第50話 爆弾魔は組織内で疎まれる
「儂も強く非難したいわけではない。だが、お前さんは自分の影響力を分かっていない。多少なりとも組織の幹部である自覚は持ってほしい」
「持っているさ。だから努力している」
「……うむ、分かった。とにかく、これからは気をつけてくれ」
難しい顔をしたドルグは軽く手を振った。
退室を促すサインだ。
もはや見慣れた動きであった。
俺は口笛を吹きながら部屋を出た。
扉を閉める際、遠めにドルグを見やる。
ドルグは頭を抱えてため息を吐いていた。
苛立ちと疲れが浮かんでいる。
俺は扉を背に小声でぼやく。
「まったく、窮屈だ」
ドルグの下で仕事を始めてから早一カ月。
俺は頻繁にトラブルを起こしていた。
もちろん故意ではない。
トラブルの種が向こうから寄ってくるのだ。
始まりはドルグの下部組織を無断で爆破した件だろう。
数日に渡って陰湿な嫌がらせを受けたので、十倍返しで報復させてもらった。
雷の精霊石を爆弾に使ったが、あれはとても綺麗だった。
数百の稲妻が荒れ狂うように放射される光景は、滅多に見れない絶景と言えよう。
その次に問題になったのは、生意気な護衛対象を半殺しにした時だったか。
エウレア国内でも重鎮の人物らしいが、ことあるごとに俺を足蹴にしたり、口汚く罵ってきやがった。
こちらを奴隷か何かだと勘違いしていたのだろう。
仕方がないので手足を折って木箱に詰め、そのまま指定の場所へ送り届けてやった。
あれから音沙汰がないので、勘違いに気付いたのだと思う。
他にも俺の失脚を狙う幹部を次々と暗殺した。
下積みなしで幹部になったことを妬まれているようで、様々な妨害工作を受けたのだ。
なんとも器の小さい連中である。
他人を蹴落とすのではなく、自分の力で成り上がる気概はないのだろうか。
何にしろ鬱陶しいので、片っ端から爆殺していった。
俺としては、どれも正当性のある行為だ。
力がすべてのエウレアなら通用するかと思ったのだが、ドルグからは幾度となく注意を受けてきた。
加減をしろと遠回しに忠告されている。
俺がこれだけ暴れるのを承知でスカウトしたと考えていたが、どうやら違ったらしい。
地位と権力を与えれば大人しくなるとでも思ったのだろうか。
なんとも困ったものである。
俺は生粋の爆弾魔だ。
殺しは得意だが、それ以外は苦手分野だった。
組織としての行動を期待されても、それには応えられない。
協調性があるのなら、フリーの傭兵なんてやっていないだろう。
幹部が減るのを防ぎたいのなら、まずは嫌がらせや裏工作をやめさせてほしい。
俺を叱るより、それを優先すべきだと思う。
こちらはただ正当防衛をしているだけなのだから。
この黒壁都市はドルグが支配する地だ。
一大勢力と謳っていはいるものの、蓋を開ければ組織内部での小競り合いが絶えない。
誰もが成り上がりたいと考え、少しでもトップに近付こうとする。
ドルグが睨みを利かせている分、他の都市に比べればまだ平穏だが、本質的には同じようなものだった。
組織に属する以上は、権力闘争に巻き込まれるのは避けられないのかもしれない。
(やはり俺は、組織行動に不向きだな)
軍人時代も一部の者から何かと煙たがられていた。
同僚を叩きのめして処分を受けたことも一度や二度ではない。
傭兵の方がよほど気楽だ。
短期契約が可能で、仕事内容も選り好みできる。
報酬も割に合っていた。
向こうも俺の人間性を知った上で仕事を依頼してくるため、大きなトラブルはなかった。
今回はメリットに釣られてしまったが、いずれドルグの組織を抜けよう。
長居すると、いずれ厄介事が起きる予感がする。
今でさえこのような状況なのだ。
折を見て離脱するのが、お互いにとって健全だろう。
密かに決心しながら城内を歩いていると、前方から同じ組織の人間がやってくる。
ライフルを携えた獣人の部隊だ。
観察していると目が合った。
「あいつは確か……」
「また問題を……」
「組織の恥だな……」
彼らはこちらに聞こえるボリュームで囁き合う。
どうにも不愉快な連中だ。
そして俺の神経を逆撫でするのが上手い。
俺は大股で近付き、彼らの前に立ちはだかる。
「よう。俺の話をしているんだろう? 混ぜてくれよ。褒められるのが好きなんだ」
「……チッ」
舌打ちをした獣人共は、俺を無視してすれ違っていく。
俺は懐の爆弾を取り出しかけて、寸前で堪えた。
奥歯を強く噛みながら歩き出す。
ここであいつらを殺すのは簡単だ。
ただ、後始末が面倒だ。
それに城内で惨殺死体を作ると、またもやドルグから小言を受けてしまう。
説教を受けた数分後に問題を起こすのは避けたい。
そろそろ何らかの罰を課されるかもしれない。
いくらドルグが寛容といっても限度があるだろう。
組織内でも俺の存在は知れ渡っているようだ。
すれ違う際に嫌味を言われる程度には認知されている。
できるだけ仲良くしたいのだが、人間関係というものは難しい。
ああいう輩には絡まないのが賢明なのだろう。
「……まあ、顔は覚えたけどな」
俺は獣人共の背中を眺める。
機会が巡ってきた時は、とびきり残酷な手段で殺してやろう。
我ながら執念深い性格をしているのだ。
馬鹿にしてきた者は絶対に許さない。
心の奥底で煮え滾る感情を抑えながら、俺はドルグの城を後にする。
◆
城から屋敷への帰り道、俺は妙な気配を感じて足を止めた。
複数の殺気に囲まれているようだ。
ここが薄暗い路地裏であることを加味すると、ほぼ間違いなく穏やかな事態ではない。
俺は手を広げて辺りを見回す。
「出てこいよ。面と向かって話せないチキン野郎しかいないのか?」
微かな風切り音。
俺は死角から飛んできた物体を掴む。
それはナイフだった。
刃に紫色の粘液が塗り込められている。
お手本かと思うほどに分かりやすい毒だ。
ナイフを弄んでいると、前方に二つの人影が下りてきた。
黒い外套に仮面という出で立ちだ。
仮面はのっぺりとした形状で、それぞれ異なる模様が描かれている。
端的に言って不気味なものであった。
僅かに振り向けば、背後にも二人の仮面が立っている。
計四人……いや、建物の陰に隠れている奴がいるので五人だ。
俺はナイフを捨てて笑う。
「いいマスクだな。B級ホラー映画の殺人鬼みたいだ」
返答はない。
仮面共は沈黙を保っている。
まるで静止画のように微動だにしない。
つまらない連中だ。
俺は肩をすくめながら問いかける。
「ちゃんと棺桶と墓は買ってきたか? 葬式の日程も決めた方がいい。俺も参列してやるよ」
「ジャック・アーロン。組織の面汚しが。貴様と話すことなどない。ただ、死ね」
仮面の一人が嫌悪感も露わに言う。
俺の挑発に耐え切れなくなったらしい。
外套から覗く毒濡れのナイフが、陽光を反射して輝く。
次の瞬間、四人の仮面が一斉に跳びかかってきた。
微かに聞こえるのは詠唱か。
同時攻撃で確実に仕留めるつもりのようだ。
「やれやれ。救いようがないな」
小さく嘆息しつつ、俺は拳銃のグリップに手を添えた。




