは見つけられなかった。
本当に何もないのか、或いは気付けないほど上手く設置しているのか。
薄気味の悪いものを感じつつ、俺は屋敷の玄関扉の前へと至る。
入念に観察するも、罠らしきものは仕掛けられていない。
妙な紋様も見つからなかった。
軽くノックしてみる。
「ハロー、錬金術師さんはいるかい」
一分ほど待つ。
耳を澄ましても反応はない。
留守だろうか。
いや、情報によれば錬金術師は引きこもっているはずだ。
留守の可能性は低い。
その時、扉が僅かに開いた。
隙間から琥珀色の目が覗いている。
「……不思議。感知ゴーレムが動かないと思ったら、魔力を持たない人なのね。初めて見たわ」
静かな声音の若い女だ。
魔女というから、もっと高齢で邪悪な見た目を想像していた。
「君が錬金術師かな?」
「ええ。そうよ。あなたは誰?」
「俺はジャック。ジャック・アーロンだ。魔術のことで聞きたいことがあってね。アポなしで悪いが訪問させてもらった」
「聞きたいこと?」
扉の向こうの錬金術師は、何かを考える雰囲気を発する。
俺の主張が本当かどうかを見極めているのかもしれない。
少しして会話が再開した。
「……いいわ、入って。ちょうど休憩時間だったの」
「すまないね。恩に着るよ」
玄関扉が完全に開く。
現れたのは紺色の衣服を着た女だった。
年齢は二十代前半くらいで、透き通るように綺麗な銀髪をショートヘアーでまとめている。
体型はスレンダーで、陶器のように白い肌をしていた。
伏し目がちで無表情なせいか、何を考えているかが読めない。
全体的に物静かなお嬢様といった風貌であった。
どこか儚く、ともすれば崩れそうな危うさを持っている。
その一方で、双眸には昏い欲望を秘めていた。
不屈の狂気だ。
絶対に折れない執念が見え隠れしている。
なるほど、ただの気弱そうな娘ではないようだ。
魔女と呼ばれるのも納得である。
裏で非道な実験なんかをしていても不思議ではなかった。
そんな俺の思考をよそに、銀髪の女は無言ですたすたと歩き出す。
少し進んでから足を止めて、こちらをじっと見つめてくる。
「ついてきて」
「はいよ」
俺は大人しく従う。
女は口数が少なめで、どうやら会話が苦手なタイプらしい。
その割には、すんなりと屋敷の中へ入れてくれた。
もしかすると罠だろうか。
警戒は解かないでいるべきだろう。
歩く途中、俺は後ろから女に話しかける。
「そうだ、君の名前を教えてくれ」
「私はアリス」
「いい名前じゃないか。よろしくな、アリス」
アリスの先導で、俺は屋敷内の一室へ入った。
華美にならない程度に飾られた部屋だ。
中央にはテーブルと椅子がある。
俺とアリスは、向かい合って着席した。
テーブルを間に挟むような形である。
「それで、あなたは何を聞きたいの?」
「ふむ。一から話をすると長くなるが……」
俺は脳内の整理をしながら説明する。
帝国の召喚魔術でこの世界へ拉致されたこと。
折り合いがつかず、逃げ出したこと。
元の世界へ戻るため、帰還手段を探していること。
バイオレンスな部分に関しては省いて話した。
まだアリスの性格が読めない。
俺のこれまでの行動を聞いて警戒する恐れがあった。
「……というわけで、送還魔術で元の世界へ帰りたいんだ。錬金術師のアリスなら、何とかできないかと思ってね。どうだろう? 知っていることだけでも教えてもらえると助かるんだが」
アリスは唇に指を当てて思案する。
三十秒ほど沈黙した末、彼女は静かに答える。
「結論から述べると不可能ではないわ。だけどすごく難しい。まず術式の確立からしないと。そのための研究設備と材料が必要で、本格的に実施するには大きな組織の援助がほしい。たとえば国家とか……」
俺は流暢に語られるアリスの言葉に頷く。
専門分野のことになると舌が回るようだった。
そして彼女の見解は、事前に得た情報と概ね同じものであった。
何気に送還魔術を不可能ではないと言うのが驚きだ。
ただネックなのが、研究にあたってバックアップが必要なことである。
やはり個人単位で進めるのは難しそうだ。
国家の援助を受けるには、まず国外へ行かないといけない。
どこかの国に拾ってもらうか。
傭兵として自分を売り出してもいい。
それで送還魔術が開発されるのなら安いものだ。
しかし、雇ってもらうにしても、穏便に事が進むのか不安だった。
この世界でも俺は、名実ともに爆弾魔である。
真っ当な扱いで雇われるのか疑問だった。
ステータスがあるので経歴詐称はできない。
足元を見られて騙された挙げ句、いいように利用されるということも考えられた。
そもそも俺自身が国家のしがらみを嫌っている。
都市核爆破というジョーカーを知ってしまった以上、また同じことをやってしまうかもしれない。
爆弾魔の性には逆らえない節があった。
(うーん、悩ましい)
腕組みをしてうなっていると、アリスが俺の顔を覗き込んできた。
「難しい顔をしてる。国家の所属になるのは嫌? あなたは喧嘩別れしたみたいだけれど、帝都の技術力は大陸でも随一よ。今から謝りに行って援助を受けるのが、帰還への最短手段だと思うの」
アリスの真っ当なアドバイスに、俺は苦笑しながら頬を掻く。
全く以てその通りだった。
何の反論もできない。
ただし、そのアドバイスを実行するには致命的な欠点があった。
秘匿しようと思ったが、もういいだろう。
肝心な部分を誤魔化したまま話し続けるのも面倒になってきた。
俺はもったいぶった口調で声のトーンを落とす。
「聞いて驚くなよ?実はな、帝都は俺が吹き飛ばしたんだ。謝りに行こうにも消滅している」
「えっ、吹き飛ばした……?」
アリスは少しきょとんとした顔をする。
彼女は数テンポの間を置いて、申し訳なさそうに目を逸らした。
「……ごめんなさい。私、笑うのが苦手で」
「冗談じゃねぇさ。そのうち特大ニュースになると思うぜ。本当のことなんだからな」
アリスは半信半疑だが、興味津々といった様子であった。
「どうやったの? あなたからは魔力を感じない。魔術は使えないのよね?」
「あぁ、もちろん使えない。火の玉の一つも出せないさ。だけど特別なスキルがある」
せっかくなので【爆弾製作 EX++】についても教えることにした。
別に減るものでもない。
一通りの説明を聞いたアリスは、頭痛を堪えるような顔で語る。
「スキルにはランクがある。Aランクというだけで達人の域で、EXなんて御伽噺よ。あなたの場合、さらに++補正がある。もはや異次元の領域よ。不可能を可能にする力だわ」
「そうやって聞くとすごいな。誇らしくなってくるよ」
「まるで他人事ね。あなた自身の力なのに」
「そりゃ他人事さ。いきなり貰った力なんだから。効果は気に入っているがね」
俺には努力と経験で培った力がある。
これより信用できるものは存在しない。
あくまでもスキルは補助的なパワーであった。
これに依存するようでは駄目だ。
アリスは壁際に立つ柱時計を見やると、そっと席を立ち上がった。
どうしたのかと思っていると、彼女は柱時計を指し示す。
「あなたのスキルの性能も気になるけど、そろそろ夕食の時間なの。よかったら一緒にいかがかしら」
「おお、そいつはありがたい。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「じゃあ用意するわね」
ほんの僅かに微笑んだアリスが手を打つ。
すると、石膏のような質感の人形が出入り口から何体も登場した。
彼らは手分けして皿に載った料理をテーブルに並べていく。
「こいつらは何だ?」
「この子達はゴーレム。私が魔術で造った。皆、言うことを聞いてくれるの」
「へぇ、錬金術ってやつは便利だな。命令に従って自動的に動いているのか。ようするにロボットだな」
「ろぼっと、が何か分からないけれど、この子達を使役して暮らしているわ」
料理が揃ったところで食事が開始した。
一見すると元の世界と大差のない料理ばかりだが、見覚えのない食材が多い。
口に運んでみると、やや塩味が足りない気がした。
これはアリスの味の好みかもしれない。
まあ、食べられないことはない。
美味いか不味いかで言えば、確実に美味いだろう。
「そういえば、あなたのことは何て呼べばいいかしら」
食事中、アリスから質問が出た。
ナイフでステーキを切り分けつつ、俺は気楽な調子で答える。
「ジャックでもアーロンでもご自由に。何でも構いやしないよ」
「……そう。ならジャックさんと呼ばせてもらうわ」
アリスはどこか満足げだった。
何と呼ぶべきかずっと気になっていたのかもしれない。
「ところでジャックさん。今夜はどこに泊まるか決めているの?」
「スラム街の適当な廃屋を借りるつもりさ」
「それならこの屋敷に泊まるのはどう? 空き部屋ならいくらでもあるわ。廃屋よりは居心地もいいとは思うのだけれど」
「そいつは嬉しい提案だな。お言葉に甘えさせてもらうよ」
ステーキを頬張りながら笑っておく。
どうやら気に入られたらしい。
ただ、ここは生還者のいない魔女の屋敷だ。
しかも魔女は目の前にいて、宿泊しないかと誘ってきた。
どう考えても危険だが、この居心地の良さそうな場所で寝泊まりできる魅力には逆らえなかった。
最悪、何かあっても自力で解決できる自信もあった。
不審な行動があればぶちのめせばいい。
「ジャックさん。あなたは強靭な精神の持ち主だわ。とてもいいと思う」
「強靭な精神か。無神経とか図太いとかはよく言われるな」
「自覚はないのでしょうけど、あなたはとても珍しい人間よ。初めて見た時、とても気になったから屋敷へ招き入れたの」
「ひょっとして一目惚れかい? ははは、モテる男は罪だな」
俺が肩をすくめておどけると、アリスは特に表情も変えずに目を合わせてくる。
「あなたみたいに狂った人は好きよ? 魂の穢れを眺めているだけで飽きないもの」
「あー……素直に喜べない理由だな。まあ、誉め言葉として受け取っておくよ」
虚を突かれた俺は、ため息混じりに苦笑した。