第59話 爆弾魔は無慈悲な戦いを強いる
マイケル達が廃屋から飛び出す。
室内に残されたゴーレム部隊は、残らず無力化されていた。
時間停止の間に魔術回路を破壊されたのだ。
おかげでアリスからの命令も受けられない。
これに関しては当然の結果だろう。
時を止められれば、ゴーレムなんてただの人形だ。
どれだけ武装しようと意味がない。
もっとも、マイケルに時間停止を使わせるのが目的だったので、ゴーレム部隊は十分に役目を果たしたと言える。
マイケル達は家屋を抜けて移動していく。
彼らが向かうのは、俺達の拠点がある方角だ。
迷路と化したエリア内でも動きに迷いがない。
やはり場所を知っているらしい。
「まあ、ここを突き止めたのだから当然か」
俺は干し肉を齧りながら呟く。
拠点の地下空間は、都市内で最も堅牢な場所だ。
防衛や籠城に適している。
人質と共に隠れるにはぴったりだろう。
当然、救出する側からすれば、真っ先に調べたい場所と言える。
早足で進むマイケル達は、全面に防御魔術を展開させていた。
かなりの密度で何重にも施している。
それによって壁の爆発や、頭上からの落下物に対処していた。
かなり強引で、魔力の消耗も度外視している。
呑気に移動している余裕はないと判断したらしい。
「ほう、悪くない案だ」
この場においては良い判断である。
何より時間停止に頼らずに進めるのは、マイケルにとって有難いだろう。
そろそろ連発も厳しいはずだ。
ここは温存したかったに違いない。
彼らも必死なのだ。
赤髪少女の救出と、俺の抹殺をこなさなければならない。
俺を仕留めなければ、これからずっと暗殺の恐怖に怯えなければいけなくなる。
それは向こうも嫌だろう。
だから本気で突き進んでくる。
赤髪少女という人質がいなかったとしても、彼らは俺を追ってきたはずだ。
そういった彼らの心境は、俺にとっても非常に好都合であった。
マイケル達が逃げないと確約されているようなものだ。
時間停止を使って全力で逃げられると、さすがに引き留める術がない。
逃走の心配をしなくていいのは楽だ。
今夜、この場所で決着をつけたいのはお互い様だった。
「今のところは順調ね」
走るマイケル達を見てアリスが言う。
彼女は緊張感もなく、静かに紅茶を飲んでいた。
たまにクッキーもつまんでいる。
気負った雰囲気は欠片もない。
「ここからもずっと順調さ。連中が打ち勝つ可能性はゼロだ」
俺は横からクッキーを貰いつつ、画面の一つを指差した。
そこはマイケル達の進路先にあたる通路だ。
あと十秒もしないうちに通過するだろう。
「ジャックさんは自信家ね。とても頼りになるわ」
「自信に見合う経験と備えがあるだけだ」
マイケル達が画面の通路を走り抜けようとした。
刹那、彼らの足元が鈍く光り、間を置かずに爆発する。
濛々と上がる砂煙が画面を覆い尽くす。
何も見えないが、結構な被害が出ているのは確かだった。
今のは地雷だ。
手製のそれを予め埋めておいたのである。
「ハッハッハ! 足元がお留守だったようだなァ!」
俺は机を叩いて笑う。
速やかに移動するには、どうしても足元を空けておかなければならない。
つまりは地雷の的だ。
まさか足元が爆発するとは思わなかったらしい。
今のは直撃だったろう。
これまでの反応速度を見るに、時間停止が間に合っていたかは怪しいラインだ。
おそらくはアウトである。
心を躍らせて待っていると、徐々に砂煙が晴れてきた。
俺は身を乗り出して成果を確かめる。
爆心地にはエルフ女が倒れていた。
その下半身が消失している。
彼女はぴくりとも動かず、断面から臓腑が撒き散らされていた。
もげた両脚らしき残骸が道端に転がっている。
そばに座り込む褐色肌の女は、重度の火傷を負っていた。
破片も刺さっているのか、立ち上がるのにも難儀しているようだ。
すぐにでも手当てをしなければいけない状態である。
その中に佇むマイケルは泣き叫んでいた。
彼だけが軽傷で済んでいる。
たぶん仲間達が身を挺して守ったのだろう。
「はは、随分と削れたな」
俺は画面の向こうの惨状に笑みを深める。
地雷はなかなかの被害を出してくれた。
連携は完全に瓦解し、ただ進むことすらままならない状態であった。
泣き止んだマイケルは褐色肌の女に肩を貸すと、そのまま彼女だけを連れて進む。
エルフ女は放置だ。
さすがに遺体を持ち運ぶほどの余裕はないのである。
これで彼らはさらに引き返せなくなった。
ついに仲間に犠牲者が出た。
ここで逃亡すれば、エルフ女の死が無駄になる。
何としてでも俺を殺しに来るだろう。
それでいい。
どんどん退路を断っていこう。
マイケルにはここまで来てもらわねばならない。
彼の命は俺が刈り取るつもりなのだから。
二人になったマイケル達は、幾多の罠を乗り越えて進む。
褐色肌の女は魔術を駆使して攻防を担う。
マイケルは発光する剣で障害物を切り裂き、時には爆風を押さえ込んでいた。
「へぇ、なかなかの剣捌きじゃないか」
「あれは魔剣ね。防御結界を展開できるようだわ」
「なるほど。便利な効果だ」
アリスの解説を聞いた俺は納得する。
時間停止ばかりで気に留めていなかったが、それなりに武装を整えてきていたらしい。
あの戦いぶりを見るに、剣の扱いにも慣れている。
冒険者として生活する中で、戦闘技術も培っていたようだ。
新兵未満の動きだが、まったくの素人という域ではない。
さらにマイケルは、時間停止の使用にも躊躇いが無くなっていた。
少しでも褐色肌の女が危なくなれば、すぐに時を止めて対処している。
そのたびに彼は鼻血を出し、たまに吐血もしていた。
肉体負荷は刻一刻とマイケルの身を蝕んでいるらしい。
それでも彼らは止まらない。
よろめきながらも罠を突破していく。
仲間の死が、彼の意識を変えたのだろう。
身を削る覚悟ができたのだ。
やがてマイケル達は、俺達の拠点に到着した。
柵を破壊すると、堂々と敷地内に踏み込む。
迎撃を試みるゴーレム部隊を一蹴して、粗末な小屋の中へ入った。
そこから室内の梯子で地下空間へと至る。
彼らは仕切られた各スペースを一心不乱に探索し始めた。
置きっぱなしの資材をひっくり返し、殺到するゴーレム部隊を破壊しながら駆け回る。
その姿を画面越しに眺める俺は、隣のアリスに話しかけた。
「ついにやって来たな」
「そろそろ押す?」
「ああ、確かに頃合いだ」
頷いた俺は、室内に設置されたスイッチのうち、髑髏のマークが描かれたものを選んだ。
こいつはとっておきの秘密兵器だ。
一度しか使えない特別なプレゼントである。
俺は外付けの安全装置を取り去り、赤いスイッチを指でしっかりと押し込む。
その途端、部屋全体が縦に揺れた。
揺れは十秒ほどで治まる。
その間に壁の画面のいくつかが黒塗りになって停止していた。
該当箇所のカメラが壊れたのだ。
どれも拠点内に仕掛けていたものである。
俺は無事な画面のうち、屋外を映すいくつかに注目する。
そこには、七色の爆炎を上げながら消し飛ぶ拠点が映っていた。




