第55話 爆弾魔は召喚者の暗殺を試みる
俺は浅い眠りから目覚めた。
椅子に座ったまま伸びをする。
欠伸を噛み殺し、目をこすりながら窓の外を眺める。
都市のにぎやかな通りが真っ直ぐに続いていた。
四階に位置するここからだと、活発な街並みが一望できる。
「そろそろだな」
俺はそばの机に手を伸ばし、箱型の機械のボタンを押す。
すると緩やかな曲調の音楽が流れ始めた。
これは音楽プレーヤーである。
アリスの自作で、ゴーレムカーに搭載されているものと同型だった。
設計段階で組み込んだ曲を流せる代物で、気に入ったのでよく携帯している。
俺はリズムに乗りながらサングラスを外して、音楽プレーヤーの横に置いた。
これもアリスのオーダーメイドだ。
他者のステータスを閲覧したり、魔眼など視線を介する力を弾く機能がある。
サングラス型なのは、単純に俺の趣味だ。
市場を探していたが見つからないので、アリスに作ってもらった。
俺好みのデザインで、少し気取るのにちょうどいい。
「さて、見せてもらおうか」
椅子に座り直した俺は、首を鳴らしながら微笑む。
今日はマイケルに攻撃を仕掛ける日だ。
一週間以上にも及ぶ監視で、奴の能力は予想できた。
これから実行する攻撃によって、それを確信へと到達させる。
ストレートに仕留められるのなら上々。
たとえ失敗したとしても、俺が被害を受けることはほぼない。
ローリスクでハイリターンな計画である。
この部屋からは、街の通りを見下ろすことができる。
そしてマイケル達がいつも通る場所でもあった。
朝食を済ませた彼らは、雑談をしながら冒険者ギルドへ向かう。
監視生活の中、例外のスケジュールは二度だけだ。
仲間の一人が寝坊した時と、雨天の日のみである。
今日はピクニック日和の晴天。
このまま待ち続ければ、確実にマイケルは来るはずだった。
俺はテーブルの小皿から木の実を取る。
それを口に放り込んで噛み砕く。
噛んでいるうちにガムのような食感になり、アーモンドのような風味が広がる。
この不思議な木の実は安物の嗜好品らしいが、口寂しい時にちょうどいいので買い込んだのだ。
数が少ない葉巻の代用にもなる。
(いつもなら姿を見せる頃だが……)
俺は木の実を噛みながら、通りを観察する。
数分もしないうちに、遠くに見覚えのある四人が見えてきた。
マイケルとその仲間の女達である。
いつも通りに来てくれたようだ。
延々と待つ手間が省けたので、俺としてはありがたい限りである。
距離は約百ヤード。
四人はだんだんとこちらへ近付いてくる。
絶え間ない人混みのせいで、彼らの歩みはかなり遅い。
道の左右には露店も並び、注意力も散漫になっている様子だ。
どちらも好条件の一つであり、俺がこの場所を選んだ理由でもあった。
俺は椅子から腰を浮かし、そばに置いたアタッシュケースを掴む。
黒と銀を基調としたもので、表面には無数の溝が刻まれていた。
溝はエメラルドグリーンの光を灯している。
見る者が見れば、それらが魔術回路を構築していると分かるだろう。
「誰にも自慢できないのが残念だな」
俺はアタッシュケースの取っ手を捻る。
ロックの外れる音がした。
同時にアタッシュケースが展開され、生き物のように形を変えていく。
そうして出来上がったのは、一挺の狙撃銃であった。
見た目はこの世界のライフルに似ている。
相違点として、搭載されたスコープと二脚が挙げられる。
どちらも遠距離射撃を目的としたアタッチメントだ。
これは此度の殺害計画に際してアリスに作ってもらった銃である。
遠距離からの暗殺に特化したもので、射撃精度はもちろん、恐ろしいのはその圧倒的な弾速だった。
百ヤードどころか、二マイル離れようとも着弾までのタイムラグがほとんどない。
元の世界でも珍しいほどの弾速である。
相手は強力な能力を持つ召喚者だ。
他の銃やロケットランチャーだと回避される可能性が高い。
狙撃銃なら、察知される前に攻撃が可能であった。
接近しないで済むのも大きい。
俺はこの銃を使ってマイケルを暗殺するつもりだった。
奴は俺の存在に気付いていない。
そのメリットを最大限に活かせる方法と言えよう。
初撃を完全に回避されることはまずない。
俺は狙撃銃を構えた。
二脚を窓枠にかけて、そっとスコープを覗き込む。
マイケルの笑顔が十字のレティクルに重なった。
俺は引き金に指をかける。
狙撃銃に装填した弾丸は専用のものだ。
弾頭にドラゴンの骨を使用している。
アリス曰く、魔術的な防御は不可能らしい。
弾丸の内部には、彼女の調合した複合毒も仕込んであった。
被弾時に割れて毒を盛ることができる。
主成分は腐敗したドラゴン肉で、ドワーフとの共闘で殺したあの個体のものだ。
即効性があり、全身に麻痺症状を起こす。
毒を受けた者はそのまま呼吸困難も併発し、やがて死に至る。
市販の解毒薬で症状を緩和できるそうだが、軽度の麻痺は残るらしい。
数日は動きにくい状態が続くのだという。
魔術による治療でも同様だ。
とにかく身体の自由を奪うことに特化した毒であった。
弾丸を脳や心臓にぶち込めば即死。
掠めただけでも麻痺で動けなくなる。
この二段構えこそ、俺とアリスが考案した暗殺法だ。
「あばよ、クソッタレの伊達男」
笑みを湛えつつ、俺は静かに引き金を引く。
乾いた銃声が耳を打ち、衝撃が肩を突き飛ばした。
発砲を終えた俺は、視線の先の光景に驚く。
「おっと、マジか」
レティクルに映るのは、赤髪の少女だった。
マイケルの仲間の一人である剣士である。
倒れる彼女は、地面に血だまりを広げていた。
マイケルはその後ろで呆然と尻餅をついている。
腹にぽつりと赤い点が浮かび、そこから血が滲み出している。
赤髪少女がマイケルを庇ったのだ。
射線上に立ちはだかられた結果、狙いの外れた弾丸は二人を貫通した。
この距離でよく気が付いたものだ。
直感的に察知したのだろうか。
マイケルの即死を阻止するとは、大した功績である。
直々に勲章でも渡したいくらいだ。
スコープ越しに見る街の通りは騒然としていた。
突然の事態に混乱している。
右往左往する人々でパニック状態だ。
他の二人の仲間達も、顔を真っ青にしていて固まっている。
「ハッハ、サプライズは成功だな」
沸き上がる喧騒をよそに、俺は狙撃銃のレバーを引いて次弾を装填する。
構造上、連射ができないためだ。
この狙撃銃は、射撃精度と射程にリソースを割いている。
無論、再装填の間もスコープからは目を離さない。
じっとマイケルの動きを凝視し続ける。
次の瞬間、マイケルの姿が消えた。
何の拍子もない。
元から存在しなかったように、彼はいなくなった。
残されたのは、三人の女達だけである。
「だろうな。逃げると思ったよ」
俺は微笑みながら照準を動かす。
ここまでは予想通りである。
即死させられれば儲けものだったが、失敗する可能性も想定していた。
俺は気にせず通りの観察を行う。
すると、マイケルのいた場所に血痕を発見した。
血痕は点々と地面を移動して、道端から路地へと続いている。
路地の付近を注視するも、肝心のマイケルは見当たらない。
「せっかくのイリュージョンも、タネが割れると情けないもんだ」
俺は照準を元の位置までずらす。
騒々しい通りの中、取り残された女達は、負傷した一人を担ごうとしていた。
不意打ちに慌てながらも、あの場から逃げ出すつもりのようだ。
「させるかよ」
俺は狙撃銃を発砲し、エルフ女の右肩を撃ち抜いた。
すぐさま装填を済ませて、今度は褐色肌の女の左脚を撃つ。
新たに負傷した二人は、鮮血を散らしながら倒れた。
何やら叫んでいるようだが、喧騒のせいで聞き取れない。
それから何度か威嚇射撃を行うと、手傷を負った二人はついに逃走した。
赤髪少女を助けたがる褐色肌の女を、エルフ女が無理やり引っ張っていく形だ。
どちらも悔しそうな泣き顔を浮かべていた。
状況的に仕方ないとは言え、仲間を置き去りにするのが嫌だったのだろう。
邪魔者を追い払ったところで、俺は赤髪少女を見る。
取り残された彼女は蹲って震えていた。
痙攣しているが、まだ生きている。
銃創は鎖骨辺りにあった。
運よく致命傷には至らなかったようである。
周囲の人々は、赤髪少女を避けながら道を行き来する。
直前のパニックは沈静化しつつあった。
誰が狙われているかを悟り、そこに関わらなければ危険は無いと理解したのだ。
「素晴らしい。協力的で助かるよ」
俺はスコープから目を離した。
役目を終えた狙撃銃をアタッシュケースに戻し、テーブル上の私物を中に詰め込む。
椅子にかけた外套を羽織り、フードを目深に被った。
木製の黒い仮面も装着する。
仮面は市場の怪しい店で売っていた魔道具だ。
認識阻害の効果を持ち、他者が俺のステータスを視認できなくなる。
正体を隠すのにもってこいの装備であった。
俺はアタッシュケースを持って窓から屋根へとよじ登った。
そこから家屋の屋根を伝って疾走する。
目指すは取り残された赤髪少女だ。
彼女のそばに着地した俺は、無言で周りを見渡す。
通行人はこちらと目を合わせようとしない。
よそよそしい態度で過ぎ去っていく。
誰もが厄介事に関わりたくないのだ。
彼らを薄情な連中とは思わない。
このような国では、余計な正義心が寿命を縮める。
平穏に暮らしたいのなら、見て見ぬふりをするのが一番であった。
その時、赤髪少女がうっすらを目を開いた。
彼女は俺を見ると、掠れた声を発する。
「あ、なた……は……」
「君を攫う王子様ってやつだ。白馬には乗っちゃいないがね」
にこやかに答えた俺は、瀕死の赤髪少女を担ぎ上げた。




