第56話 爆弾魔は召喚者の能力を暴く
青々とした昼間の草原を、ゴーレムカーは突っ切っていく。
街道を無視して走っているため、車体は常に振動する。
もっとも、それは微々たるものであった。
悪路の走行にも対応できるように、アリスが様々な工夫を凝らしているからだ。
おかげで振動も不快感を覚えるほどではなかった。
車内ではジャズもどきの音楽が流れていた。
音楽プレーヤーによるものだ。
俺はハンドルを指で叩きながらリズムを取る。
後部座席にはアリスがいた。
彼女は人形のようにひっそりと座っている。
たまにバックミラーで確認しても、驚くほど変化がない。
マネキンの方が表情が豊かかもしれない。
その隣には拘束した赤髪少女がいる。
赤髪少女の手足には枷をはめ、布で目隠しを施していた。
狙撃で貫通した鎖骨部には包帯を巻いてある。
縫合と回復魔術で治療済みだ。
解毒薬で症状を緩和して、ひとまず死なないようにしている。
喋るくらいはできるようになっていた。
「ねぇ、あなた達は誰なの……?」
赤髪少女が遠慮がちに発言した。
ここまでずっと沈黙を貫いてきたが、ついに耐え切れなくなったらしい。
俺は振り返らずに答える。
「言っただろう。王子様だよ。今は白馬にも乗っている」
「ふざけないで。私を攫ってどうするつもり?」
「決まっているじゃないか。マイケルを誘き出す餌だよ。あいつは君を見捨てない。そういう男だと知っている」
マイケルが仲間の女を大事にしているのは、調査をしてすぐに分かったことだった。
四人は互いに大きな信頼感を抱いて行動を共にしている。
その結束こそ、彼らの弱点だった。
どこか一箇所を崩せば、連鎖的に倒れてくれる。
笑い声が聞こえてきた。
バックミラーを調整すると、嘲るような表情の赤髪少女が映る。
彼女は勝気な調子で鼻を鳴らした。
「ハッ、本気? マイケルはとても強いわ。あんたみたいな卑怯者なんて、すぐに倒してくれるはずよっ!」
その時、アリスが赤髪少女の顔を掴んで自身の方へと向けた。
かなり強引な動きで容赦がない。
アリスは赤髪少女の眼前まで顔を寄せると、瞬き一つせずに話しかける。
「訂正して。彼の方が圧倒的に強い。状況が物語っているでしょう? 虚勢を張って目を曇らせるのは愚かだわ」
「ひっ、う……」
冷徹な声音に、赤髪少女は途端に委縮してしまう。
普段のアリスからは想像もつかない行動だった。
ひょっとして俺が侮辱されたことを怒っているのだろうか。
表情に変化はないものの、瞳の輝きが異様に昏い。
赤髪少女が目隠しをしていたのは幸運だったかもしれない。
俺は苦笑しつつも会話を続ける。
「アリスの言う通りだ。威勢がいいのは結構だが、人質という立場を理解した方がいい。別にあんたの生首にメッセージカードをくわえさせて、愛しのマイケルへ送り返してもいいんだぜ?」
「い、嫌……」
「もちろん嫌に決まっているよな。だから態度は弁えた方がいい」
淡々と諭すと、赤髪少女は俯いて黙り込んだ。
よく見るればじっとりと汗を流している。
極度の恐怖と緊張を感じているらしい。
ようやく身の危険を理解してくれたようだ。
剥げた荒れ地を直進しながら、俺はバックミラー越しに尋ねる。
「俺を卑怯者と言ったな?」
「……それが何」
「ありがとう、最高の褒め言葉だ」
俺に対する罵倒の中でも常套句と言えるワードであった。
追い詰められた者は、精一杯の恨みを込めて叫ぶのだ。
そして俺に殺される。
これはお行儀のいい決闘などではない。
どんな手段を使ってでも、相手を殺して生き残れば勝ちなのだ。
卑怯者と呼ばれるくらいでないと殺されてしまう。
「俺はな、徹底的にやる主義なんだ。中途半端な措置というのが嫌いでね。やり過ぎるくらいがちょうどいいと思っている。暗殺を阻止できて満足しているかもしれないが、まだ安心する段階じゃない」
今回の襲撃では大きな収穫があった。
マイケルの暗殺には失敗したが、別にそれは構わない。
こちらに損失は無く、人質も手に入った。
悪くない結果だろう。
これによって主導権は俺に渡った。
マイケル達の行動は手に取るように分かる。
怯む赤髪少女だが、なんとか強がって虚勢を保つ。
「でも、あなた達は絶対に勝てない。だって彼の能力は――」
「俺達はマイケルがどんな能力を持つか知った上で敵対している。この意味が分かるかい? あの野郎をぶち殺す算段があるってことさ」
「嘘よ! あのスキルを破れるはずなんてないわ!」
赤髪少女は断言する。
彼女の気持ちも理解はできるが、マイケルの能力について口を滑らせかけている。
挑発に弱いタイプらしい。
もっとも、彼女の状況提供を待つ必要もない。
既に判明していることだ。
俺はさらりと言葉を返す。
「時を止めるんだろう? 知っているさ」
「なっ……」
赤髪少女は絶句する。
やはり知っていたらしい。
今のリアクションで確定した。
マイケルは仲間だけに能力を告白していたようだ。
口を開閉する赤髪少女を見て、俺は微笑む。
狙撃に対するマイケルの行動により、奴の能力は判明した。
すなわち時間停止である。
細かいメカニズムは知らないが、時間に干渉しているのは確かだ。
止めた世界の中を、あいつだけが動くことができる。
それが超スピードや転移魔術を疑われた力の正体である。
この辺りはアリスとも意見が一致していた。
俺の狙撃を阻止できず、仲間の一人を拉致されているという状況から、時間の巻き戻しなどは不可能なのだろう。
もしそれができるのなら、召喚当時の帝都爆破も止めているはずだ。
マイケルが時間停止の能力者だと仮定すると、これまでの事象にすべて説明が付く。
奴はドワーフの集落でも能力を使用していた。
時間を止めている間に俺を高所へ運び、首に縄をかけて宙へ放り出したのだ。
狙撃時、路地へと点々と続いた血痕は、停止世界でマイケルだけが動いた証拠である。
被弾して負傷した彼は、必死に逃げたに違いない。
俺に反撃したり、仲間を救出する余裕もなかったのだろう。
時間停止と聞くと無敵にも思えるが、実際にはいくつかの弱点がある。
まず狙撃が成功した点から、認識外からの攻撃に弱い。
おそらく時間停止は任意で発動している。
まるでライトのオンオフを切り替えるように、マイケルは世界を操っているのだ。
つまり時間を止めるべきタイミングが分からなければ、その効力を十全に活かせない。
身を守るのに適した能力とは言い難いだろう。
コージの反射スキルの方がよほど使い勝手がいい。
二つ目の弱点として、時間停止の継続力が挙げられる。
マイケルは無限に時間を止められない。
もしそれが可能なら、停止世界で治癒を済ませてから俺達を捜索しているはずだった。
永遠に時を止められる人間を相手に、街からの脱出は不可能である。
今頃はマイケルからの反撃を受けていなければおかしい。
こうして俺達が自由に行動できていることが、彼の力の限界を示していた。
継続力に関しては、アリスから指摘があった。
時間停止のように世界に干渉するスキルは、能力の規模が非常に大きく、それを代償もなしに使えるとは考えられないらしい。
どれだけ高ランクであれ、必ず何らかの反動を受けているのだという。
調査と監視により、マイケルが決闘の連戦を嫌っているのは判明していた。
持久力がないという情報も耳にしていた。
あれは単純に基礎体力が無いというわけではない。
時間停止による肉体への負担のせいで、連続して戦えない状態だったのだ。
では、どれくらいの時間を止められるのかという話になるが、これは参考体験がある。
俺がドワーフの集落で受けた一連の攻撃を基準としよう。
あれを停止中に行っていたのだとすれば、数分間は時を止められると考えていい。
端的に言って、かなりの脅威だ。
俺のスキルと比較した場合、明らかにマイケルの方が強いだろう。
とは言え、対抗できないわけではない。
こうして不意打ちと拉致に成功しているのだ。
付け入るだけの隙はある。
脳内の考察と、今後の計画をまとめながら運転すること数時間。
前方に都市が見えてきた。
懐かしいその外観は城塞都市だ。
俺とアリスの拠点がある土地である。
ゴーレムカーで無人の正門を抜けて、俺達は真っ先に拠点へと向かった。
夜間という時間帯が幸いして、通りも渋滞はしていない。
酔っ払いはいるものの、ゴーレムカーを目にすると慌てて道の端に寄ってくれた。
犯罪組織との抗争で暴れ回ったおかげで、この都市における俺の影響力は大きい。
ゴーレムカーの存在も知れ渡っていた。
よほどの命知らずでもない限り、誰もが避けようとするのだ。
不在中もその傾向は変わっていないらしい。
(ドルグが支配する黒壁都市より暮らしやすいな……)
快適に走れる通りを見て、俺は小さく笑う。
黒壁都市では厄介者のレッテルを張られていた。
利便性を加味しても、どこか過ごしにくい感覚があった。
やはりこの都市に戻って生活した方が良さそうだ。
仮にドルグとの関係が決裂しなかったとしても、黒壁都市を離れようと思う。
考え事をしているうちに、ゴーレムカーは拠点に到着した。
柵に囲われた敷地と、その中の木造家屋。
最後に見た時と何ら変わっていない。
特に荒らされた形跡も見当たらなかった。
アリスが魔術の罠を張っているため、不用意に近付く者もいないのだろう。
俺は柵の手前で車を停めた。
そして後部座席を振り返り、赤髪少女に告げる。
「さて、ゲストを迎える準備をしようか。パーティーの飾り付けの時間だ」




